力の流儀
あれから一夜が明け――っていう常套句、かっこいいよね。
おれもそんな感じに使いたいんだけど、もう一週間くらい経ってるんだよね。
一夜ならすぐ昨日のことなのだが、一週間も経つとちょっともう他人事感でてきちゃうよね。書き忘れていた日記を久しぶりに書いたようなものだ。web小説ならエタる最初の兆候だ。
一週間の間、おれは特になにもしていなかった。
山羊頭との戦いで存分にビビりつつ働いたから、反動でひたすら食堂の長椅子の上でごろついていた。
そんな今日になって、おれは久しぶりに孤児院にやってきていた。
「で、あれはなにやってんの?」
「すっかり仲良くなったようです」
エリーゼが微笑みを浮かべながら言った。
孤児院の庭で、子どもたちがきゃっきゃ、わいわいと遊んでいる。その中心にはデブがいた。両手に木の枝を持ち、子どもたちの怒涛の攻撃を見事にさばいていた。
ノッポは頭の上と背中に子どもを乗せ、両手にもぶら下げている。
あれほど警戒心に溢れていた子どもたちが、すっかり馴染んでいた。
「ていうか、あの二人、まだいたの?」
「ええ。一週間、楽しそうに遊んでいます」
山羊頭を倒したあと、三人は孤児院に身を寄せていたのだ。
なにしろ大聖堂で悪魔が大暴れしたものだから、翌日からの大騒ぎはすごいものだった。大司教が邪教徒だったし。
ギルドも騒ぐわ、他の町から聖堂騎士隊やらが調査のために乗り込んでくるわ。
「そんで、どうなったわけ? あの二人の今後」
「通常であれば、騎士の位を剝奪してから、聖刑に処すという形になります」
「聖刑?」
「簡単に言えば死刑です」
こわっ。え、こわっ。
思わずドン引きしちゃったよ。
「ですが、【魔】の討伐という功績に、新しい大司教の恩赦もありますので、そう重いものにはならないでしょう」
「ふーん? もう新しい大司教が決まってんの?」
「ええ。幸運にもこの街には適役がいますから。本人からの了承も頂けました」
あれ、それって。
エリーゼの視線を追うと、洗濯物を干しているグラシアさんがいる。年長の子たちも一緒に手伝っている。そばにはもちろん、アレクシアもいた。
「来月には、子どもたちと共に大聖堂に引っ越すことになっています。あの二人も一緒に。大司教が逃げてしまった以上、ここでは危険ですから」
「いつの間にかいなくなってたもんなー。デブとノッポがいれば心強いわな」
そう、あれだけ人をおちょくっていたくせに、大司教はさっさと逃げていたのだ。
大司教はグラシアさんと子どもたちを狙っていた。捕まっていない以上、まだまだ怖い。
「子どもたちには内密にお願いします。事件のことは何も」
「そりゃもちろん。あいつらに悪魔はまだ早い。しばらくは布団お化けで充分だろ」
エリーゼがくすりと笑った。
それからおれの方へと向き直る。
「貴方には、申し訳なく思います」
「ええと、なにが?」
美人に真剣な顔で見つめられると照れるよね。びくんびくん。
「あの夜、貴方はこう仰いましたね。『自分が関わったことは内緒にしてくれ』と」
「あ、ああ」
「おかげで、【魔】の討伐という栄誉は、私たちのものになりました。だからこそ、邪教徒に通じていた大司教の騎士であったのに、あの二人はここにいられます。多少の罪を補って余りあるほどの結果を出したがゆえに」
「そ、そうなんだ?」
「一般人を巻き込み、なおかつその一般人が【魔】を討伐したという真実を知られていれば、どうなっていたことか。貴方の意図に、私はようやく気付くことができました」
「ま、まあね!」
「ですがその代わりに、貴方の行いもまた闇に葬られてしまった。本来ならば、勇者と呼ばれることになったでしょうに……」
「いいっていいって! あっはっは」
……どうやら、大聖堂の壁やら石像やらを壊したことへの追及はなさそうだな?
弁償しろとか言われないよな?
あんな重要文化財にでも指定されてそうな彫刻の一群、弁償する金なんてねえっすから。
いつ「ところで請求書がここに――」とか言い出さないかと思ってびくびくしていた。
エリーゼが、風に泳ぐ灰色の髪を耳に掛け、ぴしりと姿勢を正した。
そして左手を拳にして、右胸の上に当てる。
「私は騎士として、貴方に敬意を払います。たとえ誰が知らずとも、勲章はなくとも、貴方の気高い行いを、私は忘れないと誓いましょう」
「……お、おう?」
小難しくてよく分からなかったが、とりあえず、めっちゃ褒められているらしいというのだけは伝わってきた。
エリーゼはふっと優しい笑みを浮かべた。どこか、恥ずかしそうに。
「といっても、私から誓われてもご迷惑でしょうね。すみません。世俗に疎いところがありまして」
「最高」
「はい?」
おれはサムズアップをした。良い笑顔もつけておこう。
美人の恥じらい顔をこんな間近で見れたのだ。おれが狼だったら変身していたところだ。
と、こちらに気付いたらしい。グラシアさんとアレクシアがこっちに駆け寄ってくるのが見えた。
「お兄さん!」
「おっと」
勢いそのままに、アレクシアに抱き着かれる。
「もう、来るの遅いよ! 今までなにしてたの?」
「色々と忙しくてな」
「……うそだ」
「なんでわかった」
女の子ってなんでこんなに勘が鋭いの? こわい。
「こら、アレクシア? いきなり失礼でしょう」
「あ、どうもどうも」
グラシアさんに挨拶をすると、めっちゃ丁寧に頭を下げられた。
「ジローさん、この度はまことに、ありがとうございます。貴方の行いについては、エリーゼから聞き及んでいます」
「はあ」
「お兄さん聞いてよ! シスターってば、お兄さんが何してくれたか教えてくれないんだよ!」
腹のあたりに抱き着いたまま、おれを見上げるアレクシアは、初めて会った時よりも幼く、明るくなっていた。
おれはアレクシアの頭をがしがしと撫でつけた。
「そのうち教えてもらえるさ。お前が大人になったらな」
「もー! 大人はみんなそう言うんだよ。ずるい」
ぷくっと頬を膨らませて、アレクシアはおれの体から離れた。
「子どもは子どもらしくしてるのが良いんだよ。そのうち嫌でも大人になるんだから」
「……嫌なの? 大人」
「子どもに戻りたい夜もあるのさ……」
ふう、とため息をつきながら、空を眺める。綺麗な青空だぜ……。
つんつんと腕を引かれて下を見ると、アレクシアが両手を広げていた。
「ええと、子どもに戻る? 僕とぎゅってする?」
「――バブみを感じる」
「こほん!」
いくかどうか悩んだが、グラシアさんの咳払いで冷静になった。
「アレクシア? 騎士のお二人を呼んできてくれますか」
「はーい」
とととっと走り去って行くアレクシアの背を見送る。
「……ジローさん」
「いやー! アレクシアも元気になってよかったですね!」
無理やり話題を変えた。
おれは説教されそうな雰囲気察知検定2級を所持しているのだ。
グラシアさんはやれやれと頭を振ってから、諦めたように頷いてくれた。
「ええ、まるで昔のアレクシアに戻ったようです。最近はずっと、張り詰めていましたから。これも、貴方のおかげですね」
「いえいえ」
「貴方は、ご自分の力を使ってくださいました。アレクシアのために、私たちのために。命を懸けてくださいました。重ね重ね、お礼を申し上げます」
また深々と頭をさげられ、おれはとても居心地が悪かった。
こんなに丁寧に感謝されたことが、今までの人生ではなかったのだ。
嬉しいのはもちろんなのだが、それよりも、こう、戸惑ってしまう。
慣れてないんだよ、ちくしょう。
「力を持つ者には、力を振るう権利と同時に、義務がある。そのことを、貴方の行いから学びました。ですから、私もまた、その義務を果たそうかと思っています」
「と、いうと、やっぱり?」
「はい。この街の大司教として務めることに致しました」
「それは良かった」
おれはようやく素直に喜ぶことができた。
グラシアさんは庭で遊ぶ子どもたちを見つめる。暖かく、慈愛に満ちた視線で。
「大事なものを守るためには、力がいる。そのことを、痛感致しましたから……。私は力を振るうことに、その責任に、怯んでいただけでした」
おれは何も言わなかった。
これだけしっかりしている人に、偉そうにアドバイスできることはなかった。
アレクシアがデブとノッポに話しかけている。デブは口にまで木の枝を咥えた三刀流で大勢の少年たちと渡り合い、ノッポは大木と化している。
「ところで、これ、返しに来たんですけど」
おれは背中に担いでいた大剣を示した。
「ああ、それが」
「石像からパクった処刑刀っす」
素直に言うと、グラシアさんは苦笑した。パクったはまずかったか。でもやってることは一緒だしな。
あの夜、慌てて持って帰ったはいいものの、返すタイミングを失っていたのだ。
「なんか由緒正しい剣だそうで、すいませんでした」
「いえ……」
グラシアさんは口元に手を当て、少し考えてからこう言った。
「よろしければ、どうぞそのままお持ちください」
「……はい?」
「壁に飾られて埃をかぶるよりも、その方がよろしいでしょう」
「いや、でも、これ、大聖堂の備品じゃ」
グラシアさんはにこりと笑みを浮かべた。
「あら、私がその大聖堂の管理者ですよ?」
「それって職権乱用……」
「力は正しく使ってこそです。神もお許しくださるでしょう」
そう言ってグラシアさんは聖印を切った。
このシスターめっちゃロックだな……。
唖然としていると、エリーゼがおれにぼそぼそと耳打ちする。
「若いころの母は、あんな感じでした」
「さいですか……」
どうやら、若返ったのはアレクシアだけではなかったらしい。
そのアレクシアは、デブとノッポの両手を引いて、こっちに歩いてきている。
あれほど怯えていた相手に対しても笑顔で話しかけている。
屈託のない、明るい顔だ。
おれたちは三人で並んで、それを見ている。
「良い笑顔を浮かべるようになりました」
と、グラシアさんが言った。
「なあエリーゼ」
「はい」
「栄誉がなくても、勇者だとか呼ばれなくても、あの笑顔を見れただけで、良かったって気分になるよな」
「ええ、本当に」
「なあエリーゼ」
「はい」
「今のセリフ、すっげーカッコよくなかった?」
「…………」
「正直すまなかった」
おかしいな。かなり良いこと言ったと思うんだけど。
首をかしげるおれに、グラシアさんがこんなことを言う。
「ところで、大聖堂の補修費の件についてなのですが」
「あっれー! アレクシアひとりでデブとノッポの相手は大変そうだなあ! ちょっと手助けしてきますね!」
ダッシュ!
やっべ。逃げるか。やっぱり逃げるか!?
と焦っていたら、背後から笑い声が聞こえて、ようやく、からかわれたことに気付いた。
なんだよあのシスター……お茶目かよ……心臓に悪いわ……。
ところで、おれの聴力もまた強化されているから、背後で交わされたこんな会話も聞こえた。
「しかし、あれは何の変哲もないただの剣のはずなんですけどねえ」
「見事なまでに【魔】の首を落としていましたが。教会で引き継がれていた伝説の剣というのは……」
「昔は本当にあったそうなのですが、盗まれたらしいのです。それが発覚しないように、街の鍛冶屋にそっくりに造ってもらったと」
……ええぇぇぇぇ。
なに、これ、普通の剣なの? ただのでかい鉄の剣なわけ?
伝説の魔剣もらっちゃったウキウキっていう気分、返してもらって良いですか……?
え、もう、本当に得るものが――いや、まあ、いっか。
おれに気付いたアレクシアが、ぶんぶんと手を振る。
ノッポは軽く手をあげて、挨拶をしてくれた。
デブはにやりと笑って、両手で木の枝を構えた。
なんだてめえやろうってのかコラァ。
こちとら魔族の首を切り落とした伝説の処刑刀(偽物)があんだぞ!?
背負った大剣の柄を握る。周りから子どもたちの声援が聞こえる。
この状況より良いものなんて、ないだろうさ。
大剣を引き抜いた。
おれは、遊びには全力を尽くすタイプなのだ。
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