終 エスペリア歴907年 初春
春空に蝶が舞っている。
久方ぶりにそこへ足を運んだ彼は、肩に担いだ花を墓碑の前へとふわりと載せた。甘い香に誘われてか、蝶が舞い寄り、花弁の上で翅を休める。午後を告げる教会の鐘が鳴っていた。立ち並ぶ墓碑と風にそよぐ青草を眺めていた彼は、ふと背後に射した影にひとつ瞬きをした。
「何を話してたんだ?」
忍んでやってきたらしい男もまた、彼が供えた花の横に白い花束を置く。墓碑に刻まれた名はノノ=セーム。彼らの旧友だ。
「キミの可愛いレディはもうすぐ国立学校を卒業するらしいねって。あとは僕と奥さんにもあかちゃんが生まれます」
ああ、と男はわらい、「臨月だっけ」と尋ねた。
草原を撫でる風の音、澄んだ青空、そこから差し込む蜜色のひかり。花にとまっていた蝶が翅を翻し、彼らの前を過ぎ去った。
リユン、と親友が彼を呼ぶ。
「帰る場所は、見つかったか」
優しげな問いは春の空気にやんわり溶けていった。
答えを返す代わりに、彼は微笑む。
「あかちゃんが生まれたらさ、名前をつけてあげてよ。レーン」
「ああ」
うなずいた男と軽く視線を交わしあい、別れる。
そして春のひかりに染まる道をリユンは鼻歌交じりに歩き出した。
Fin.
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