其の漆

「え!? え!? 誰!? 誰なの!?」


 紗理奈は山彦のように響いている声にビビっていると同時に、身体が震え鳥肌が立っていることに気が付いた。そして、瑠美もそのことを解っているようで


「ここは境界の中ね」


 っと言った。敦は何が起こっているのか理解していないようで


「何が起こった!? なぁ! どうしたんだ!?」


 っと慌てふためいていた。そして、一陣の強い風が吹き抜け木々の葉が宙を舞った。それは三人を囲むように周り続け、まるで台風の目の中にいるような錯覚さえした。


「ここにはもう来ちゃ駄目だよ。帰って」


 再び反響する声に紗理奈と敦は周りを満たすが、その姿を見つけることができない。しかし、瑠美はそんな状況に動じている様子はなく、至って冷静そのものだった。


「お願い! 聞いて! 私達は天地様に聞きたいことがあるの! 姿を見せて! 私達はあなた達を傷つけたりしない! 天地様に会わせて欲しいの! お願い!」


「駄目だよ。天地様は誰とも会わない。お願い。ここにはもう来ちゃ駄目」


 その言葉を聞いた敦が何かに気が付いた。


「あれ? もしかして……この声は……」


 敦は周りを見渡しながら


「なあ! 俺を覚えてないか? 昔、遊んだのを覚えてるかい?」


 そう叫んだ後、急に風が収まり、木の葉が地面に落ち始めた。


「忘れるわけないだろう? だってさ、また遊ぼうって約束したでしょ?」


 その声は響いておらず、三人の後方、土砂で塞がってしまった工事現場の入り口から聞こえてきた。三人が振り向くとそこには白い着物のような服を着て、両胸の所には白いポンポンが付いていて、右手には羽のような団扇、足元には高い下駄を履いた男の子がいた。その子を見て敦が顔を今にも泣きそうに顔をくしゃくしゃにして


「あの時はごめんね……約束守れなくて……この間はありがとう……助けてくれて……本当に……」


「何も気にすることはないよ。だって、僕達友達でしょ?」


 男の子はにっこりと白い歯を見せて笑って見せた。瑠美は男の子の姿を見て


「あなた、もしかして……天狗……なの?」


 男の子は瑠美の問いかけに少し驚いた顔になった。彼は頭を掻きながら


「まぁ、そうだね。僕は木の葉天狗の青葉。敦君、大きくなったね」


「あぁ……もう十五年も経ってるから……名前、覚えててくれたんだね……」


「僕たちは一緒に遊んだ子たちのこと、誰も忘れたことはないよ」


 敦は再会に感極まっているようで、涙腺が決壊して溢れ出しそうになっていた。青葉は紗理奈と瑠美を見て


「敦君、そっちの二人は誰?」


「ええっと、この二人は瑠美ちゃんと紗理奈ちゃんだよ」


 青葉は目を細めて二人を見て


「敦君、一人は人間なのは解るけど、、もう片方はどうしてここにいるの? そいつがいるから危険かなって思ってたんだけど、知り合いなのかい?」


「青葉……君……どういう意味だ?」


「だって、その娘は人間じゃないよ」


 青葉が指差した方を二人は見た。指を差されて驚いているのは当の本人だった。理解できる範囲を超え、もはや信じたくもない現実を突きつけられている。彼女は誰とも目を合わせる事ができなくなった。


「え……私……人間じゃないの?」


 紗理奈は今まで感じたことのない恐怖が包み、立っていられなくなるほど足を震えさせた。

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