第10話全力でサポートします!②

「こんな感じでいかがですか?」

「……帯って前で結んでから回すんだ。知らなかった」

「この最後の部分で崩れてしまう事も多いので、注意が必要ですね。最近では飾り帯も増えているので、この手間もなく着れたりしますが」


 出来上がった紅咲をしげしげと眺めながら、吹夜が腕を組む。


「恐ろしいほど違和感ねえな」

「褒め言葉として受け取っておくよ。迅、鏡」

「ウッス! 凛詠サン! 超絶綺麗っス!」


 まんざらでもない様子で自身の姿を確認する紅咲に安堵して、このめは睦子に近寄った。


「助かったよ、ありがとう」


 感謝を伝えると、睦子は「いえ、お役に立てて良かったです」と笑顔で首を振った。が、それもつかの間。睦子は眉を傾けた笑みで、視線を落とす。

 物言いたげな口元を見つけ、このめはなんだろう? と言葉を待った。


「あの、実は前々から気になってまして……」

「えっと、ウチの部?」

「はい。あ、でも、舞台に立ちたいんじゃなくて、その……。っ、衣装を、作らせて頂けないかと思いまして」

「え?」


 いま、なんて?

 目を丸くしたこのめに、睦子は勢い良く顔を跳ね上げると両の手を左右に振った。


「あ、すみません! 僕なんかより、手慣れた人がいますよね!」

「ううん! 是非! 是非お願いしたい!」


 ガシリと細い肩を掴み興奮気味に叫ぶこのめに、何事かと視線が集まる。

 睦子は戸惑ったように視線を彷徨わせたが、必死の形相で真っ直ぐに見つめるこのめの双眸に戻すと、小さく頷いた。白い頬がほんのりと色づく。


「あの、こうした衣装を作るのは初めてなんで、どこまでご期待に添えられるかわかりませんが……」

「全然っ! すごくありがたいよ! 既製品を買うのも高いし、俺達で作るにはハードルが高すぎたし!」


 衣装の準備については、まだボンヤリとしか考えていなかった。

 溢れ出る歓喜を隠さず「やったあ!」と万歳するこのめに、睦子はますます顔を赤くして「頑張ります……!」と呟いた。


 煩いと苦情を叩きつけに行った定霜が、ご機嫌なこのめのペースにまんまと乗せられている様を眺めながら、紅咲が嘆息する。


「都合良くいくもんだね」


 最近のこのめは『鬼』探しに必死で、衣装については後回しにしている節があった。

 気付いていて、敢えて口にしなかったのは、その辺りの『軌道修正』は吹夜の担当なのだと、何となく感じ取っていたからだ。


 隣に立つ吹夜をチラリと見遣る。

 特に驚いた様子もなくただ淡々と、はしゃぐこのめを見ていた。

 閉じていた唇が開く。


「……こえーよな」


 怖い、か。

 確かに入部してからこれまで、これといったトラブルはない。むしろ、順調すぎるぐらいだ。


「……これも、このめの情熱に導かれた『ご縁』ってやつなのかね」

「へえ? そーゆーの信じるタイプなのか。意外だな」

「別に。ただなんていうか、上手く言えないけど、このめって『何か』あるよね」


 人を引き付ける力とは、只の『運』という言葉に留まるものではないと思っている。そしてこのめには、引きつけた相手を更に『惹きつける』何かがあるとも。

 それは例えば彼の純真さとか、この舞台にかける真っ直ぐな熱意とか、仲間を思いやる温かさとか、細々とした要素が組み合わさっているのだろう。


 だから絆されてしまったのだ。定霜も、自分も。その穏やかだが確かな芯を持つ、言い難い雰囲気に。

 黙りこくったままの吹夜は、幼馴染として側で積み重ねてきた年月だけ、このめのそうした部分をよく把握しているだろう。

 紅咲は特別返答を促す事無く、頭後ろでグッと肘を伸ばした。


「この調子で早く『鬼』も見つからないかなー。バトルしたい!」


 待ちきれないとばかりに声を上げた紅咲に、吹夜は苦笑気味に肩を竦めて「だな」と首肯した。


***


 このめの先導で軽い自己紹介を済まし、睦子の入部届けは武舘の元に帰宅の報告をしに行く際に、用紙を貰う事にした。

 部の成り立ちや『あやばみ』の説明を終えると、待ってましたとばかりに定霜が胸を張る。


「やっと俺のノートが役立つ時が来たな!」


 ノート。このめは数秒、思い出すのに時間を要したが、そういえば定霜には小道具の書き出しをお願いしていた。

 最近は演技指導を主として担ってもらっていたので、すっかり忘れていた。


 思わず「あ」という顔をしてしまったのだろう。このめの表情に片目を眇めた定霜は「忘れてんじゃねーぞ!」と不満気に吐き捨て、開いたノートをバシリと机上に叩き置いた。

 謝罪を告げながら覗きこむと、そこには小道具の陳列……ではなく、見開き二ページを使って翔の衣装デッサンが細かに記載されていた。


「え、これってもしかして……っ!」


 予感にこのめがページを捲ると、次のページには朱斗、続いて沙羅、まだ演者の決まっていない碧寿のものまである。更に捲ると舞台の全景がザックリと描かれ、場面毎のライティングや演出が検討されていた。

 もしかして、もしかしなくてもコレは、とんでもない分析ノートなのでは。


「す、スゴいよ迅! こんなに細かいの、いつの間に!」


 どうしよう。なんせ、依頼をしていた事すら忘れていたぐらいだ。

 胸の奥から込み上げてくる申し訳なさと感動がぐちゃぐちゃに混ざり合って、このめがなんとも言えない顔で見上げると、定霜はフンと鼻を鳴らして得意気に腕を組んだ。


「もっとソンケーしてくれてもいいんだぜ」

「沙羅の分析ヤベェな」ノートを捲った吹夜が呟く。

「ったりめーだろ! 凛詠サンの役だぞ! お前らの予算削ってでも完璧に仕上げねーとな!」

「うん、それに関しては良くやった」

「理詠サン……っ!」


 目を輝かせる定霜に「オイ」と突っ込む吹夜の声を聞きながら、このめはノートを睦子へと向ける。


「どうかな睦子く……じゃなくて、瑞樹。使えそう?」


 全員下の名で呼んでいるからと統一した呼び名に訂正して見遣ると、睦子はページを興味深く捲りながら、「はい」と首肯した。


「ありがたいです。これを元に映像も確認して、実際に仕立てる構造を考えさせてもらいます。出来たら書き起こしてくれた定し……迅くんにも、お手伝い頂きたいんですけど……」

「ホラ、ご指名だぞ」


 吹夜に横肘で突かれた定霜が「ってるよ!」と叫ぶ。


「じゃあ迅、よろしく。俺達は稽古続けてるけど、手伝いが欲しい時は遠慮なく声かけて」

「コイツもこんなだけど、噛みつかねーから安心しろ」

「アア!? は! 凛詠サン! スミマセンが暫くこちらに尽力させて頂きます!」

「ああ、うん。しっかりね」

「ウッス!」


 DVDをセットしたノートパソコンを教室後方で机を囲む定霜と睦子に預け、このめ達三人は覚えたての一場面を演じてみることにした。重ねた学生鞄の上に、ビデオカメラを設置する。


 本来ならば順当に最初の場面から演じるのが道理だろうが、やはり男子の血が騒ぐというか、演るならアクションだろうと満場一致の選択だ。

 このめのプレイヤーを使い、サウンドトラックアルバムから戦闘中のBGMを選択した。


「いくよー!」


 合図にそれぞれが意識を切り替え、手にした武器を握り込めた。

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