第二章 愛好部始動!

第5話愛好部始動!①

 四人の名が並ぶ申請書に、いつまでもホクホクと頬を緩めている場合ではない。

 このめの次の仕事は顧問探しと、部の拠点に出来そうな場所探しだ。

 意気込むこのめに対し、吹夜のアドバイスは実に簡素、かつドライだった。


「シゲちゃんセンセーでいいじゃねーか」


 シゲちゃん先生、というのは、このめ達の担任を受け持つ、武舘繁ぶだてしげるの事だ。

 二十七歳の新米教師で、専攻は体育。昨年までは副担任として卒業生のサポートに励んでいたらしい。


 爽やかな風貌と気さくな性格、加えて他の教師と比べると格段に歳が近い事もあり、生徒達からは『シゲちゃん先生』の愛称で慕われている。

 確か、まだ部活の顧問には携わっていなかった筈だ。

 このめはその日のホームルーム終了後、早速依頼を持ちかけてみた。


「なんだって! 俺に? いいとも勿論だ! 夢ある若者の背を押す役割を担えるとは、実に誇らしいな!」


 若者って、シゲちゃん先生もまだ二十七じゃん。

 このめはそう思ったが、武舘のこうした『年寄り発言』は今に始まった事ではないので、そっと受け流した。


 武舘との相談の結果、一旦の拠点は自身の教室に置くことにした。スクリーンもプロジェクターも有るので、暫くは問題ないだろう。

 愛好部の申請書を武舘に託し、このめはノートを切り離して作った『二.五次元舞台愛好部』の張り紙を、他生徒の出払った教室の扉部分にセロハンテープで貼り付けた。


 気づいた紅咲に「もう少しなんとかならないの?」と苦言を呈されてしまったので、明日は色紙かなんかに書いてこようと決めた。


 今日はまだ動きを伴った稽古に入る予定はない。

 等間隔に並ぶ机と椅子をそのままに、このめは印刷してきた台本と自宅でのトレーニング例をメモした用紙を、紅咲と定霜に渡した。

 吹夜は以前渡した台本を手に、傍観に徹している。


「舞台って結構体力使うし、喉も痛めちゃうといけないから、出来る範囲で鍛えておいてほしくって」

「ふーん。『出来る範囲』、ね」

「あ、でも、腕立てとかは削っても構わないけど、アクションも多いし、体幹系はやっといてほしいかな」


 用紙を覗き込んで指差したこのめを、桜色の瞳が睨め上げる。


「……何それ、僕が腕立てすら出来ない非力だって言いたいの?」

「テメッ! 凛詠サンが軟弱だっていいてえのか!」

「イヤ! そーゆー意味じゃなくって! もし選ぶならって話しでっ!」


 ガタリを椅子を跳ね退き立ち上がった定霜に詰め寄られ、このめは誤解だと必死に首を振る。

 指摘した紅咲は最早このやり取りに興味はないようで、トレーニングメモを伏せると、台本をペラペラと捲った。


「ねえ、このマーカー、なんの印?」

「あっ、とね。この舞台ってホントは二時間半くらいあるお芝居なんだけど、文化祭で舞台が借りられるのって、準備とか片付けも含めて一時間なんだ。だからお芝居は、四十分くらいにしないといけなくて」

「ふーん、どうすんの?」

「人数もいないし、山場と見せ場だけに絞って編集しようと思ってる。一旦、この辺をやろうかなって思ってる部分に、そのマーカーで印つけてきんだ。だから、その辺りを中心に覚えて貰えれば。それと……」


 このめは自身の鞄を手繰り寄せて、中から紙袋を取り出した。


「これ、『あやばみ』のDVD。必要になると思うから」

「このめは?」

「え?」


 サラリと呼ばれた名に、素っ頓狂な声が出た。

 パチパチと瞬くこのめに、紅咲は億劫そうに眉根を寄せ、


「だから、このめも家で観てんでしょ。僕に貸して平気なの?」

「あ……ええと、俺は、有料版の配信映像をダウンロードしたのがあるから、大丈夫」

「筋金入りだね……。んじゃ、ありがたく借りとく」

「ってことは! 俺は凛詠サンから貸して頂けるってコトっスね!」

「気が向いたらね」

「ウッス!」


(……ちょっとは、仲良くなれたのかな)


 話を聞いて、納得の上で入部を決めてくれたのだと思っているが、無理矢理誘った感は否めない。

 『友人』や『仲間』と称するにはまだ微妙な齟齬を感じて距離を測りかねていたが、急にグッと近づけた気がして、このめは口元を綻ばせた。

 このめ、と呼んでくれたのなら、俺は――。


「ねえねえ、紅咲さん」

「……なに? 言われなくても扱いには――」

「えっと、俺も、『凛詠』って呼んでいい?」

「っ」


 ピタリと動きを止めた紅咲に、定霜が素早く反応する。


「おまっ! 『サン』とつけろ『サン』をっ」

「別に」


 遮ったのは紅咲だ。


「……好きに呼べば」

「……うん!」


 物言いはぶっきらぼうだが、視線を逸らす紅咲は、どこか照れているようにも見える。

 嫌な訳ではないのだと悟って、このめが大きく頷くと、紅咲は恨めしそうな眼で吹夜を見遣った。


「……幼馴染だっけ? このめって、昔からこんな感じなの」

「だな。直球オンリー」

「えっ、俺なんか悪いこと言った!?」

「別に。ところで『沙羅』ってこの金髪の? 妖狐だっけ?」

「あ、そうそう」


 はぐらかされた気もするが、このめは素直に話題を転じた。

 紅咲が指差しているのは、DVDのパッケージに印刷された一人の人物だ。

 ゆったりと結上げた綺麗な金髪には、派手な簪。鮮やかな赤を主体とした着物を纏い、トレードマークの番傘を手に振り向きながら、紅をひいた唇で妖艶に微笑んでいる。


 正しく『見返り美人』。だが、キャラも役者もれっきとした男だ。

 帯に差し込まれている扇子は飾りではなく、彼の武器である。

 『沙羅』は妖狐との半妖だが、長年を生きた事で、その存在は殆ど妖かしに近いモノになっていた。


「『沙羅』の生まれた時代では、半妖はまだ畏怖の対象でさ。母親は村の人達に殺されて、『沙羅』自身も猛烈な迫害を受けてたから、人間を恨んでたんだよね。で、今は妖かしとしての力が強いから、翔の『烏天狗』の力を狙って襲ってきた過去があるんだけど、まだ覚醒が不完全な翔の『人』としての部分に心打たれて、今は仲間になってるんだ」

「ふーん……コレ、今観れんの?」

「あ、うん。多分そろそろ、シゲちゃん先生が来る筈だから――」


 黒板上に掛けられた時計を確認しようと、上体を捻る。と、教室の扉がスライドされ、視線を移すと目的の人物が立っていた。


「悪い、待たせたな!」

「丁度っすよ、センセー」

「ホントか? ってあっ! 吹夜! 机に座ったら駄目だろー!」


 言いながら扉を閉めた武舘は吹夜がノロノロと椅子に移動したのを確認すると、「ったく」と息をついてから、座る紅咲と定霜を順に見遣った。


「ええと、紅咲凛詠と、定霜迅だったよな。如月から聞いてると思うが、顧問になった武舘繁だ! よろしくな!」

「『シゲちゃん先生』でしたよね。よろしくお願いします」

「……ッス」

「なんだ、そんな事まで話してたのか」


 頭を掻く武舘に問われ、このめは「あははー」と空笑いで凌ぐ。

 愛称を話した記憶はない。おそらく、このめと吹夜の会話や、他生徒達のやり取りから知っていたのだろう。


「確か、プロジェクターを使いたいんだったよな?」

「はい。多分、これから毎日使うんで、使い方も教えて貰いたくって」

「ああ、わかった。で、流すのはその『二.五次元舞台』とやらか?」


 ワクワクと瞳に好奇心を映して尋ねる武舘に、このめは肩を竦めて首肯した。

 顧問の依頼をした時からそうだったが、武舘は聞き慣れない言葉に興味深々らしい。プロジェクターでの投影の件を依頼すると、数秒の逡巡の後、「先生も観てみたいから、会議終わりまで待って貰えるか?」と進言してきたのだ。


 このめは舞台の簡単な説明を、合間合間に、武舘からプロジェクターの使用法を指導され、下りたスクリーンに光源が照らされる。

 流すのは、吹夜が持ってきたもう一つのDVDだ。このめの読み合わせに付き合い始めた頃、購入したものだという。


 このめは台本片手に、吹夜は机上に開いて置き、その他はただ画面だけを見つめる中、武舘の「始めるぞ」という合図で映像が再生された。

 黒板を覆い隠す程の巨大なスクリーンに映る舞台映像。

 自宅とは到底、比べ物にならない臨場感。メモをとろうと思っていたこのめも、すっかり見入ってしまった。

 二時間半。誰も声を発さずに、ただ、舞台から伸びた世界が教室内を包み込む。

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