第2話 新しい家族

 春休み前だったら、父さん、母さん、俺の三人だけの朝食か、もしくは俺と母さんの二人だけの朝食だったが、今朝は俺と姉、妹の三人で朝食を食べている。

 俺の右にいるのが姉で、左にいるのが妹だ。既に父さんは食べ終えて、先ほど出勤していった。母さんは洗濯とか食器洗いのため、テーブルに座ってなくてキッチンと脱衣室の間を忙しそうに往復している。

 これが実のきょうだいなら普通の朝食風景であるが、俺たちは違う。

 俺たちは正確にはきょうだいではない。いや、厳密に言えば玄孫やしゃご同士であるから、かろうじて血の繋がりはある。だが、姉と妹は俺を挟んで玄孫同士なのだから全然血の繋がりはない。

 ようするに、俺たちきょうだいは「義理のきょうだい」である。だから『義姉あね』『義妹いもうと』と表現するのが正しいかもしれない。

 どちらの家庭も一人娘であったが、残された高校生の女の子を誰が引き取るかで親戚の間で揉め事が起きた。今のご時世、親戚の子を引き取って育てる程の余裕がある家はほとんどない。しかも妹の場合、両親も元々一人っ子同士だったので、本当に引き取り手としてなれそうな親戚がいなかった。

 最終的に俺の両親が引き取る事を了承した。が、それは表向きであり、実際には、お人好しの父さんと母さんが押し切られたという方が正しい。もちろん、親戚一同で経済的支援を約束してくれているが、どこまで本気で支援してくれるかは分からない。姉も妹も成績優秀特待生であるから一応授業料免除ではあるが、授業料以外にも色々とお金が掛かり、これが結構な額になるのだ。

 だが・・・これは父さんも母さんも知らないのだが・・・俺と姉の関係は「元カレ・元カノ」であり、俺と妹の関係は「今カレ・今カノ」だ。

 俺たち3人は昨年は同じクラスで、しかも妹が新2年生にして生徒会の副会長に抜擢されていて、ついでに言えば昨年のトキコー祭、つまり学園祭で行われたイベント「ミス・トキコー」で優勝し、ミス・トキコーに選ばれた。姉は生徒会書記、さらには昨年の準ミス・トキコー、主席入学者として栄えある新入生代表挨拶もしており、姉妹共に校内で知らぬ者はいない有名人という、実に複雑な関係だ。

 そんな訳で、俺を挟んで姉と妹は座っているがピリピリとしたムードが漂っている。お互いに言いたい事があるのは分かるが、さすがに俺の父さんや母さんがいる前で口論する訳にはいかないからな。

”チーン”

 トースターのタイマーがゼロになった合図だ。俺は立ち上がってトースターを開け、2枚の食パンを取り出した。

「あのー、藍さん、パンが焼けたけど、どうしますか?」

「・・・そうね、では頂くとします」

「あー、唯のパンはまだなのー?」

「あ、ちょっと待って下さい、今から焼きます。それとも、俺が食べるはずだったパンを先に食べますか?」

「あ、それもいいねえ。じゃあ、たっくんのパンを先にもらっちゃいまーす」

「あーあ、妙に馴れ馴れしく話しますね。やっぱり私は邪魔だったかしら?」

「あ、いえいえ別に邪魔者などと言う気はありませんよー。なんてたって『お姉さん』ですから」

「その言い方はやめて下さい。『藍さん』で結構です。それと、拓真君に『たっくん』という言い方はやめなさい。お兄さんに失礼でしょ?」

「えー、義理とはいえお姉さんなのだから『藍さん』などという余所余所しい言い方の方がおかしいわよー。それに、どうしてたっくんにそんなに冷たくあたるの?ひょっとして焼きもちー?それとも元カレだったりしてー。まあ、それは冗談だけどね」

「そ、それは・・・とにかく、その軽い性格を何とかして下さい。それでも生徒会の副会長ですか?」

「はいはい、さすが『A組の女王様』は言う事がキツイですねえ」

「あのー、家の中では揉め事を起こさないという約束でしたよね・・・」

「「誰のせいで揉め事になったか分かって言ってるのか!」」

「はいはい、全て俺の責任です。すみませんでした」

 おいおい、こういう時だけハモらないでくれよ。ったく、仲が良いのか悪いのか全然分からないや。

 だが、こうなったのも全て俺の責任だ。俺が何も考えずに食パンを2枚トースターに入れたからおかしくなった。本当は藍が食パン、唯はクロワッサンを焼きたかったのだが、俺が勝手に食パンを2枚焼き始めたから唯があからさまに不機嫌になったのだ。それに連れられる形で藍も不機嫌になった。

 唯からすれば俺は「彼女たる自分を差し置いて別の女に尻尾を振った」、藍からすれば俺は「今カノの目の前で元カノに愛想を振りまく軽薄な奴」という所だろうな。

 ただ、俺が姉さん、つまり藍の事をもっと理解してやれば、別々の道を歩む事もなく今でも仲睦まじい関係でいられたはずだ。でも、まさか藍と同居、しかも義理とはいえ姉弟きょうだいの関係になるとは思ってなかった。俺も複雑だが、藍はもっと複雑な気持ちだろうな。

 両親を相次いで亡くした上に、元カレと同居、しかも元カレの彼女までもが同居するのだから、ある意味、一番辛い立場なのかもしれない。

 そうはいっても、唯も基本的には変わらない。小学生の時に祖父を、高校入学直前に母親を、冬休み明けに祖母を、2年生になる直前に父親を相次いで亡くし、親戚から邪魔者扱いされて、ようやく落ち着けると思った所へ『天敵』とも『ライバル』ともいえる存在の藍がやってきたのだから。

 しかも、さっきの会話で分かる通り、唯は俺と藍の関係が「元カレ・元カノ」である事を知らない。でも、藍は俺と唯の関係が『今カレ・今カノ』である事を知っている・・・。

 結局、この二人は朝食を食べ終わるまで、一言も喋らなかった。俺が一人で喋っている状態であり、それに対し藍も唯も「うん」としか言わなかったのだ。

 二人が使った食器は俺が片付けたので、二人共さっさと自分の部屋に籠って、いや、正しくは荷物の整理の為に籠ってしまった。まあ、仕方あるまい。いくらクラスメイトで顔を知っているとはいえ、昨日までは、いや、正確には今日の午後、母さんが区役所へ行って養子縁組の手続きをするまでは、他人なのだから。

 でも実際には昨日から俺たちは『佐藤きょうだい』になっているのだ。最初はギクシャクしていても時間が経てば打ち解けてくれるのだろうか・・・。

 そんな事を心配していても始まらない。俺はとりあえずジャージから着替える事にして自分の部屋に戻った。

 俺の部屋はフローリングなので正確ではないが8畳だ。元々は姉貴の部屋で、つい先日までは父さんと母さんが使っていた部屋だ。当初は唯の部屋になる予定だったが、藍が同居する事になったので、俺の部屋を藍と唯が使う事になり、俺は急遽この部屋に移った。

 藍の部屋は元々兄貴が、唯の部屋は元々俺が使っていた部屋で、広さは同じくフローリングなので正確ではないが6畳だ。この2つの部屋は実際には引き戸2枚で仕切ってあるだけなので、兄貴が結婚して家を出てからは俺が12畳の部屋として使っていたのだ。それを、藍と唯の部屋として使う為に再び引き戸で部屋を仕切ったという訳だ。父さんが最初に『お前の隣の部屋だけは、いくら何でも認められんぞ』と言った理由はそこにあった。

 藍の荷物はまだ全て片付いてない。それは唯も同じだ。唯の場合は8畳に住むという前提で用意してきたので、かなり多い。藍の場合は遺品の整理が完全ではないので、明日、もう1度今まで住んでいた部屋の整理をするので、まだかなりの物が出そうだ。とりあえずは仮の荷物という訳であるが、それでも部屋の隅には段ボールやケースが山積みされている状態だ。

 本当なら俺は着替えたら荷物の整理の手伝いをしたいのだが、さすがに二人とも「女の子の部屋に勝手に入るな!」と言って俺が入る事を断固拒否して、仕方なく母さんが部屋の荷物の整理を手伝っている状態だ。昨夜から俺は廊下に出された不要物を1階のリビングに移し、場合によっては屋外の小屋に入れて次の不燃物回収日または可燃物回収日に出すように分別している。だから、母さんは昨日も今日も明日もパートの仕事、まあWcDワクドナルドのパートではあるが、それを休んで荷物の整理をしている。

 そんなこんだで午前はあっという間に終わり、お昼ご飯の準備をしている暇は無いのでカップ麺で済ませた後、母さんと藍の二人は区役所へ向かった。俺たちが正式に『佐藤きょうだい』となる手続きをする為だ。

 家に残ったのは俺と唯だけ・・・という事は、ようやく訪れた唯とのラブラブタイムだあ!

 俺は母さんと藍が出掛けたのを確認した後、唯の部屋の前に立った。つい先日まで自分の部屋だったドアをノックする事になった気分は些か変ではあったが、ドアに『唯の部屋』という可愛らしい文字で書かれた小さなプレートが飾られた事で、別人が住む部屋に変わったという実感が沸いた。

“トントン”

『はーい』

「俺だけど」

『たっくん?ちょ、ちょっと待ってよー。部屋は散らかってて足の踏み場もないよ』

「じゃあ、リビングで話すか?」

『・・・・・』

 ドアが静かに開けられた。黙って唯が出てきて、無言で俺についてきた。

 俺はとりあえずティーカップを2つ用意してそこにコーヒーを入れ、一つを唯に渡した。唯は黙って砂糖とミルクを入れた。俺はコーヒーに牛乳を入れた。

 唯はそのカップをじっと見つめ、ため息交じりにコーヒを飲みながら俺に話しかけた。

「たっくんったら、藍がいなくなった途端に唯を誘うんだから、ホントにせっかちねえ」

「だってさあ、藍や母さんがいたらこうやって落ち着いて話せないだろ?」

「それはそうだけど・・・正直に言うけど、唯はたっくんが考えている程、能天気じゃあないよ。それに、今だってラブラブっていう気分じゃあないし・・・」

「それにしても、朝はご機嫌斜めだったけど」

「あったりまえでしょ?自分の彼女を差し置いて別の女を優先したとあれば誰だって怒るわよー」

「まあ、それは謝る。でも、別の女はないだろ?」

「藍でしょ?でも、本人には失礼なんだけど『お姉さん』という実感がないのよねえ。あ、ゴメン、『お義姉さん』が正しかったわよね」

「たしかに・・・まあ、あの『女王様』キャラだけは変わらないな・・・『お姉さん』というよりは『女王様』だもんな」

「そうよねー。でも、藍は入学した時からあんな感じだったし・・・それにしても、何で藍がたっくんと玄孫やしゃご同士だって事を唯に教えてくれなかったの?しかも引っ越して早々、藍が唯のお姉さんになるだなんて・・・たっくんの妹になった事は嬉しいけど、藍がお姉さんになるって聞いた時にはマジで腰を抜かしたわよ。まさに『青天の霹靂へきれき』ね」

「俺も同感・・・俺、藍に頭あがらねーし」

「だよねー。たっくん、入学した当初から藍に振り回されていたしねー」

「・・・・・」

 はー、結局、唯は能天気だよな。頭が上がらない本当の理由をお前が知ったら卒倒するぞ。元カノを『お姉さん』とか『藍さん』と言わされる俺の身にもなってみろ!ったく。

「それはそうと、たっくんはどうして『藍さん』って呼んでるの?学校では『藍』って呼んでるのに?」

「ああ、俺も一番最初は『藍さん』だったけど、俺たち三人が打ち解けてからはお互いに呼び捨てで言うようになっただろ?でも、さすがに俺も義姉あねに向かって呼び捨てしたら、あのキャラだからキレられるのが容易に想像できたから『藍さん』って呼ぶようにした。『お姉さん』とか『藍ちゃん』は口が裂けても言えないからなあ。それで、藍がうちに来て早々に本人に確認を取ったのさ」

「あー、たっくんの性格と藍の性格だったら、『藍ちゃん』って言ったら最後、一生奴隷扱いされるのが目に見えてるわ。確認を取って正解ね。まあ、唯も『藍ちゃん』だけは言わないようにしておくわ」

「・・・・・」

 おいおい、俺は本当は『藍さん』も嫌なんだぞ。元カノ相手にどれだけ気苦労を強いられているのか、お前は分かってるのか?

 その後も30分位リビングで話していたけど、何か俺一人だけ盛り上がっている感じで、唯があまり楽しんでなさそうだったので話を切り上げた。そして、唯はさっきの続きで部屋の片づけを始めた。多分、明日までには終わりそうだけど、一部の荷物は処分するかリサイクルショップに持って行くしか無いと言っていた。

 俺は相変わらず部屋に入れさせてもらえないので、自分の部屋でマンガを読んでるかゲームをしているかのどちらかだ。何か、つい先日まで舞い上がっていた自分がアホくさくなってテンションがあがらず、ついついベッドで昼寝をして・・・い、いかん、夢にまで妄想が現れて、変な事をやりそうになる寸前で飛び起きた。危ない、危ない。

 母さんと藍が帰ってきて、その時にマイスドのドーナツを買ってきたのでおやつタイムとなった。さすがにこの時は藍も唯も学校で普段見せるような和やかな雰囲気であり俺もホッとした。やはり今朝の一件は俺の不注意が起こした事であり、俺がうまく立ち回ればギクシャクした関係にならずに済みそうだ。

 その後は午前中の続き。この時も俺は部屋に立ち入る事が出来なかった。夜になって父さんが帰宅した所で遅い夕食となった。

 結局、この日は藍も唯も1日中部屋に籠った状態であった。

 夜、俺は一人悶々とした状態で寝付いて・・・やばい!完全に変な事をやりそうになって4度も飛び起きた。夢だったらまだ許されるけど、これを現実世界で引き起こしたら・・・俺は間違いなく藍に、いや、唯にも殺される!

 そんな訳で翌朝、俺は目の下にクマを作った状態で起きてきて、父さん、母さんだけでなく藍や唯にまで笑われた。

 藍の住んでいた部屋の荷物の大半はリサイクル業者に引き取ってもらい、また、唯が持って来た荷物の3分の1位は同じくリサイクルショップに持ち込みんだ。その日の夜は父さんがいつもより早く帰ってきて夕食は5人で外食。とは言っても贅沢は出来ないので回転寿司トライトンに行っただけだが、それでも新しい家族の出発を祝った。

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