神々の怒り

 いつの頃からだろうか。

 森が、人々が生活する以外の目的で切り開かれるようになったのは。

 海の向こうからやってきた人々は次第にその数を増やし、王国を造るまでになっていた。もともと彼らは、海の向こうの古い大陸からやってきた一族だという。そこでは争いが絶えず、平和を求めてこの地にやって来たというのだ。

 だが、そんな彼らがお互いに争うようになった。

 野営地を築くために森は切り開かれ、戦に敗れた人々は森に逃れては野生動物たちの餌食になった。

 そしてそんな者たちを、女は介抱することすらあった。

 森はさらに切り開かれ、そこに眠っていた未知なる病が人々に襲いかかることもあった。

 そして、森を失っていく大地は豊かな恵みを人々に与えなくなった。

 夜空を滑りながら、竜は荒廃した大地を望む。自身が生まれたとき緑にあふれていた故郷は、痩せた木々と荒野が広がる場所に様変わりしていた。

 海から渡ってきた人々は森を邪教の神が住まう場所だとし、植樹すらも満足にしなかったのだ。竜たちの棲む森は大陸の山脈地帯中腹まで後退し、その先にはひたすらに枯れた土地が広がっている。

 森が保水力を失ったことにより、山脈の雪解け水が洪水となって平地を襲うことも増えた。

 それを人々は彼女のせいだといった。

 森に潜む邪神の手先たちが、その力を持って聖なる我らを呪っているのだそうだ。その教会からの言葉を信じて、人々は森を欲望のままに荒らし、それは悪循環となって人々の生活を蝕んでいく。

 生活だけでなく。心までも――

 人々は叫ぶ。

 これは魔女の呪いだと。呪いを解くために魔女を殺せと。

 竜は思う。

 彼女は何も悪くないと。

「本当、私が死んですべてが終わればそれでいいのだけれどね」

 背中に乗る彼女が寂しげに呟く。そんな彼女に竜は弱々しい鳴き声を返していた。



 そうして彼女は追いつめられる。

 山の頂に近い洞窟の棲処にまで人々は押し寄せたのだ。

 すっかり大きくなった竜は、彼女を側に控えて寝ることが多くなっていた。何かあってもそうすればすぐに彼女を背に乗せ、逃げることができるから。

 そんな竜の眠りを、男たちの声が邪魔した。

 殺せ。魔女を殺せと、甲冑に身を固めた兵たちは叫びながら洞窟へと押し寄せてきた。

「行け! 兵たちよ! 邪悪なる魔女が敵国に力を送っているのだ! 魔女を殺せば勝利は我らにある!!」

 国を追われた王が兵たちを叱咤する。

 竜の脇腹に身を預けていた彼女が、驚いた様子で眼を見開き立ちあがった。

「チビ……」

 縋るように彼女は眼を震わせ、竜の体にしがみつく。大丈夫だと竜は彼女に視線をやり、洞窟の入口へと向かって行った。

 翼をはためかせ、竜は炎を吐いて人々を威嚇する。乗り込んできた兵たちは、驚いた様子で後方へと退く。

「現れたな! 邪悪なる竜め!! 怯むな! 我らには神のご加護がある!!」

 そんな兵たちを馬に乗った王が叱責した。彼は宝玉の連なる剣を振り上げ、竜へと向かってくる。竜は息を吸い込み、大きな羽ばたきと共に炎を吐く。王は盾でもってその炎を防ぎ、竜の懐へと跳び込んできた。

 王の刃から逃れるため竜は低く飛びあがる。その炎を盾で防ぎながら、王は竜へと迫った。

「チビっ!」

 彼女が叫ぶ。

 それと同時に後方から、彼女が躍り出てきた。王の眼が爛々と輝く、彼は竜の前方に躍り出た女へと刃を向けた。

 そのときだ。巨大な轟音が洞窟に轟いたのは。

 王の刃がとまる。彼は大きく眼を見開き、揺れる洞窟を見渡した。

「あぁ、ようやく神々の裁きが下る……」

 静かに女が呟く。

 それと同時に、大量の濁流が洞窟へと押し寄せてきた。


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