stage 21 国家の産声 -Naoki side-

 ANAのスイートラウンジに派手な着信音が鳴り響いたのは、俺がバンコクに引っ返す直前だった。


(おっ?カリンからだな・・・)


「もしもし私です。先日は豪華なお食事をごちそうさまでした・・・」


「どうだ?心は決まったか?」


「はい・・・。すごく迷ったんですが」


「・・・・・・」


「教団代表の件、お受けいたします」


「よっしゃ!ベストな判断だ」


「本当の私を見つけてくれて嬉しかったから・・・」


「アッハハハハ。まるでAKB総選挙のスピーチだな」


「・・・・・。でも、あらかじめ伝えておきますが・・・。私は教団代表になったからといってオウムを復興させるつもりはありません。同じ過ちは二度と繰り返してはならない。あそこはなくなって良かった・・・」


「・・・・・」


「だけど、そんなオウムがあったからこそ、今ここで自分が生かされている現実。家族のように暖かいオウム、かけがえのない故郷の記憶が残るのも事実なんです。だから・・・」


「・・・・・・」


「だから、これからは自分のルーツに誇りを持って、清々堂々と歩いていけたらなって・・・」


「辛かっただろカリン。あの当時まだ子供だったおまえに罪はない。法律上は明らかに無罪だ。ただな、みんなだって辛いんだ。オウムに関わった誰もがな・・・。怒りの矛先をどこに持っていきゃいいか分からねーんだ」


「・・・・・・」


「近いうちに日本で記者会見を開く。これがカリンの教団代表としての初仕事になる。お前がどんなに納得いかなくても一度は国民の前で土下座しなきゃならねえ。矢面に立ってくれ。ケジメをとるんだ・・・。"なぜ私が謝るの"なーんてゴネないでくれよ。日本にはアイドルグループだって他のメンバーが罪を犯せば自分も頭を下げなきゃならねえ文化があるんだ」


「でもそれって・・・」


「形だけでいい!腹の中で舌を出したって分かりゃしねえさ。それが"デキる女の処世術"ってもんだろ?麻原の娘による公式謝罪っつうワンクッションを挟むことで、教団への風当たりはグッとマシになるはずだ。大人になれよ」


「はい・・・」


「ハッハハハハ。ゴメンな。柄にもなく長々と説教をたれちまったか・・・。とにかくよ、俺が言いてーのは、小我を捨てて大我に生きてみねーかって話だ。新教団を家族だと思って引っ張ってくれよ。もちろん、俺たちがやろうとしてることはオウムの復活じゃねえ」


「信じてます。ただ・・・」


「ただ?」


「私は今、日本を離れるわけには行きません。父の件もあるので・・・」


「そうだよな・・・。気が気じゃねーよな。それでいい。うちの教団はバンコクと日本の両輪でやっていこうと思ってる。いずれはアジア各国に教えを広げる予定でいるが、当面の間、カリンは日本でできることをやってくれ」


「分かりました。こんな私でお役に立てるか不安ですが、今後ともよろし・・・」


「そんなにかしこまった教団代表がどこにいるんだ。アッハハハハ。"ナオキ、ヨロシクね!"くらいでいいんだよ。お前が完璧である必要なんてこれっぽっちもねえ」


「アハハハ。それでは改めて・・・。ドジっ子でおっちょこちょいな代表ですか精一杯頑張ってみせます!なんだか踏ん切りをつけた途端に人生が明るくなってきました」


「そうだろ、そうだろ。なによりも先ずは楽しまなきゃな。一刻も早く力のある教団を作り上げて日本政府にオヤジさんの治療を認めさせようぜ!」


「はいっ!優しかった父の笑顔がまた見れる日を心の支えに・・・。私はもう少しだけ・・・。生きてみたいと思います」


「ああ・・・」


「ところでナオキさん、教団名って決まってるんですか?」


「あらっ?ヒロから聞いてねーか?」


「いいえ。なにも・・・」


「ったく!アイツは頭が良い割には、どっか抜けてんだよなぁ・・・」


「プフッ。そんな兄たちに囲まれてた時代が懐かしい・・・。あ、ごめんなさい・・それで教団名は?」


「俺たちの教団は"シャンバラ国"だ」


「シャンバラ、、・・・?」


「ああ。シャンバラ国だ。"シャンバラ真理教"でも、"超平和バスターズ"でもねーぜ。シャンバラ国でいい」


「アッハハハハ。ナオキさんって女子にモテますよね?」


「知らねーよ。あ、先に言っとくけどな、教団代表は恋愛禁止だぞ。お前は信者たちのヒロインなんだ。ショートボブも似合っちゃいるが、心機一転、髪でも伸ばしてみたらどうだ?」


「ハッハハハハ。前向きに考えておきましょう」


「おう。そんじゃ、そろそろ切るぜ。搭乗前に済ませたい儀式があるもんでよ」


「えっ?意外です。儀式って・・・おまじないか何かですか?見かけによらずナオキさんも信心深いんですね」


「バカ!そんなんじゃねーよ。俺は飛行機の中でウンコをしない主義なんだ」


「なるほど!アッハハハハハ。おかし過ぎて腹筋いたーい!ハハハハハ」


 受話口の向こうのカリンは、いつまでも無邪気に笑っていた。


(それでいい・・・。それでいいんだ・・・)


「ハッキリと聞こえてくるぜ。"止まった時計"が動き始めた音がよ・・・」

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