閑話、02



 ――なるほど。

 目の前の男は、例の固そうなペン先とは逆の、透明度のないくすんだ軸で顎をさすりながら、笑った。きっと彼は、今に至るまで半信半疑のままだったのだ。

 ひとりの人間が、複数人の記憶を持っている、だなんて、きっと当事者でなければ私だって信用しなかった。半信半疑とはいえ、半分信じてくれていたことが私にはありがたくもあり、迷惑でもあるのだけれど、それは置いておいて。

 男はまた、笑う。

 「君が持ってきた荷物の中に、タブレットと水があったろう。それを出して。そう、休憩としよう。」

 君がこうして語り聞かせてくれることを、嬉しく思うよ。だなんて、また笑う。

 笑うためには、エネルギーが必要だ。私にはそんなことに使うだけのエネルギーはなかったし、それだけのエネルギーを生み出すために何かを口にすることも、正直、少々面倒な作業に思える。男はそれを見透かしたように、にんまりと、口角を吊り上げる。なるほど、こういう笑い方ならば、顔面の筋肉の動きは最小限で済む。なんて、私が考えていることも、恐らくはお見通しなのだろう。

 「君はね、ほら、今時珍しい人間なんだから。そのことを今一つ理解できていないようだけれど、ぼくにとってはね、君がその希少価値を大切にしていないのは、見ていてとてももどかしい。」

 記憶の同期も取らず、生体として食物を摂取しなければならない不完全さも捨てず、そしてネットワークにも所属していない私の、ただ外から来たものであるからというだけの希少さが、そんなにも珍しいのだろうか。なんて、疑問を抱きながら。それでも私は、私に意味を見出した男のためにタブレットをかみ砕き、水を咽喉に流し込む。


 「そう、それでいい。君はここにいる限り、自分を、君の思う必要以上に大切にすること。そうでなければ、きっと三日と生きられないのだからね。」



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