その10:稲叢高校

 自転車を拾った。


 ううん、嘘吐いた。その辺の民家からパクってきた。


「冷静に考えて、街出るときに気付けば良かった。私たちでも乗れる乗り物あるじゃん。これ」明科さんはパクったママチャリを指さす。「なんかピンクでだっさいけど。めっちゃ曲線的なデザインでだっさいけど。タイヤの空気ちょっと抜けててだっさいけど」


「タイヤの空気抜けてるのはだっさいの?」あたしは小首を傾げて訊く。


「だっさいでしょ。だってこいつ」ママチャリを指さす明科さん。「こいつのポテンシャルたぶん今、四割減くらいになってるでしょ。段差とかで尻が痛くなるでしょ。そうじゃなくても走る速度も随分落ちるでしょ。それがだっさくなくてなんなの」


「空気入れあるよ?」あたしはその民家の物置をがさごそやって見付けてきた空気入れを明科さんに見せる。黄色くて足で踏むやつ。青と赤の、空気が出たり入ったりする突起が付いてるやつ。今は青い方にチューブが付いてるやつ。


「子ども用プールとか浮き輪の空気入れじゃん。それじゃあバルブに嵌められないでしょ」


「えっ、空気入れがあれば良いんでしょ?」


「だから!」明科さんはあたしから黄色い空気入れを引ったくってチューブの先を、タイヤの内側に付いてる突起(これがバルブ?)にすぽすぽやってみせる。「ほら! これじゃあガバガバでしょ! 空気が入るとか漏れるとかそういう次元の話がしたい! 私は!」


「えっもしかして、チャリの空気入れって、チャリ専用の空気入れなの!?」


「バイクにも使えるはずだけど。車のタイヤにも使えたような」


「ってことは、あたしたちにとっては、チャリ専用ってことになるの……?」


「まぁチャリだけで移動するなら、そうなるのかな?」


「じゃあこれ」あたしは物置から見付けてきたなんかしゅこしゅこやる空気入れ(たぶん普通の空気入れ)を明科さんに見せる。「こんなに重いの持ち歩かなきゃいけないの……? それめっちゃだるくない?」あたしのリュックは必要最低限の物しか入ってないからまだ余裕はあるけど、さすがにこれは入らない。っていうか、着替えと一緒に入れたくない。あたしの下着、真っ黒になりそう! ってあたしは思ってる。「それめっちゃしんどくない!?」


「都度見付ければ良いんじゃないですかね……」明科さんはあたしをアホの子を見るみたいな目で見てる。「だいたいどこの家にもあると思うよ……。自転車屋とかホームセンターとかもあると思うし……」明科さんの、なんかちょっと親切に教えてあげてますよ、みたいな雰囲気がぐさぐさ刺さる。「それとも広丘さんは、その空気入れ気に入ったのかな……? お持ち帰りしたくなっちゃったのかな……? 抱き枕にして寝たいのかな……?」「うわああん!」あたしは空気入れを放り投げて逃げ出した。どこまででも逃げていきたい気分だった。でもすぐに明科さんに捕まった。「広丘さんアホなところもめっちゃかわいいけど、もうちょっとくらい頭使いましょうね~」って頭をぐりぐりやられた。めっちゃ痛かったし「もっとアホになっちゃう!」って思ったし言ってたけど、明科さんはけらけら笑って聞いてくれなかった。


「イチャついてる場合じゃあねぇ」


「うん」


 あたしたちはそれからチャリに空気を入れた。隣の民家にあったママチャリも持ってきて、そっちもタイヤがぷにぷにだったからそっちにも入れた。手が真っ黒になったから民家の中に堂々と入って(少し迷った。他人様の家の構造ってなんか慣れないよね)洗面所で手を洗った。明科さんは洗わないのかな? って思ったけど、明科さんは軍手を付けてた。あたしはもっと頭使いたいって切実に思った。


 あたしたちは今更かもだけど、ようやく現実的な移動手段を手に入れた。


「さて、どこに行きますか!?」


 ぱんぱんになったタイヤのチャリに跨がって、明科さんがキメキメの顔で言う。


「どこ行こうか~」あたしは周りをきょろきょろ見る。


「山!」左の方を見る。「河!」その手前に白鳥湖がある。いっぱいいる白鳥が白いつぶつぶみたいに見える。「高校はあっち!」右の方を見るけど、高速道路が邪魔してよく見えないから山しか見えない。前見ても後ろ見ても右見ても左見ても山。あたしたちが住んでるところは全周囲、山に囲まれてる。「ド田舎!」あたしは言う。「それは知ってる」って明科さんが言う。うん、あたしも知ってる。


「とりあえず、奥城の方に出たいよね」明科さんは言う。奥城は市街地の名前。奥城市。あたしたちが住んでる市の隣の市。


「なんか具体的な目標が?」あたしが訊くと、明科さんはふるふる首を振る。


「や、別にそういうワケじゃないんだけど」珍しく考えてるっぽい表情になる明科さん。「なんかわかりやすいじゃん? その方が。山道獣道を進んでいくのも悪くないけど、ちょっとこれからの時期はキツイし。別にここは未開の土地じゃないんだから、山を一つ越えたところで行ける場所もわかってる。そもそもチャリで登りはキツイ。めっちゃキツイ」


「でもあの山越えた先に何があるのか、あたしは知らないよ」左の方にある山を指さしてみる。


「奥城に出るよ」明科さんは当たり前でしょって顔して言う。


「え、でも奥城はあっちじゃない?」あたしは前の方を指さす。


「電車がさ、河越えたあたりからカーブするでしょ」明科さんは高校の方からぐいーってあたしが指さしてる方に指を向ける。「で、奥城も結構広いから、駅とは違う方に出る。市民球場とか市民体育館とか、文化ホールとかある方」


「そっち行ってみるの絶対楽しいよ!」あたしはわくわくーって身振りで言う。あたしはそっちの方にはあんまり行ったことがなかった。


「そうかもだけど」明科さんはニヤって笑う。「せっかくチャリ手に入れたんだし、寄り道してみない? 奥城なら普通に行っても一時間掛かるか掛からないくらいだし。山越える方のルートにしても、別にそこまで掛からないと思うし」


「どこ行くの?」


「稲叢高校」


 稲叢高校は、あたしたちの通ってる高校。






 白鳥湖→稲叢高校






 白鳥湖から稲叢高校までは、チャリで二十分くらいだった。あたしんちからと同じくらい掛かった。距離的にはあたしんちより近いはずだけど~って思ったけど、どうやらずっと微妙に登り坂だったみたいだ。


「はぁ……はぁ…………。なんかキツくない?」


 タイヤの空気入れてポテンシャルが四割増しになったはずなのに、明科さんはめっちゃ立ち漕ぎしてめっちゃキツそう。


「これぇ……はぁ……、登り坂だよね!?」


「そういえばぁ……はぁ……、そうだったぁ……!」


「はぁ……なんか……、チェーンの油が切れてるぞこれ……!」


 あたしたちのチャリは確かにチェーンがジャリジャリいってる。え、チェーンって油注すの!? ってあたしはめっちゃびっくりする。


「チェーンオイル探さないとなぁ……はぁ……」


 明科さんはあたしがびっくりしてるだけなのを見て、キツそうにしながらゆっくりため息を吐くなんて器用なことをしていた。もしかしてあたし、呆れられてる?


 ともあれ、あたしもキツイのは嫌だから、それ系のことは明科さんに任せようと思った。


 そんなこんなで、歩いてるより断然速いけど、断然キツイあたしたちはぜぇはぁ言いながら会話もまちまちだった。


 で、辿り着きましたるは稲叢高校。


 牛丼食べる前に歩いてた十字路まで戻ってきて、そこからは上り坂から解放されて優雅に国道の真ん中を走って(透明車がびゅんびゅん走って通り抜けていくのも慣れてきた)、相変わらずチェーンはジャリジャリいってたけど、あたしたちは切れてた息も元通りになってまぁ普通って感じのコンディションになってる。せっかくだからって裏門から入って、部室棟を素通りして、校庭にチャリを乗り捨てた。いや、後で乗るけど。愛着が無いから雑な扱いをしてしまった。


 たぶん、今は普通に授業中。時計を見れば三時半くらい。あたしたちは風邪引いて休んでるときみたいな優越感だよね~とか言い合いながら校舎にずんずん入っていく。


 2年3組。あたしたちの教室。


 後ろ側の扉を開ければ、めっちゃ見慣れてるはずなのに見たことない光景で、あたしは黙っちゃって、明科さんも同じようなこと思ってるのかくちを開かない。


 教壇に立つ透明人間。たぶん、現国の田沢。五十歳くらいの、ハゲたオッサン教師。女子を見る目付きがイヤらしいって評判。授業中気分悪くなって保健室に行こうとするとめっちゃ執拗に理由を訊いてくる。あたしもされたことがある。面倒だったから「生理です」って言ったら呆気に取られた顔してたのが印象に残ってる。そう答えて欲しいって思った(実際にお腹めっちゃ痛かった)からご期待通りって思ったのに、「言わなくて良い」とか言われてめっちゃ腑に落ちなかった。その田沢が、教科書を読み上げてるっぽい雰囲気。


 今日は欠席してるひとがいないのか、全部の席に透明人間が座ってる。


 あたしの席にも、明科さんの席にも。


 透明なあたしは机に突っ伏して居眠りをして、透明な明科さんは机の下で文庫を開いてる。


 あたしはぺたぺたと校舎内用のサンダルを鳴らしながら、席の間を通って、教室の前側に向かう。一段上になってる教壇に登って、あたしは振り返る。


 教壇から見える景色。教師にあてられて黒板に答えを書くときとは違って、今、2年3組の生徒たちは、各々の態度で授業に臨む様子が見れる。


 これはたぶん、教師じゃないと見れない光景だとあたしは思った。あたしは田沢っぽいシルエットの隣に立って、クラスメートたちを見下ろした。


 田沢は背が低いし、太ってるし、ハゲてる。背骨がめっちゃ曲がってる見苦しいほどの猫背。ぱつぱつのジャージのファスナーを首元まで閉じて、だるんだるんのお腹はスラックスを押さえ付けるベルトの上に乗っかって半分くらいこぼれてる。ボソボソとした通らない声で教科書を読む。し、たまにどもる。死んだ魚みたいな目で、卑屈っぽい上目遣いであたしたちを見て、下がった口角の左側はひん曲がってる。


 それでもあたしは、多少は思っていたのだ。


 きっと教師は、教壇に立ってるときは、なんか、全能感みたいなものを感じているんじゃないかって。


 1クラス30人ちょっと。その生徒たちを上から見下ろして、生徒たち全員の将来を左右できる内申点を好き勝手に決められるその全能感。不真面目な授業態度の生徒を怒鳴ってバカにする権利。教師ってのはお気楽な職業で、ただ教科書やマニュアルに沿って授業を進めていけば良いだけなんだから、だから田沢みたいなやつにも務まるんだと、あたしは思ってた。


 透明なあたしは居眠りしてる。透明な明科さんは読書してる。透明な誰々は机の下でケータイを弄ってるのがバレバレだし、透明な誰々は飲食禁止なのに隙を見て鞄からペットボトルを取り出して飲んでる。透明な誰々は隣の誰々とこそこそ喋って、ときどき田沢の方を見て笑ってるっぽい。透明な誰々……あれは陰キャだ。立てた教科書の後ろで絵を描いてる。よくわからない、頭身がおかしくて顎が尖ってる男の絵だと思った。あたしは一回見せられたことがある。「気持ち悪い」って言ったらそれから見せてこなくなったけど、やめてはいないらしい。


 真面目に授業を受けている生徒がいないことは無い。でもそれなりの人数が真面目に授業なんか受けてない。透明なあたしも、透明な明科さんも。みんな好き勝手やってる。親が払った授業料を無駄遣いして。


 田沢はそれをチラチラ見てる。でも教科書読むのをやめる雰囲気は無い。見下ろす位置の教壇から、あの、ひとを嫌な気持ちにさせる上目遣いで。それでも田沢は露骨だ。授業態度が悪かったり自分のことバカにしてる生徒の成績は、確かに良くなかった。テストの点悪くないのにって文句を言いに行ったクラスメートが「自己責任だ」って言われてるのを聞いたことがある。教壇に置かれた教科書を押さえるクリームパンみたいな左手の薬指に、指輪は嵌められてない。それはきっと、田沢のそういうところが関係無いってことは絶対無い。でも、じゃあ比較的真面目っぽく授業を受けてる透明な生徒たちが田沢の言葉を真剣に聞いてるかって、そんなことも絶対無かった。あくびを噛み殺す誰々。大事そうなところだけノート取って、それ以外は窓の外を見る誰々。うつらうつらしてる誰々。ペン回ししてる誰々。


 こんな状況で、全能感なんて感じられるのだろうか。


 あたしはもしかしたら、何も知らなかったのかもしれない。


 だから、少し考えてみる。あたしは考えるのが得意じゃないけど、昔の嫌なことを思い出しちゃうけど、でも、それはきっと、だからやらなくて良いってことじゃないって、あたしは少しずつ気付き始めている。やらなくて良いことなんか、きっと何も無い。少なくともそれは、自分に言い聞かせて許すことじゃない。……そんな気がしてる。わかんないけど。あたしは思ってた。あたしはこうなんだからしょうがないじゃん、って。自分にそう言い聞かせるのはすっごく楽だ。だって、それ以上は考えなくて良いって自分を甘やかしてるんだから。考えることは人間の特性だって、明科さんは言った。それはきっとその通りだと思う。だって犬も猫も考えない。動物は自分の行動を妨げない。賢い犬だって、考えて人間の言うことを聞いているわけじゃない。昔飼ってた犬(名前はそぼろ、鶏そぼろみたいな色をした柴犬で、十二歳で大往生した)のことを思い出しそうになって、あたしは自制する。それは今考えることじゃない。人間は、自分の行動を振り返られる。あたしがそうなってしまうんだとしたら、その原因がわかっているなら、それは改善できるということだ。それは簡単なことではないかもしれないけど、きっとやって出来ないことなんて殆ど無い。自分の行動をほんのちょっと変えるくらいなら。もうちょっと思慮深く? なるくらいなら、きっとあたしにだって出来ることなのだと思う。


 うんうん考えて、あたしは思い至る。


 田沢は、尊敬される教師なんかじゃなかった。


 じゃあなんだろうって考えて、あたしは閃いた。


 テスト範囲を教える、装置なのだと思った。


 あたしたちは、少なからず田沢のことをそういうものだと思ってた。


 そう考えたら、あたしにはとてもしっくりきた。


 そして、田沢はたぶん、自分が装置だったってことをあたしたち以上に知ってた。


 だからあたしは、こんな状況で全能感なんて感じられないと、改めて思った。


 それは別に、田沢に同情したわけじゃない。


 ただ、あたしはやっぱり何も知らなかったのだと思った。


 田沢がどんな気持ちで授業をしているのかなんて知らなかった。それは田沢にしかわからない。言うことを聞かない生徒たちに何も言わなくて、バカにされてるの絶対に知ってるのに、それでも自分を変えようとしないその気持ち。


 ……でも、あたしはその気持ちを知ってる気がする。わかんないけど、あたしは、あたしを変えようとはしてこなかった。


「明科さん」


 あたしは明科さんを呼んでみる。「なーに?」って、明科さんはあたしが呼ぶのを待ってたみたいだった。明科さんは教壇の方に、あたしの方にぺたぺた歩いてくる。透明な田沢が誰かを指名して、指名された透明な誰かがだるそうに椅子から立ち上がる。あたしたちはあたしたちの教室からシカトされてる。あたしたちも、あたしたちの教室をシカトしてる。


 立ち止まった明科さんが、教壇の下からあたしを見上げる。


「明科さんは田沢のこと」教卓に肘を突いてだるそうに授業を進めるシルエットを指さす。「どう思ってた?」


「どうって?」明科さんは首を傾げる。


「普通にどう思ってたのかって。印象?」


「別に、どうも思ってないけど。教師の一人」


「ううん。そうじゃなくて」あたしは、上手く伝わらないことにちょっとだけやきもきするけど、でも、それはたぶんあたしの伝え方が悪いからだから、もうちょっとうんうん考えてみる。「……どういう、ひとだと思う? 田沢って。どうしてこう……、うーん……、生徒から嫌われるようなことする教師だと思う? どうして、好かれる教師にならないんだと思う?」


 傾いだ明科さんの表情までよくわからないって言いたい感じになる。なんであたしがいきなりこんなこと言い出したんだろうって絶対思ってる。


「なんか……」あたしは言う。「あたし田沢のこと嫌いだったんだけど、でも、ちょっと思ってたのとは違ったのかもしれないって、ここに立って教室見渡してみたら思った」教室を見渡して、田沢を見る。「だって、教師なら生徒から好かれた方が絶対イイじゃん。その方が楽じゃん。他人から嫌われるのってきっとつらいじゃん。それが仕事なら尚更で、嫌いな奴らと週五で顔合わせるなんて悪夢じゃん。教える立場ならもっとそうじゃん」


 ちょいちょいって、明科さんを手招きする。まだよくわからない顔してる明科さんのコートの袖を掴んで、引っ張り上げる。「よよよ」って言いながら、明科さんはあたしの隣に立つ。「見て見て」ってあたしは言う。教師じゃなきゃ見れない、この光景を。


 あたしはさっき考えてたことを、拙い言葉で明科さんに伝える。田沢は教師の全能感ってやつに酔ってたんじゃないかって考え。それは間違ってたんじゃないかって考えも。


 明科さんは「ふむふむ」って言いながらあたしの言葉を聞いてくれる。たまに、あたしの言い方がわからないところに質問しながら。あたしはそれに頑張って考えて答える。適切な言葉がわからなくて、ニュアンスだけでも伝える。明科さんはこういう感じ? って訊いてくれる。それがあんまりにもそう! って感じで、明科さんの方があたしよりあたしの考えてることわかってるって思う。


「なるほどね。広丘さんの言いたいことはなんとなくわかった」明科さんはうんうん頷く。「たぶんね、それは広丘さんが考えてるほど、もっともな理由なんか無いことだと思うよ」明科さんは皮肉っぽい顔をあたしに向ける。


「どういうこと?」あたしは明科さんに訊く。


「うん。田沢は確かにロクでもない教師だね。自分がそう思われてることも知ってたような気がする。学年主任の教師から注意されてるの、そういえば見たことあったっけ。数学科の平松かな。十歳も年下の後輩教師に立場も追い越されて、わかってるようなこと言われて、それでぺこぺこ頭下げてる後ろ姿は無関係なあたしが見てても結構キツかったな。でも、だからって田沢は別に態度を改めるようなことは無かったわけじゃん。広丘さんは、きっとそこに何かしらの信念があるって思ってるんでしょ?」


 あたしは明科さんの言葉に、「そう! たぶんあたしそう思ってる!」って答える。


 だって、それを頑なにしないのなら、そこには納得出来る理由があるに違いないって思った。誰に何を言われても変えない信念があるから、その信念に従っていたはずだって。だって、言われたことをする方が楽だから。それで良くなるなら、絶対その方が良いから。あたしはそう教えてもらったことが無いから、本当のところはよくわかっていないのかもしれないけど、でも、自分であれこれ考えて改善点を挙げるよりよっぽど楽だって思う。


「でも、たぶん、残念ながら、田沢にはそんな信念は無かったって私は思う」明科さんは言う。あたしは首を傾げて、どうして? って顔をしてしまう。明科さんはあたしを諭すみたいに、何かを諦めたみたいな微笑みを浮かべる。「人間って別に、本当は、考える生き物ではないんだろうって、私は思ってる」あたしは明科さんの言葉にびっくりする。だって、それは前に明科さんが言ってたこととまったく逆のことだからだ。


「前に言ってることと違うって思ってる?」明科さんはあたしに訊く。あたしはうんうん頷く。「まぁ聞いてよ」明科さんはどうどうってあたしを落ち着かせる。「だって広丘さんは、本当に、ここにいる透明人間たちが、何かを考えて、その考えに従って行動してるんだって、そう思う?」


 あたしは、明科さんに言われたことが、よくわからない。よくわからないけど、そうだと思ってるから頷く。明科さんは、ゆるやかに首を振る。


「例えばあいつ」明科さんは透明明科さんの後ろにいる透明人間を指さす。「あいつは私のグループのリーダー。槇野。あいつは自分より下のカーストのやつらを全員ゴミだと思ってるし、実際にそう言ってた。自分がクラスで一番価値があるって思ってるってこと。私はその根拠をやんわり訊いてみたことがある。槇野、なんて答えたと思う?」あたしはふるふる首を振る。「オシャレかそうじゃないかだって。自分が一番オシャレで化粧も上手くて髪質がイイから、そうじゃない人間はゴミだって思ってるらしい。私はふーんって思って、オシャレってやつの定義をやんわり訊いてみた。槇野、なんて答えたと思う?」あたしはふるふる首を振る。「スカート丈とか、小物のセンスとか、カーディガンの色とかだって。私はふーんって思って、それ以上何も言わなかったけど、なんかこいつの主観を根拠にしたオシャレかそうじゃないかってことだけを基準に、私はこいつに選ばれて、このカーストに居させてやっている、みたいに言われてるのがぼんやりわかって、私はそれ以来こいつとあまり二人にならないようにしてた。別に、その前から好きってワケでもなかったけど」明科さんはどうでも良さそうに言う。あたしもたぶん、ふーんって思ってる。


「槇野さ、広丘さんのことめっちゃ嫌いだったんだけど」明科さんは特に気にした感じも無くそんなことを言い始める。「え、あたし嫌われてたの」あたしは思わずくちを挟んでしまう。理由がわからなかったから。「広丘さん覚えて無い? 入学式のあと、槇野に一緒にファミレス行こうよって誘われたの」明科さんが言う。あたしは覚えてなくて、ふるふる首を振る。「たぶん槇野、広丘さんと友だちになりたかったんだよ。たぶん、槇野のオシャレ基準を余裕でクリアしてる感じだったんだと思う。だから、それをビシッて断られて、めっちゃ怒ってた。結構みんなに聞こえる感じで広丘さんの悪口とか言ってたんだけどね。誰も乗っからなかったけど。でも本人に気付かれてないとかマジでウケる」明科さんはわはわは笑い始めるけど、あたしはなんて反応したら良いかわからなくて困った笑みを浮かべてしまう。「で、まぁクラスの上位のカーストの方には、そういう空気が蔓延してた。で、ここに正しい根拠とかよく考えた末の結論とか、そういうものが一つでもあったと思う?」あたしは、ふるふる首を振る。それくらいはたぶん、あたしにだってわかることだと思った。明科さんは「うん」って頷く。あたしは「そうだよね」って思うし、言ってる。


「で、田沢。田沢は、まぁベテランの教師じゃん。別に私たちは田沢が昔どんな教師だったとかそういうことは一切知ることが出来ない環境にいるワケだから、どうして田沢がこんな風になってしまったかなんて、私たちにはなんとなぁく想像することしか出来ない。たぶん教師になりたいって思ってたくらいなんだから、教育ってものに対して何かしら思うところがあったのかもしれないとか。実際はそうじゃなくて、公務員なら安定した生活がおくれるって打算があったとか、まぁそれくらいは普通に想像できる。どんなモチベにせよ、昔はそれなりに生徒と向き合おうとしてたのかもしれない、とかさ。でも全部わかんないこと。だから私はどうして田沢がそんな風にしているのかなんてわからない。もう少し根拠があれば推理できるのかもしれないけど、別に田沢のために推理する時間作るのもたるいからやらない。時間も熱意もあったとして、例えばスーパーで井戸端会議してるオバサンたちがさ、よく言ってるじゃん。『どこどこの誰それ奥さんがこんなことをしていたんですって』『あそこの旦那はこれこれこんな仕事をしてるから、きっと誰それ奥さんもそんな風になってしまったのね』『誰それ奥さんは昔あんなことをしていたみたいだから、似たもの夫婦だったに違いないわ』『だから子どももあんな風に育つのね。いやぁね~』『おほほほ~』」明科さんは突然小芝居みたいなのを始めるけど、それがなんかやたら臨場感あってあたしは少し笑ってしまう。「私はね」そんなあたしを妨げるみたいに、明科さんはちょっと強めに言う。


「絶対にこうはなりたくないって思ってる」明科さんは言う。


「私は、絶対にこんなオバサンにはなりたくない。バラバラに存在する別々の根拠なのかそうじゃないかもわからんぼんやりした情報を元に、自分たちが一番面白くて納得できるようにそれを組み立てて、さもそいつらが自分たちにバカにされるために存在してる、みたいに言う人間になんか死んでもなりたくない。それが、自分の膨らませた妄想をサンドバッグにしてるって気付いてないところが最高に愚かしいと思う。事情も考えも何もわからない他人を断言できることなんて何も無いでしょ。それは自分が、自分の軽々しい妄想で、他人を軽々しく決め付けられるって、そう言い触れてるのと同じでしょ。だから私は田沢がどうしてそんなことをするのか、広丘さんが納得できる答えをあげられない。私は絶対に、それをしたくないから」


 明科さんの迫力に、あたしは何も言えない。


 あたしは何か明科さんを怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか。そう思ったら「少し熱くなっちゃったね」って、明科さんはフッて笑ってみせる。あたしは反射的に胸を撫で下ろす。「私の悪い癖だね。話が飛躍しちゃうのは。昨日会った時もそうだったっけ」って言われて、あたしは随分昔のことのように思える昨日の駅でのことを思い返す。確かに昨日の明科さんもこんな感じだった。話にどんどん熱が入っていく感じ。「別に広丘さんのことを批難してるわけじゃない。広丘さんはきっと、広丘さんにとって大事なことを考えているんだと思う。私はそれが、私にとって大事なことだってあんまり思えてないから、ちょっと見当外れなこと言ってるかもしれないけど、でも私にとって大事な考え方ってのもあるからさ、それは広丘さんに知ってもらいたいって思った。広丘さんはそういう子じゃないって期待は、たぶんそんなに間違ってない自信もあるけど、でもさ、それはわからないことじゃん。だから、私はそういう考え方好きじゃないよって表明をしておきたかった。それを表明したところで、広丘さんと私の関係は別に変わらないって期待も、少しはあるかな……」


 あたしは「うん」って、頷いてみせる。「広丘さんは、田沢のことを決め付けたかった? こうあってほしいって、そう思った?」明科さんはおっかなびっくりって感じであたしに訊く。あたしは自分の胸に手を当てて考える。「ううん」あたしは首を振る。「あたしは、田沢がどうしてこうなのかを知りたかった。別に、田沢にこうあってほしいって気持ちは、無いと思う。無い、かな?」言ってる内にちょっと自信無い感じになっちゃって、あたしは曖昧に首を傾げる。「でも、それはもうどうやっても確かめられないことだよ」明科さんは言う。「ほら」明科さんは田沢の頭をひっぱたこうとする。カスッ、って、明科さんの振るった手は田沢の頭の辺りを通り過ぎる。「別に、田沢と話ができるからって、田沢の本心が引き出せたとは思えないけどね」明科さんは困った笑顔でそう言う。


「でも、さっき明科さん言ったよね。田沢はたぶん信念なんか無かったって」あたしは言う。


「うん」明科さんは頷く。「信念があるなら、もっと徹底していたんじゃないかって思う。例えばバカにしてくる生徒をやり込めたいなら、ケータイ弄ってる槇野」明科さんは槇野の席を指さす。「からケータイ取り上げれば良いじゃん。それは後々面倒なことになるかもしれないけど、でもケータイ弄ってる槇野が悪いのはそうじゃん。田沢にとって都合が悪いことになるなら、そうならないように締め付けを強くすれば良いじゃん。絶対に自分に逆らえないための努力はするじゃん。怒るととんでもなく怖い、とか、宿題増やされてめんどくさいとか。生徒はぶーぶー文句垂れるかもしれないけど、生徒にできるのは文句を垂れるだけじゃん。一致団結? して教師いじめとかになるかもしれないけど、それはバランス感覚が無いからそうなるんじゃん。や、ごめん、テキトーなこと言ってる。二人三人をコントロールするのとはワケが違うわ。ともかく、田沢は別にそういうことはしてなかったじゃん。基本的には、何もしないじゃん。成績悪くするのは、マニュアルに沿ってやってることじゃん。裁量に問題があるって、生徒の態度やテストの点数なんてケースバイケースだし、そもそも田沢の主観なんだからそれはそうじゃん。別に、他の教師だって同じことしてるじゃん。保健室に行くのに根掘り葉掘り訊かれるのも、別にセクハラってほどではなかったじゃん。男子だって根掘り葉掘り訊かれてたじゃん。目付きがイヤらしいってのは、たぶん受け取り方の問題だよ。私は卑屈で根性ひん曲がってそうだな、くらいにしか思わなかった。……って、私は思ってたから、私には別に、田沢はただの不真面目な教師にしか思えなかった」


 あたしは、「なるほど」って思うし、言ってる。


 あたしは、そこまで考えてなかった。周りも見ていなかった。自分がされたことに対して、そう思い込んでいただけだった。視野が狭いって言われてるみたいで、あたしは自分が浅はかな人間だってことを知ってハッとした。それはたぶんよく考えているってことじゃないから、悪いことをしたみたいな焦燥感を抱いた。「それにね」って明科さんが言う。反省はたぶんいつでもできることだから、あたしは考えるのをやめて明科さんの言葉に耳を傾ける。


「大した考えがあるんだったら、それなりに上手く立ち回るものだと私は思ってる。それをしてないから考えてない、頭が悪い、とまでは言わないけど、でもそのひとの努力ってよくよく見ればなんとなくでもわかるものじゃん。数学の平松は、別に慕われてるってほどじゃないにしても、顧問してる女バレの子たちに自腹で飲み物差し入れしてたって聞いたし、授業中もちょっと面白い小話入れたり、キリが良かったら休み時間まで自習にしてくれたり、そういうことするじゃん。田沢はそうじゃないじゃん。別にクソ生意気な生徒をやり込めて憂さ晴らしする努力を、私たちは実践されたワケじゃないじゃん。だからって授業内容が凝ってたわけでもないじゃん。さっき槇野の話したでしょ」明科さんは言う。あたしは「うん」って頷く。「どうして槇野の話したかって、槇野は別に、自分が選ばれた側の人間でいたいって思ってるから、下のカーストの子たちをバカにしてただけじゃん。だから選んでくれなかった広丘さんに怒ってたんじゃん。別にそこに強い信念とかは一切無いだろうし、周りからそう思ってもらうための努力は、田沢に毛が生えた……、いや、これはギャグじゃないんだけど」明科さんは田沢をチラってみて、「サーセン……」って小声で言う。あたしは噴き出さないように必死になる。「真面目な話!」明科さんの大きな声にあたしは「はい!」って返事する。「槇野の努力は、田沢よりはしてる程度じゃん。自分が自分の作ったカーストから蹴落とされない程度の。どういう人間にどういう価値があって、あらゆる要素を相対的に数値化して、それを当て嵌めて厳密に価値のある人間かそうじゃない人間かを分別してたわけじゃないじゃん。とにかく自分はすごくて、舐められないようにってだけじゃん。そのための方法論も稚拙じゃん。幼稚園児が『この砂場は私のものだ』って言ってるのと同じじゃん。だから最初に言ったんだよ。人間は別に考える生き物じゃないって。その瞬間瞬間で思ってることが、理由は無いけど正しいと思っていて、それはたぶん全面的にその瞬間の感情に由来してて、で、その感情にやっぱり根拠は無い。感情が先か思考が先かって、感情が先だよ。あとはそれに理由を付けるだけ。人間は考えることが出来るけど、根拠も無い感情を肯定するためだけに頭を働かせるなら、それは考えてるとは言わないって私は思う。チョコレート食べて甘いから美味しいと同じ順序だと思う。だから私は、田沢について考えることに意義を見出せない」


 明科さんは「ちょっと難しかった?」ってあたしに訊く。あたしは「難しい」って正直に言う。だから、思ったことを明科さんに訊く。明科さんはそれに全部ちゃんと答えてくれる。そうしてちょっとずつ噛み砕いてもらって、あたしはなんとなくさっきよりは理解できてくる。……気がする。


「別にね、考えないことを批難したいわけじゃないんだよ」明科さんは、うんうん考えるあたしに言う。「だって、考えなくたってわかってるなら、思考を一足飛びに越えて正しいことに辿り着けるなら、それに越したことは無いじゃん」明科さんは、何かを羨むみたいな顔であたしを見る。あたしはどうしてそんな顔で見られるのかわからなくて首を傾げる。明科さんは何も言わずに、首をふるふる振る。


「広丘さんは、どうして田沢のこと考えようって思ったの?」明科さんが訊く。


「んー……。なんかね、嫌だなぁって思ってるひとのこと、ただ嫌だなぁって思ってるだけじゃダメだって思った。たぶん、田沢がそういう態度なのは、あたしたちにも理由があるんじゃないかって思った。そうじゃなくても、そうしなきゃいけない気持ちがあるからそうしてるんだと思った」


「でも、私はそうじゃないって考えてるし、そう広丘さんに言った」


「うん」あたしは困ったなーって頭を掻く。


「わかんない。みんなちゃんと考えてるのかもしれない。考えたうえでそうしてるのかもしれない。考えたうえで、自分の限界を、自分で決めてるのかもしれない」「それは、考えてないってことだよ」


 あたしは、明科さんの言葉を食い気味に否定する。明科さんがびっくりした顔であたしを見る。あたしは言葉を続ける。


「あたしがそうだから、それのことはわかる。あたしさっきそれ考えてたよ。自分はこの程度だからって、それ以上考えないってこと。あたしはずっとそうだった。あたしはずっと、嫌なこと思い出しちゃうから考えないようにしてた。しょうがないことなんだって。そうやって自分の限界を自分で決めてた。でも、あたしたちは自分を変えてくことができるじゃん、少しずつかもしれないけど。苦手な食べ物があったら、それを食べられるように料理できるじゃん。その可能性? を、無理無理! って、できないできない! って言うのは、考えないようにしてるってことじゃん。ってことは、考えてないじゃん。考えてないんだよ。今、明科さんの言ってることわかった。わかったっていうか、納得できた。うん」


 あたしがうんうん頷けば、明科さんは「お、おう」って、なんかめっちゃびっくりした感じで言う。え、あたしなんか変なこと言ってた!? って思ったら顔に出ていたのか、明科さんは「そっか」って、なんか娘を見る母親みたいな顔された。


「でも広丘さん」明科さんは言う。「私の言うことが全面的に正しいとは思わないでね。これはあくまでも、私の考え。それが正しい保証は、私にはできないよ」


「うん、わかってる」あたしは頷く。「でもそれが正しいか正しくないかは、きっとそんなに重要じゃないような気がする。だって、ほら」あたしは教室を見渡す。もう現国の授業は終わってしまったのか、透明なクラスメートたちがその辺だらだら歩いてる。教卓に寄りかかってた田沢もいなくなってる。「やっぱり、あたしたちしかいないんだし」明科さんは苦笑いする。「それ、言い訳に使わないでね?」あたしは手をぶんぶん振り回して言う。「しないよ! それもちゃんとわかってるよ!」そんなあたしの頭を、明科さんはぽんぽんってする。


「でも」明科さんは教卓をチラッて見て、言う。「ここに立って全能感を感じてる教師がいたとして、それってホントしょうもない全能感だって私は思うな」


「しょうもないの?」


「だって、たかだか30人くらいの、自分の半分も生きてないようなクソ生意気なガキたち相手にしてそんなもん感じたってしょうがないでしょ。モチベになるなら悪くはないと思うけど。バイト先にもいたな。自分が職場で一番仕事が出来て、人望もあるって思ってるオバチャン。20人も従業員がいないこんなちっぽけな店で、それを優越感にしないと保てない精神状態なんてホントしょうもないって思ってた。必死だなって」


「その言い方はしょうもないって感じがする」


「まぁ、それでバリバリ働けるならそれでも良いんだよ。それを私に誇示したりしなければ尚のこと」


「誇示されたんだ……」


「うん。そッスかー。スゲーッスね。って言っておいた。めっちゃ嬉しそうだった」


「そっか……」


 項垂れながらそう言って、あたしはふと思い付く。「そういえば、明科さんはどうして学校に寄ろうって思ったの?」


「んー?」って言いながら、明科さんは透明明科さんの席を見る。


「確かめておこうと思って」


「確かめる?」あたしは首を傾げる。


「うん。広丘さんと出会わなかった透明な私は、果たして私よりも楽しい高校生活をおくれているのかなって」


 透明な明科さんの周りには、槇野とか他の女子とか数人が集まってる。無駄に大きい身振りに、無駄に大きなリアクション。


 その中に混じる明科さんは、一応は反応してるけど、大半は机に頬杖突いて窓の外を眺めてる。


 と思ったら、机に突っ伏してる透明あたしの方を見る。


「あたし見てる」


「行こっか」明科さんはなんか気まずいみたいな顔してあたしの袖を引っ張る。


「え、でも明科さんあたし見てるよ? なんで?」


「なんでも良いよそんなの。ほら、早く行こう。職員室とか行ってみよう!」


 明科さんはあからさまに慌ててたから、あたしは面白くなっちゃって「ねぇなんで? なんであたし見てたの?」って明科さんに訊きまくった。明科さんはなんか耳まで赤くなってる。めっちゃ面白い! って思ったら「うるさい!」って言われてめっちゃ強めにチョップされてあたしは廊下の隅で頭を抱えた。痛みも引いてきて明科さんもう職員室行っちゃったかな……って思って目を開けたらちょっと先で待っててくれた。「……ん」あたしに手を差し出してくれてる。あたしはわーい! って立ち上がってぱたぱた駆けて明科さんの手を取ってくんくん嗅いだ。「明科さんツンデレ!」「ちげーわ!」ベシッてまたチョップされた。あたしはぐすぐす泣きながら職員室に連行された。


 職員室に入れば、透明教師たちが数人いて、なんやらかんやらやってる。次の授業始まってる時間だけど、残ってる教師たちはなんか用意とかしてるんだろうか。あたしがふんふん見て回ってたら「ねぇ広丘さん」明科さんに呼ばれる。


「なに?」あたしは振り返る。明科さんは給湯スペースみたいな一角を指さしてる。「あれ」


「なになに?」あたしはそっちを見る。


 そこには透明じゃない、誰かが食べた後のカップ焼きそばの容器が置かれている。

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