第十章 終幕と予感

第41話終幕と予感①

 長方形に固められた机の上には、ジュースやら菓子類やらが乱雑に開かれている。

 夕方の教室。文化祭自体は明日も開催されるが、一足先に終焉を迎えた『二.五次元舞台愛好部』のささやかな打ち上げだ。

 電灯は教室後方のみ。薄暗い前方に下ろされたスクリーンには、今日のこのめ達の舞台が映し出されている。

「もうっ、俺っ、最初から感動しちゃってて」

 目元を拭うシンプルな紳士モノのハンカチは、きっとビショビショだろう。武舘はずっと、こんな調子である。

「まあ、倒れなかっただけ良かったですけど」

「思ったより手ブレもないですしー」

『たまに嗚咽が入ってるのが気になりますけどー』

「ほんとーにスマン!」

 プリンを片手に眺める文寛兄弟は、怒っているのではなくからかって遊んでいるのだ。

 呆れ顔の濃染が、抹茶プリンを手に「その辺にしとけ」と制止する。

 結局、本家の演技よりも『らしさ』を選んだこのめ達の舞台は、こうして観てみると似ているようで全く別物の『あやばみ』になっていた。

 後悔はない。そして受け入れてくれた観客にも、改めて感謝の想いが込み上げてくる。

「にしても、終わった後のがビックリしたワよ」

 フルーツが巻かれたロールケーキの一切れをフォークで切りながら、雛嘉が肩を竦めた。

 チーズケーキのカップを手に、紅咲が首肯する。

「なんか、芸能人にでもなった気分でした」

「凛詠サンはいつでもオーラ抜群っス!」

 唐揚げの楊枝を振り上げた定霜に、

「迅、危ない」

「サーセン!」

 公演が終わり控室へ戻ったこのめ達は、指定の三十分内でメイクを落とし、着替えを済ませた。

 纏めた荷物を皆で分け合い、疲労に鈍る身体に喝を入れて公会堂から踏み出すと、一斉に人に囲まれてしまったのだ。

 皆、観劇後から待っていたらしい。感想を口々に、中には花やら菓子やらを受け渡しにと、初めての事態にこのめ達は困惑した。

 が、そこは武舘が腕を見せた。人だかりに気付いた公会堂のスタッフや教師を呼び寄せ、上手いこと一般参加者の立ち入り禁止区域へと誘導してくれたのだ。

「まさか衣装についても良かったって言ってもらえるとは、思いませんでした」

 シュークリームを手に、睦子が笑う。「そりゃ贔屓目ナシで、スゲーからな」と言ったのはコーヒーゼリーを咀嚼した吹夜だ。

「……『明日は演らないんですか』、かあ」

 イチゴチョコがコーティングされたドーナツを齧りながら、このめがボンヤリと呟いた。囲まれた際に、何度か訊かれたのだ。

 また観たいと言われた。正直、このめもまた、という気持ちは強い。

 だが、ルールはルールだ。この舞台は、今日で終わり。

「……そう言ってもらえるのは、ありがたいよね」

 杪谷が微笑んで、わらび餅の一つを食む。スクリーンの光源を映す瞳には、このめと同じ気持ちが見て取れた。勘違いではない。杪谷がこの部を、舞台を大切にしていたのは、このめもよくわかっている。

 もっと実績を積めば、二日間の貸出を許可されるようになるのだろうか。あと何回、あと何年すれば、『実績』になるのだろうか。このメンバーで演れるのは、『今』だけなのに。

 哀愁を打ち破るように、着信音が響いた。武舘が慌てて「スマン!」と席を立ち、廊下へと歩を進めながら番号を確認して、「え?」と肩を跳ね上げる。

「はいっ! 武舘です! 何か問題でも――」

 慌てる背を見送ったこのめ達は、顔を見合わせて疑問符を浮かべた。

「アタシ達の事かしら?」

「その可能性は」

「ゼロじゃないですねー」

「そういえば理事長が来てたんだったな」

「すっかり忘れてたね」

「どっ、どうしよう! 怒られたりとか……!?」

 冷静な上級生組とは違い、オロオロとするこのめに、

「まあ、そん時はそん時だろ」

「今更どーしよーもないしね」

「さすが凛詠サン! かっけえっス!」

「でも、最悪の場合、廃部になったり……!」

「廃部っ!?」

 睦子の不安に、このめも青ざめる。

「あーまあ、あり得るな」

「オイこらヤッベエじゃねーかよ!」

「落ち着きなよ。別に、なくなったらまた作ればいいじゃん」

 嘆息しながら言う紅咲に、定霜が手を組み合わせ「凛詠サン……!」と目を輝かせた。

 と、ガラリと扉が開かれた。勢い余って枠を叩き、バンッ! と激しく音を立てる。見れば双眸を見開いた武舘が、興奮気味に、

「っ、皆よく聞いてくれ!」

「は、はい!」

「明日、再演するつもりはあるか!?」

「……え?」

「明日はないのか、明日も観たい、って問い合わせが多いらしくてな。急遽、理事長の計らいで、予備枠から一時間の貸出が許可された。もちろん、お前達に演る意思があるかどうかが一番だが……」

「やります! やらせてください!」

 前のめりでこのめが叫ぶ。うっかり机に打ち付けそうになったドーナツを、「おっと」と吹夜が保護した。

 そこでハッと我にかえったこのめは、「あ、俺勝手に言っちゃったけど、ごめん皆は」と慌てて見回す。文寛兄弟が、珍しく吹き出した。

「今更すぎ」

「ワザワザ訊かなくたってー」

『答えは一択でしょー?』

 視線をその隣の濃染に転じると、眼鏡を押し上げながら、

「前にも言ったろう。部長はお前だ。部長判断に任せる」

「んもうっ! 相変わらず素直じゃないワね! アタシはとーぜんYesよ!」

 雛嘉が前髪を掻き上げる。紅咲は腕を組み、不敵な笑みを浮かべ、

「断るワケないじゃん。あー今日ちゃんとマッサージしよ」

「お手伝いします凛詠サン! サポートなら任せてください!」

「僕もっ、全力で皆さんのサポートしますっ! あ! まずは衣装のメンテナンスですね!」

「手伝うぞ」

 睦子に続いて立ち上がった吹夜が、このめの頭をポンと叩いた。

「良かったな」

「……うん!」

 大きく頷いたこのめは、歓喜を分かち合うように杪谷を見遣った。その双眸は嬉しげに緩められている。

「まだ、終われないね」

「……はい! ……っ! やったああああーっ!!」

 感極まったこのめに背後から伸し掛かられた吹夜が、衣装を広げながら「ぐえっ」と苦しげな声を漏らした。

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