少し未来のプロローグ(ソ連サイド:スターリングラード)

 スターリングラード防衛のために、本国から2個狙撃師団が派遣された。指揮官は、エレメンコ中将とチュイコフ中将である。師団の定数は2万人だが、選抜した計4000人のみの派遣である。


「同志エレメンコ中将、失礼ですが楽観的すぎるのでは?」


「そうかなあ、君は悲観的過ぎるように思うよ」


 スターリングラードの司令部で、作戦会議が開かれていた。

 

 ピンクブロンドのミドルヘアに空色の瞳を持つ長身の美女が快活に笑っている。その対面には、彼女に進言するブルーのボブカットに赤い瞳が特徴的な小柄な美少女が渋面を作っていた。エレメンコ中将とチェイコフ中将である。



 50万人にも及ぶ王国軍に対してスターリングラード側の戦力は4万人に満たない。苦戦が予想される、というのがチュイコフの見解だった。

 一方、エレメンコは楽観的だった。彼女の生来の性格が楽天家だというのもあるが、将兵と兵器の質からいって、負けることは考えられなかった。


「はっはっは、カチューシャロケット砲で攻撃すれば一撃で粉砕できるさ。同志チュイコフ中将もそう思わないかね?」


「同志スターリン書記長は、現地軍での勝利をお望みです」


「む」


 チェイコフの返しに、さしものエレメンコも押し黙った。スターリンとこの世界の創造神との協定により、現地戦力で革命を起こすことになっている。正直、本国軍で一息に征服してしまった方が楽だし、気持ち的にもよろしかった。

 万事真面目なジューコフなどは、世界の惨状を嘆いて 「とっとと滅ぼすべし」と気炎を上げているという。



 とはいえ、スターリンがすべてに優先される。それがソ連だ。ソ連の将兵にとって文字通り造物主のスターリンは絶対神であり、それを疑うものはいない。史実ソ連のように軍部と政治部の猜疑心や対立など起こりようがなかった。



 だから現地軍でどうにかする方法を考えなければならない。本国軍の火砲を使えば、剣と弓で武装した中世レベルの軍など、何万人居ようと粉砕できる。

 最終手段として使用は許可されているが、それは避けたい。自らの無能を晒すようなものだからだ。


「やはり、現地生産した火器を与える必要がありますな」


「そうだねえ。小銃と機関銃で足りるだろうか」


「十分な弾薬があればいけるかと。塹壕戦術などこの世界の人間に予想もつきますまい。悪戯に突撃して打撃を受けてくれるでしょう」


「訓練する時間が足りるかな」


「KGBによれば王国軍が来襲するまで1週間とのですし、ぎりぎり間に合うでしょう」


 エレメンコの問いにチュイコフがよどみなく応えていく。この二人は階級こそ同じだが、エレメンコの方が席次は上である。今回の総司令官はエレメンコだ。エレメンコの方が先輩で、何かとチュイコフの面倒を見ていたせいで、仲が良い。

 だからこそ2人が派遣された。楽観的な司令が大胆に動き、悲観的な副指令が緻密に補助する構図である。もちろん、他の理由もある。


「ま、いざとなったら同志中将の市街戦があるから余裕かな」


「それは最後の手段にしたいですな。同志スターリンの名を冠する都市を戦火にさらすなど考えられんことです。皆に責められましょう」


 「だよねえ」とエレメンコは応じた。チェイコフが選ばれた最大の理由は、彼女がソ連随一の市街戦の専門家だからだ。

 白兵戦術なら誰にも負けないという自負がある。だが白兵戦術は損害も大きい。できれば、塹壕戦でケリをつけたい。それが本国軍の共通見解だった。



 会議の結果、現地軍に小銃と機関銃の配給を行うことがきめられた。弾薬は豊富にあるので、実弾演習を重ね、練度を急速に向上させていく。

 

 ――王国軍との決戦は間近だった。

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