吸血鬼と異人館

 『風見鶏』というドラマがあったのだそうだ。わたしは伝聞でしか知らない。風見鶏の館を訪れたとき、そこに設置されていた解説板ではじめて名前を知った。閑静な住宅地だった北野を一躍「異人館街」として観光名所に押し上げるきっかけとなった作品らしい。


「ここは人が多くて落ち着かんな」同行者はそうこぼしていた。わたしたちが異人館街を訪れたのは夜だったけれど、幾人かの観光客がカメラやスマートフォンを向けていた。「しかし、だからこそこうして往時の姿を留めおくことができる」


 神戸は北野に外国人たちが居住しはじめたのは明治二〇年頃のことだ。以降、北野には異人館と呼ばれる洋館が立ち並ぶようになり、その数は最盛期で二〇〇を数えた。その多くは戦火や都市開発で失われたけど、ドラマがはじまった昭和五〇年頃から住人たちの間で現存する異人館の保存・活用の機運が高まり、今日に至るまでその姿を留めるに至っている。九五年の震災で大規模な被害を受けたときも全国から駆けつけたボランティアの支援もあって速やかな修復が行われたという。


「歴史とはそういうものじゃ。日の目を見なければ、寂滅を待つほかない」彼女は言う。「この観光客たちの中に、北野以外にも異人館が現存することを知るものがどれだけいると思う? それらが解体の危機に瀕していることを」


 もちろん彼女は自分が住む町のことを言っているのだった。


 神戸市西部の小さな港町、塩屋。北野ほどではないにせよ、異人館のエキゾチックな佇まいがそこかしこに残る町だ。


 彼女はそこに住んでいた。それこそ誰も知らない洋館で、ひっそりと。寂滅を待ちながら。

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