第021話 ドライヴアウェイ

 魔神機デモンズ・フレーム星界の大厄蟲ネビュライーターの陰に、もう一つの熾烈な戦いがあった。

 双発回転翼機ツインブレードヘリコプターに乗っていたロラの戦いである。




「君だけしかいないんだ。そちらはまかせる」


 レノックスの一方的な物言いにロラは声を張り上げる。


「ちょ、レノ君!? レノ君ってば――ッ!!!」


 通信機に怒声を張り上げる。

 しかし、すでに通信は切られていた。


「……レノ君がやられたらおしまいなのはわかるけど、わかるけど……。私はただの学者なの――!」


 悪態を吐いたところで状況は変わらない。


 ちらりと視線を下へ向ける。

 旋回しながらキャンプの様子を窺えば、負傷者の手当てに奔走する人、ロラに向かって助けてくれと手を振る人、寝かされたままピクリとも動かない人、様々だ。


 あのキャンプに降り立てば、大勢の人に取り囲まれてたちまち飛び立てなくなるだろう。そうなればキャンプに迫るタイラント・アラクニドに食い殺されるだけだ。彼らに説明している暇はない。

 迫るタイラント・アラクニドたちの進路上に機首を向けた。キャンプを背に滞空飛行をはじめる。


 ロラの双発回転翼機ツインブレードヘリコプターには胴体の側面に機銃が取り付けられている。三〇ミリの魔導炸裂弾を掃射するこの機銃であれば、タイラント・アラクニドを撃退することができるが、ロラは機銃の発射訓練を受けたことがない。双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの購入時に試射を何度かやっただけだ。


「ええっと……、機銃の発射機構を解除アンロックするボタンは、……マニュアルはどこだったかしら」


 片手で操縦桿を握りつつ、片手で操縦席横のキャビネットの扉をまさぐる。勢いよく扉を開けてから後悔する。

 あっ、と思ったがもう遅い。


 手当たり次第に押し込んでおいた書類がぶちまけられて、副操縦席はたちまち紙書類と片付け忘れた工具やら金具やらでごちゃ混ぜになった。


「もぅ、……最悪」


 溜息を吐きつつロラが書類をあさり始める。

 タイラント・アラクニドの巻き上げる砂煙は刻一刻と迫ってくる。


 最新型の双発回転翼機ツインブレードヘリコプターであれば音声マニュアルがついているのに、と愚痴ったところで始まらない。音声マニュアルを搭載した双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの値段に目を回して中古店ジャンクショップに足を運んだのはロラ自身なのだから。


「ないわね……。ちょっと、もう、どれなの……? ん……、あったぁ!」


 雑にファイリングされたマニュアルをどうにか見つけ出して目次を開く。

 武装の項目は中程にあった。が、すぐにロラの眉間にしわが寄る。


 ――ライゼガング製RM030A、これは何なのか。どういった武器なのか。


「もう、なにコレ! ぜんっぜんわからないじゃないの……」


 ページをめくる指先がもどかしい。

 震える指先はうまくページをめくれずに滑るばかりである。


 ひとまず五二ページに記載されているらしいライゼガング製RM030Aの項目を開いてみる。

 すると、見開きで機関銃の図面が載っている。

 ロラは目を輝かせて叫んだ。


「これね……! 使い方はどうなっているのかしら……」


 マニュアルを読みはじめたが、発射装置の解除方法と照準合わせ、引き金のボタンを把握するのがギリギリ。

 もう時間がない。

 舞い上がる砂煙からタイラント・アラクニドの甲殻が現れ、凶悪な顎がギパッと開かれるのが見えた。


「このレバーを引いて、コンパネからウエポンシステムを実行。……起動してきたら、ああ、もう、急いでぇ……」


 コントロールパネルのローディングゲージが消失。

 システムの稼働の項目が赤色のオフから緑色のオンに切替。


 撃てる――!

 ロラは操縦桿に取り付けられていたカバーを取り外して、トリガーに人差し指を当てた。不馴れな操作に応えて双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの機銃が空転をはじめる。


 高速回転する砲身から銃弾が飛び出した。狙い定まらぬ銃撃は明後日の方角に発射されて砂漠に無数の弾痕を穿つ。


「ひゃん!? でたの!?」


 慌ててトリガーから指を離す。戸惑うロラをタイラント・アラクニドは待ってくれるはずもない。


「シャァァァ!!!」


 先頭を疾駆するタイラント・アラクニドの一匹が跳躍。

 双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの真正面から食らいついてきた。


「ぃ、やぁぁぁ!?」


 ロラは目を閉じたままあらんかぎりの力でトリガーを引き絞る。

 ちょうど運悪く機銃の射線に飛び込んでしまったタイラント・アラクニドは、三〇ミリ魔導炸裂弾を全身に浴びて一瞬にして絶命する。

 体液が宙で撒き散らされて双発回転翼機ツインブレードヘリコプターをべちゃりと染め上げた。


「うぇ……、最低」


 コクピット前面のワイパーを動かして体液を拭う。

 滴り落ちていくねっとりした緑色の体液にロラは顔をしかめた。


 洗浄料金を考えると今月の支出がまた増えてしまう。クルトの食い扶持に加えてリーネの壊した機材の補充を考えると、これ以上の出費は避けたかったのに。

 そんな下らないことに思考を割いて、ふと冷静さがロラの心に染み込んでいった。


 緊張の抜けぬまま全方位カメラを注視する。

 タイラント・アラクニドたちは滞空する双発回転翼機ツインブレードヘリコプターを見上げている。仲間を殺されて怒っているのだろうか。顎を激しく噛み鳴らして盛んに鳴いていた。


 機銃の弾は残り一二〇〇ほど。

 鳴声を上げるタイラント・アラクニドの数を目を凝らして数えていく。


「残り,一……、二……、三匹。やるしか、ないのよね……!」


 指先はまだ小刻みに震えていた。

 だが、ほんの少しばかりの闘志がロラの心に灯っている。死にたくないという気持ちが、蹲ってしまいそうな体を動かしてくれる。


 ロラは機体を傾けてタイラント・アラクニドの一匹に狙いを定める。記憶の片隅にあった試射の日のことをよく思い起こす。


「おじさん、なんて言っていたかしら。……ロックオンサイトに目標を捕捉したら三秒以上撃て、……よね……?」


 ロラはふんす、と気合を入れる。


「よし……や、やるわよ!」


 反撃だ。

 ロラは操縦桿を握り直してトリガーに指を添える。

 指はもう震えていなかった。


 しかとタイラント・アラクニドを見据えて、ロックオンサイトの中央に寄せて、トリガーを引く。


 砲身から発火炎が噴き上がる。

 双発回転翼機ツインブレードヘリコプターを見上げていたタイラント・アラクニドは馬鹿ではない。機銃掃射の射線から飛び下がると威嚇の声を上げる。



 ……ロラは知らないことだが。


 RM030Aはライゼガング製の三十ミリ回転砲身式機関砲で、双発回転翼機ツインブレードヘリコプターに代表される航空機や防壁に設置される近接防御火器として製造されているポピュラーな機銃だ。


 安価で大量生産されているため入手が容易。ただし、射撃精度が低く威力もそこそこな武装と認識されている。

 ちなみに、三秒待て、というのは砲身が回転し、弾を発射し、着弾点が安定するまでの時間だ。

 というひどい話だ。

 ライゼガングは初動から安定していると主張しているが、RM030Aの一般的な発射訓練マニュアルには三秒掃射が記載されている。


 タイラント・アラクニドたちは空中を飛び回る双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの囲い込むようにグルグルと回りはじめた。機銃の及ばない方向から襲いかかろうという作戦なのだろう。ロラは機体に前方・後方に取り付けられたカメラを睨む。


 まずは確実に一匹ずつ仕留める。双発回転翼機ツインブレードヘリコプターを旋回させてタイラント・アラクニドの一匹に狙いを定めてトリガーを引いた。

 銃弾が乾いた大地を一直線に奔りぬける。

 しかし、狙われたタイラント・アラクニドはきれいに避けてしまう。むしろロラを誘うように大顎を噛み鳴らして気を引こうと誘い込んでくる。


 タイラント・アラクニドは狡猾だ。双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの背後から一匹のタイラント・アラクニドが跳んだ。

 魔導内燃機関ソーサリー・パワーユニットに喰らいつかんと大顎を大きく開く。


「――見えてる、わ……よっと!」


 ロラは双発回転翼機ツインブレードヘリコプターを急角度に傾ける。全身が右に引っ張られ、椅子から転げ落ちそうになる。格納庫の固定していなかった器具がけたたましい音を立てて転がっていったが気にしない。

 機体を直角に傾けて急旋回。

 飛びついてきたタイラント・アラクニドを回避する。そして、旋回しながらトリガーを引き絞る。


「ギギ――ッ!?」


 空を裂く弾がタイラント・アラクニドの脚を吹き飛ばした。旋回しながらの掃射ではタイラント・アラクニドを仕留めるには至らない。

 だが、これでいい。ロラの狙い通りであった。


 脚を吹き飛ばされたタイラント・アラクニドはうまく着地ができない。落下の勢いのままグチャリと大地に叩きつけられた。


「ギ、ギギ。キィ……キィ……キ、……ィ……」


 瀕死だ。

 脚を吹き飛ばされたタイラント・アラクニドは、落下の衝撃で体がグチャグチャに潰れてしまい、弱々しい鳴声を上げて大顎を痙攣させるだけとなった。

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