輝石学園マネージャー科 11

「正直言うとあんな一瞬で引き込まれるとは思ってなかったっす」


 袖浦があれほど押していた理由がよくわかる。


 たかがDVDと言ってしまった自分を恥じたい。このライブは六千六百円分の価値がある。


 俺に財力があったら今からビデオショップに行って買ってしまっていたかもしれない。


「あいつらって特別なんですね……アイドル以前に音楽にも興味がなかった俺を引き込んじまうくらいなんですから」


「そうだね。彼女たちは特別だ。なんせこの夢の劇場に立っているんだから」


 神谷さんは感じ入るようにステージの上の女子達を眺めている。


「……この夢のステージに誰かを立たせて上げたいと思わないか?」


 誰か、ね。俺は袖浦がこのステージに立っているのを想像する。煌≪きら≫びやかなライトを浴びて、観客に愛想を振りまく袖浦。今日の泣きはらした顔ではなくとびっきりの笑顔で俺が凄いと思った袖浦に歓声が上がる。


 見てみたい気はする。こんな面白いステージの一員にあいつが選ばれるなんて応援した俺の鼻も高い。


「僕は君の夢は叶えられない。心苦しいけど今の僕は会社の歯車の一員だ。ただ君の思いを叶えることは出来るよ」


「思い、っすか?」


「夢を追いかける人間の手助けをしたいんだろう?」


「そこもしっかりと聞いてたんですね……」


「もちろんだよ」


 アイドルになりたい人間のマネージャーになり夢を叶えてあげろってとこか。正直な話、悪くはない。


 今日の袖浦を見て思った。夢を追いかける人間をサポートするのは俺に合っているのかもしれない。


 でも、それは、


「……手助けをしたいっていうか、自分の夢を重ねて押し付けてるだけのような気もしますけどね」


「……そうなのかもしれないね」


 否定はしないんだな。やっぱりそうなんだろう。


「私も最初は俳優を目指していたんだ。ただ、僕には『俳優』としての才能がなかった。だから大人しく所属していた事務所のマネージャーになったよ」


「そうなんですか?」


 所属していた、というのはホープスターを言っているのだろう。神谷さんの年齢を考えて、俳優をやっていたとなると随分昔の話だろう。


 そんな前から事務所が存在するのか。


「マネージャーになってからは、僕が叶えられなかった夢を叶えてもらいたい一心で演者に尽くしたよ。作曲や作詞、作家の真似事なんてのもやったね。そして、最終的にはこの輝石学園生を作った」


「え……?」


 輝石学園生を作った? 今の発言から読み取るに、この人が『輝石学園生』の生みの親。だから妙にあの入口に立っていた人はへこへこしていたのか。


 世界的にも人気なアーティストの仕掛け人ならさぞ会社での地位も高いだろう。


「他人に夢を重ねてなにが悪い。ただ、その他人にあんなに一生懸命になれる君は……マネージャーとしてとても大切なものを持っている」


「大切なもの?」


「自己犠牲。マネージャーというのは、他人のために頭を下げ汗をたらし恥をかきストレスを抱える。お金の為とはいえそれはとても辛い。でも、こいつのためならと踏ん張って毎日仕事をしているんだ」


「それが俺なら出来る、ってことっすか?」


「ああ。僕は君と彼女のやり取りを見て、ついついこんな風に思ってしまったよ。僕みたいな他人に熱くなれるバカがここにもいたよってね」


「……バカじゃないっすよ。大バカです」


 きょとんとした顔になる神谷さん。他人のためになにかをするなんて生産性がない。ただ、俺は今日の二つの出来事を内心では楽しかったと記憶している。そんな風に捉えてしまう俺はきっと大バカだ。


 神谷さんはわはは、と笑い始めた。


「確かに大バカだね!」


「そうっすね。大バカっす」


 そして、俺はもっともっと大バカだ。家庭の事情も考えずに少しだけ心が揺れてしまっている俺がいる。


 マネージャーとして、人の夢を叶えるために努力をする。あの、時を忘れさせるステージに自分の応援する人間を立たせてやる。


 それを想像するだけで心が震えた。心の隅でやってみたいと少しだけ思ってしまった。


「僕は君なら最高のマネージャーになれると思っている。そして、峯谷ユリカ一強時代を終わらせてほしいんだ」


「……あいつより凄いアイドルをあそこに送り込めってことっすか?」


「そうだね。正直な話今の『輝石学園生』はそのブランド力と峯谷ユリカで保っているような状態なんだ。君もみてわかっただろ?」


 峯谷ユリカが登場した瞬間に会場の熱気は二倍、いや三倍以上に膨れ上がっていた。それにダンスを踊っている時も無意識にあいつを見てしまっていた。


 ステージにいる人間は顔だけで言うなら峯谷ユリカと勝負できる人間もいる。


 ただ、圧倒的に峯谷はなにかに優れている。


「圧倒的オーラ。人を惹きつけるアイドル性は世界一だ」


 峯谷が優れているのはオーラとアイドル性。それが他よりずば抜けているらしい。


 峯谷以外の人間だって努力しているはずだ。なのに追いつかない。それはきっと才能の違いだろうな。峯谷には努力では決して埋まらないアイドルとしての天賦の才があるのだろう。


 それも世界を制してしまうほどの大きな才だ。


 そんな人間を上から引きずり下ろすアイドルを連れてこいとは無茶なお題だと思う。


 ただ、素直に面白そうだと感じてしまった。


「君のような身を粉にして応援してくれて人がいると、覚醒するアイドルも多い。それを信じて僕は君に投資しようと思う」


 俺に投資。なににお金を掛けると言うのだろうか。


「輝石学園で勉強をしてもらいながら、雑用係りとしてうちで雇おう。学校が終わったらすぐ事務所に来て仕事。うん。いいね。月給はそうだな……手取りで一八くらいあればとりあえずいいだろうね」


「……はい?」


 この人は今何を言ったのだろう。学校に通いながら俺を雇う? それもしっかり月給も出してくれると来た。この年でボケが始まってしまったのだろうか。


 学校が終わってからだと五時間くらいしか働けない。土日にがっつり働いたとしても一八万はいくらなんでも貰いすぎた。


「えっと、冗談っすよね」


「はっはっは、雇用の話を冗談ではしないよ。ただなにがなんでもマネ科は卒業してもらうよ。自分で作ったルールであれなんだが、アイドル部門のマネージャーは学園の卒業生のみって決めているからね。そこだけは特別扱い出来ないんだよ」


「もし仮に入れたとして、在学中も試験があるんですよね? それでもし不合格になった場合は……」


「そのときは無職になるね」


「えぇ……」


 リスクが高すぎるだろ。


 神谷さんはそれから続けて学費に関してはマネージャー科とアイドル科に所属している人間は事務所で負担してくれると説明してくれた。


 俺にとっては有難い話だ。ただこの人がそんなことを独断で決めていいのだろうか。


「そんなの勝手に決めて怒られないんですか?」


「私は世界的な人気アイドルグループのチーフマネージャーであり、彼女達の楽曲提供をしている人間だよ? 誰にも文句を言わしはしないさ」


 と、神谷さんはワイングラスを揺らすように手の甲を下にして動かしている。楽曲提供をしているってことは峯谷ユリカがさっき歌っていたあの曲もこの人が作ったのか。益々俺の中の神谷さんの評価が上がる。


 この人って凄い人だったんだな。ただし車を運転しているときは除く。


 でも、会社の歯車の一部とか言ってたくせにそんな無茶をしていいのだろうか。文句は言わせないとか言ってたしいいんだろうな。


 賭けのような話ではある。だが、魅力的な提案ではあった。お金を稼ぎつつも高校に通わせてくれる。ただし頑張れなかったら無職になってしまう。


 どちらにしても今日の面接に行けなかった時点で今は引き取り手がない。だったらこの話に乗っかるのはありだ。


「一つ聞いてもいいっすか」


「なんだね」


「アイドルのマネージャーは俺の夢が霞むくらいに夢中になれるものっすか?」


「ここに証人がいる。神谷由伸≪かみやよしのぶ≫が保証しよう」


 自信満々で言い放った神谷さん。霞んでくれるのか。俺の胸の中の葛藤はいつしか、このライブの熱気が閉幕と同時に消えるようになくなってくれるのかもしれない。


 と、神谷さんは手を差し出してきた。この手を取れば契約成立という意味だろう。


 お母に相談せずにこんな大事な契約をしてしまっていいのだろうか。ただここで断れば次はないかもしれない。


 思い立ったら吉日ってやつだな。


 俺はその手を取った。すると、嬉しそうに神谷さんは皺の入った目元を緩ませた。


「ようこそ! マネージャーの世界へ!」


 その言葉と共に曲が始まった。神谷さんは急にポケットから光る棒を取り出すと俺に渡してきた。『コール』というものがあるらしくそれを俺にレクチャーしてくる。


 なにがなんだかわからなかったが、覚えてくるとこれが楽しい。会場の一部になったようにこの空間に溶け込めるようになった。


 その中心にいるのは峯谷ユリカ。世界でもトップに君臨する化物アイドル。俺がマネージャーとして尽くすアイドルがあいつを打倒する。そんな展開、面白すぎるだろう。


 俺は未来に起こるかもしれない理想に胸を膨らませた。


 ただ、それを実現するためにも、まずはお母にこの話をしないとな。

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