漆日目

 ――今日は、すぐ起きられた。

 目覚まし時計に起こされるわけでもなく、日の光で起きる。最高のシチュエーションだろう。

 ――気になることといえば、ナイトメアがいないことだろう。

 いつも通りの支度を終え、下に降り――そこにはおやじがいた。

 おやじならナイトメアの行方を知っているだろうか。聞いてみよう。


「おやじ、ナイトメアってどこに行ったか分かる?」


「ん? ――ああ、あいつなら昨日夜遅くに出てったぞ」


 ――余談だが、ナイトメアの名が通じているのは、昨日お母さんにこの子の名前は? と聞かれたからだ。家族全員の前でナイトメアの名前を出したから、皆名前を知っている、ということになる。

 しかし、出ていった、か。と考えていると、ある記憶が頭に浮かぶ。――昨日の、恥ずかしい思い出が。僕は確かに、ナイトメアと、キス、したはずだ。

 ――それは家を出たくなるだろう。キスした後に僕の目の前で寝られる度胸はなかったらしい。――とかいう僕も、キスした相手の目の前では寝ずらい。

 ――仕方ない。ナイトメアは少しの間一人にしてやろう。僕も今会ったらまともに会話できない気がするから。

 ――しかし、残念ではなかっただろうか。もしもあれが初めてだとして、1番最初が僕で。

 それならば、どこの神社へと行こうか。西は今日は行かないとすると、北か南だろうか。

 ――正直、どちらも遠いので、あまり行きたくないのだが、しかし春さんの神社もここ最近はいきっ過ぎているような気がする。――いあや、飽きたわけではない。そうじゃなくて、もっとこーゆー……ね? そういう感じ。いや、本当に飽きたわけではない。それだけは誤解しないでほしい。

 ん――……どちらにしようか……――結局のところは、行ってみなければ分からないわけだし、今日はとりあえず『南の神社』に行こうか。

 そう決めたらすぐ実行。そうでもしないと、体が動かん。

 家を出て、すぐ南――といっても分かりずらいだろう――まっすぐ伸びる道に足を運んだ。




 ――ようやくついた。正直言って長かった。20分かかるとか何事か。どんだけ遠いんだよ。

 まあ、町が広いのもあり、――この辺の住民の神社なため――ちなみに僕はその辺の住民じゃない――遠くなるのも必然といえようか。

 はあ、さっさとお参りして休憩して帰ろう。――また神様とか出てこられても困るし。

 作りとしては西の神社に近い感じで、本殿にもすぐにたどり着けた。

 本殿は、とても質素な感じだった。もちろん、神社として当たり前の設備はあるものの、周りにはそれ以外のものがない。――いや、一つだけあった。あれは――お地蔵さん?

 屋根の付いた小さな蔵にて、お地蔵さんが佇んでいる。

 その地蔵の前に、1人の女の子。――見た目から察するに、神様ではなさそうだ。

 カッターシャツに丈の長いスカート、明るい茶髪。その髪を、団子にしている。――はて、あんな生徒、うちの学校にいたかな? 見た目からすごくギャルギャルしい。

 だが、こうして僕みたいに毎日来ているとするならば、それは微笑ましいことだ。これがギャップだろう。――ギャルが毎日、お地蔵さんの世話をしているって、中々聞かない話だけれど。

 それはともかく、話しかけない方がいいだろう。僕は僕で、彼女は彼女のしたいことがあるのだから。


「――それじゃ、ナイトメアにできるだけ早く出会えますように」


「ナイトメアって誰?」


「うおっ!」


 突然話しかけられ、反射的に後ろを向く。――そこにいたのは、先程までお地蔵さんに微笑んでいた、あの女の子だった。

 いきなり後ろにいるものだから、驚いてしまった。


「あの、すいませんけど、どこかでお会いした方……?」


「えっ? ――あっ、ごめんごめん。私はね――魔裟斗って言うの!」


 喋り方がギャルギャルしい。というか、子供っぽい。それと性格が男っぽい。あと名前も、男っぽい。


「あ、マサトって書き方分かる? 魔王の魔に、大袈裟の裟、北斗七星の斗。それで魔裟斗」


「はあ――あなたは一体、誰? 学校はどこ?」


「え? ――え、まさか今私、ナンパされてる?」


 急に恥じらいだすこの人――魔裟斗さんは、年上か年下かもわからない。

 とりあえず、春さんと似て、子供っぽい。


「ねえ、学校ってどこにあるの? 教えてほしいなっ!」


 ――とりあえず、子供っぽい。


「じゃあ、春休み中ですけど、行ってみますか……?」


 まあ、しょうがない。春休み、いっつも暇だし。




 ――学校にて。僕は潜入を図っている。

 魔裟斗さんに言われて、のこのこ来たのが間違いだった。――なんだか、胸が痛い。

 その胸の痛みをどうにか抑えて、僕は校門を上る。

 幸い、学校には誰もいなかった。――僕的には、誰かいてくれていた方がよかった。


「どうやら潜入には成功したらしいよ、隊長」


 小さな声でそう言う。――さて、入ったはいいが、どこへ向かったものか。


「あのさ……行く場所とかないんだったらさ――屋上、行ってみたいんだよね……」


 屋上……そういえば僕も言ったことがないな。


「それなら、行ってみる……?」


 その返答として、魔裟斗さんは大きく頷く。


「よし、じゃあ、行こう……」




 ――屋上には、意外にもあっさりとついた。

 学校に誰もいなかったからだろう。唯一怖かったのが、屋上に行く途中で、屋上がカギで開くと気づいたことだった。――開いていて、本当に良かった。誰だか知らないが、ありがとう。


「さあ、ここへ来たは良いけど何するか……」


「ね~えっ」


 呼ばれた気がして振り返る。振り返ると、頬に柔らかいものが触る。――引っかかった僕を魔裟斗さんが笑っている。

 つまりあれだ。僕はあの名前の分からんいたずらをされたのだ。

 ――何故今したの!?


「お話しよ~よ」


「――――まあ、いいよ……」


 きっとどれだけ注意してっも、春さんみたく治らないのだろう。よほど末期だ。――この人も春さんも。


「で、何の話するの?」


「ええーと、ね……」


 ――さてはこの人、決めてないな。


「じゃあ、さ。初対面で聞くような話じゃないと思うけど――小さい頃のお話、聞きたいな」


「小さい頃……」


 小さい頃、つまりは昔の話だ。しかし昔のことか、何かあったかな……。寝転がりながら考える。

 ――――――何も思い出せない。


「ごめん。なんも思い出せないや」


「まあそういうときもあるよねっ。――じゃあ、私の話を聞いて」


 ――まあ、それくらいなら。僕が話題提供できなかったのが悪かったのだから聞くのが当然だろう。


「じゃあ、聞いてね。――私はね、ずっとあそこの神社で遊んでたの。毎日お地蔵さんとおしゃべりして、それが私の日課。お父さんがね、いっつも私に『誰も見てなくても神様だけはお前を見ている。だから自分の道を歩けばいいんだよ』って、言ってくれた」


 話をしている魔裟斗さんの目は、輝いて、そして寂しそうな光を込めていた。


「それでね――いつだったかな。皆が私のこと無視するようになったの。どれだけ話しかけても、どれだけ触っても、気付かない。――正直言って、退屈だった。――――でもねっ!」


 言葉に合わせ、体をはね起きさせる。寝転がっている僕の上にいる魔裟斗さんの顔がちょうど影になっている。それが、空に穴が開いたように見える。


「あなたが私を見てくれた! 今日、見てくれた! だから、本当に神様はいたんだって、私気付いたの! ねえ、あなたって――神様の使いなの?」


 ――僕が、神様の――使い? いいや、僕はそうではないな。強いて言葉にするならば――


「いいや、神様の――友達だよ」


 そうだ。僕は神様の友達なのだ。


「やっぱり! じゃあ神様の存在って信じる?」


「まあ、それが全知全能って意味でいるのかってことだったら、それはない。――神様も人間みたいなものだと思うよ。自分勝手で、自己中心的で――でもね、神様はいつも、その目に光を宿していた。――もしかすると、君も神様なのかもしれないね」


 しばしの沈黙が流れる。だがそれもすぐに破られる。


「そうだといいねっ!」


 太陽に見間違えるぐらいの、輝きを秘めた目をこちらに向けながら、彼女は笑った。




「ん……――ああ……? ここどこ?」


「ここは――自分ちでしょっ」


 え? 春さんの声? なんで屋上に……しかも、自分ちって。

 それに僕、いつの間に寝てしまったんだろう。

 それに、ここが家だとしたら、魔裟斗さんは。

 ――目を開くと、そこは春さんの言った通り、僕の家、僕の部屋だった。


「一体誰が僕を……」


 そんな疑問が浮かんできた。――だが、そんな疑問も、次に聞こえた声がかき消していた。


「私よ私」


 その声は、今日聞いたばかりで、屋上で聞いた声だった。


「何で、ここに魔裟斗さんがいるんだよっ!?」


「え? ――だって、君――あ、そう言えば名前、聞いてなかった!」


「えー……ここにきてかよ……――僕の名前は秋斗」


「よろしくね! ――で、秋斗君は、私とお話ししている間に、寝ちゃったわけなの。だからここまで連れてきた」


 終始ニコニコしている魔裟斗さんの話を聞くに、僕はどうやら、女の子に担がれてここまで戻ってきたらしい。

 ――もう、お婿に行けない……。


「で、あなたどうやってここまで秋斗君を連れてきたのよ?」


「え? 簡単だよ? あなたもできるでしょ、空間転移」


 ――え? 今、魔裟斗さん、空間転移って……。つまりそういうことなのか? 魔裟斗さんは実は神様で――ってことなのか?


「そう、秋斗君ご名答」


 ウインクして答えるこの人――いや、厳密にはこの神様は、だとしたら南の神様になるわけか。

 いやなに、神様がいること自体は驚かないのだ。もう2人経験してしまえば、1人増えたところでそう変わらない。

 いやしかし、屋上でのフラグが今回収されたとするなら、すごいな。


「よく考えたらおかしいところがいっぱいあったでしょ? 私、あなたを何で神様の使いって言ったと思ってるの?」


 ――うわー……この人マジで疑問に思ってる。まあそれは置いといて、あそこで神様の使いといったのは――自分が神様であるから、の一言に尽きるな。なるほど、今思えばおかしいな。


「あと、私にかみさまかもねって。私神様だから、秋斗君に分かりやすいようにそうだといいねって言ったのに……」


 マジで落ち込んでいる。こんなところで落ち込まないでくれ。僕の考える部分が残念みたいな言い方をしないでくれ!


「まあ、とりあえず――秋斗君、どうする? 魔裟斗もこの家に泊めちゃうわけ?」


「――僕に聞かないでくれ……おやじに聞いてくれ。僕はもう、親の意見に流されるだけさ……」


 もう燃え尽きた。後は勝手に、煮るなり焼くなり好きにしてくれ……。まあ燃え尽きたもんをまた焼く発想ができるならば。


「お、何だ何だ? また一人ちっこいのが混じってんなー」


 開いた扉からぬっと顔を覗かせたおやじが、煽り交じりの言葉を口にする。


「あーっ! ちっちゃいのって言ったなーっ! 私は魔裟斗! ちゃんと名前があるもーんだ!」


 べーっと可愛らしく舌を出す魔裟斗さんを細くした目で見て、


「そうか、マサ坊か」


 ――そう、魔裟斗さんをマサ坊と言ってのけた。

 何故うちのおやじはこう、神様に煽り口調で話すのかね……全く、祟られても知らないぞ。


「マサ坊じゃないーっ! そんな風な名前じゃありませーんだ!」


 ――いったい何なんだ、この低レベルな会話は。魔裟斗さんに関しては、ほとんど5歳児ではないか。


「あっ、そんなことより。今日泊めてくれます?」


「秋斗の部屋にか? それだったらいいぞ」


 は!? 何故僕の部屋だったらいいんだ! 基準はなんだ! 僕の気が持たん!


「ま、秋斗。頑張れや」


「ちょまっ――」


 扉が引かれおやじの姿も見えなくなる。――どうしよう、また、女の子が僕の部屋で止まることになってしまった……マジで気が持たん。


「あー……」


「そんなに私が嫌……?」


 魔裟斗さんがこちらを覗いてくる。その瞳は、わずかにうるんでおり、それが僕の罪悪感を刺激する。――その目は反則だろう。


「……分かったよ、いいよ」


「やったー!」


 なんてやり取りだ。子供っぽいくせに、変なところで女の特性、あざとさを出してくる。――こんな5歳児、どこ探してもいない。


「さあ、もう疲れた。寝よう……」


 数分でも燃え尽きてしまった僕は、さっさと布団を求めて歩いていく。


「ちょっと私、外の空気浴びてくるっ」


「お好きにどーぞ。カギ閉めてよ」


 説明をしっかり聞いていたのか、返事をする声はもう遠くにあった。


「さ、私たちは上に上がってささっと寝ましょっ」


「何故にうれしそうなの……」


 うれしそうな春さんを極力無視して、今日は傷をいやすことを1番に、布団に入った。




「どうだい、外の空気は」


「うん、気持ちいい。心地いいよ」


「そうかい、そりゃよかった」


 男と女は語り合う。涼しい風を受け、懐かしむように。


「お前は、俺の息子、どう思う?」


「どうって……君のようにはなるはずさ。それこそ、あれほどまでに人の願いをかなえさせようとする子は初めて見たね。――それこそ、狂気に近い何かを感じたけれど」


「皆口をそろえて言うんだ。『化物』ってな」


 男は、子について、そして女は、それに返す形で、それ以上は求めていない。


「確かに、僕の目から見てもあれはそれに近いものだ。――ただ、あれが善の方向へ向かっていくのなら――彼女は報われるのかな……」


「――――さあな」


 そんなことよりと、男が話をいったん区切り、続ける。


「お前は――変わらないな……昔と同じじゃないか」


「――――ああ、そうだね。僕は変わっていない――君を想う気持ちも、きっとこの先変わらない」


「ああそうかい。――そういえば、ナイトメアの心、見たことあるか? ――あいつの心、中々面白いことになってるぜ」


 ケタケタと笑う男と女。それは昔の友達の話で盛り上がる、それだった。


「まあ、明日にでも訪ねてみるさ。――何度も言っていることだけど、再会の記念に、1つ。――僕は君が好きだ。けどそれは、君に存在を知られることで十分なんだ。だから君は、あいつを幸せにしてやってくれ」


「じゃあ、こっちも……――――俺はお前を知ってるし、俺はあいつのために生きている」


 そうか――と言い残し、女は景色と同化する。


「はあ……何度も思うが、人によって喋り方変えるの、難しいなんていつ以来に思っただろうか」


 月夜が照らし、それは美しく、世界を照らしていた。――自分の存在を知らしめるために。そこにいるという確かな記憶を人々に植え付けていく。




「やあ――久しぶり、だね」


「そんなに怯えなくても、とって食べたりしないわよ」


 2人の間の空気は、それこそ重く感じてしまうものだった。


「じゃあ、改めて――久しぶり」


「お久しぶり」


「ははっ、君は変わってしまったね。――ずいぶんと」


「人は変わるものなのよ。あなたもそうでしょう」


 その言葉に、女は力なく笑うしかない。女の、人は変わるという言葉に。

 ――当たり前だろ、というように。子供から大人へなる、というように。


「それより君は、どう思う?」


「――はあ……心を読めると言っても、何んとなくしか分からないのよ――まあいいわ、なんとなくだけれど分かったし。――あの子は、私には分からない。何を考えているかも、そして――どうなるかも」


「……怖い、かい?」


 女の問いに、女は首を1つ横に振るだけ。


「私の子だもの。怖くない。親としての愛情は人並み以上に持っているわ。――それに、あなたにも分かるでしょう?」


「――まさか、善と悪は紙一重ってことを言いたいのかい?」


 その質問に、今度は首を縦に振る。


「そうよ。だって、あの子はあまりにもなにも持ちすぎていない。それは、何でも救える手を持っていることでしょ?」


 それにと、続けて言う――いや、語る。


「あなたたちが現れた理由――あの子に何をもたらすか、神様の力を拝見するのも、中々楽しそうだしね」


「ははは……趣味の悪い……僕たちの目的はただ、あの子を誤った道に落とさないことだけさ。そこに私情が入ったとしても、そのミッションさえクリアしてくれればそれでいい」


 女は、窓から照る月を見、云う。


「あと1人。あと1人さえ君が解放すれば、君の思うとおりにできる。――君は自由になれる」


 ――制限時間、2週間以内。

 制限時間は、設けられた。


「それまで僕は、自由に過ごさせていただくよ。君の問題だ。そして――あとは君がどうするかだ――」


「『秋斗君』」

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