第4話

 一ヶ月後。


 溜まりに溜まった仕事がやっと落ち着いたころ、レオンを訪ねて騎士団に行った。


 逮捕後、ラインバッハ侯爵家を筆頭に幾つかの貴族たちが私や陛下を虐し、それに成り変わろうとしていたという話をエルンストから聞かされた。情報源はもちろんレオンだ。。

 中には古参の貴族もいたが、謀叛に関わった者全てが、家柄を問わず取り潰しとなった。


「驚いたことに、ホルクロフト家が古い血筋の貴族って知らなかった家もありましたよ」


 とはエルンストの言葉だが、その筆頭が、ラインバッハ侯爵家だった。

 ラインバッハ侯爵家は、侯爵になってまだ五十年ほどの、新参者と言っていいほどの貴族だった。古参の者とて、せいぜいが二百年ほどだ。

 我が家ですらまだ四百年ほどで、その当時の我が家の文献では既にホルクロフト家は貴族の間では一目おかれる大貴族だったらしい。


「ちょっと調べればわかるはずなんですがね……」


 そんな言葉と共に、ホルクロフト家の兄弟や他の良識ある貴族たちは呆れ果て、苦笑していた。



 ***



「レオンハルト団長はいるかな?」

「ライオール様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 案内されたのは、団長の執務室だった。


「すまん、ジュリアス。こちらから出向かなければならんのに、公私共に忙しくてな」

「構わない。半分は私のせいだと思っているから」

「そう言ってもらえると有り難い」


 雑談や近況報告をしながらも、レオンハルトは次々に書類を片付けて行く。


「あ、そうだ。これを渡しておく」


 一段落ついたのか、お茶を二人分と封筒を持って側に来るとお茶はテーブルに置き、封筒を手渡された。

 封筒の裏を返すと、ホルクロフト家の紋章が入った封蝋付だった。


「これは?」

「結婚式の招待状。二ヵ月後だ。招待状がないと我が家には入れないようになってる」

「開けていいか?」

「どうぞ」


 ペーパーナイフを借りて封筒を切ると、中には招待日時と場所、ホルクロフト家の紋章が浮き出ているカードが入っていた。


「それ自体が招待状みたいなものだから、忘れずに持ってこい」

「ありがとう。必ず出席させてもらうよ。そういえば、レオン。ルナマリア嬢は元気だろうか?」


 一瞬、レオンハルトの表情が固くなるが、すぐに戻ってしまう。そのことに首を傾げる。


「ああ……少々具合が悪くてな、療養している」

「それは! ぜひお見舞いに……」

「今は無理だ。それに、お前も結婚するんだろう? 他の女に構ってる暇はないはずだが?」

「は……? 誰が、誰と?」


 私にはそんな女性はいなかった。心の中に住み着いているのは、ただ一人だけだ。


「知らないのか? ステラ嬢と結婚間近で、『陛下に続いて美男美女のカップル誕生か?』と街中の噂だぞ? ラインバッハ家の令嬢なのは気に食わんが、お前が選んだなら……」

「冗談ではない! 私はあの女の血など入れるつもりはないっ!」

「わかってる、ジュリアスがそんなことをするはずがないとな」


 ガタン、と立ち上がる。最近、全然顔を見ないルナマリア嬢。もし、その噂を真に受けて避けられているのだとしたら……?


「ルナマリア嬢は、その噂を……」

「知っている」


 そのことに胸が痛む。私はそんなつもりはなかったが、周囲はそう見ていたことと、やはり冷たくあしらうのだったと自分自身に憤る。


「それに、今は会えないんだ」

「そんなに悪いのか?」

「……ああ。まあ、そのうち会えるだろう」


 レオンにしては歯切れの悪い物言いに疑問を感じつつ、さらにいろいろ話をしたあとで、騎士団をあとにする。


 レオンハルトの結婚式に会えたら、噂は事実無根だと伝えて……そして、自分の気持ちを伝えようと思った。

 それに、この時はまだ、彼女に会えると信じて疑わなかった。



 ***



 レオンハルトが式を挙げて、ちょうど一ヶ月がたった。

 夏が終わりを告げ、既に秋の気配が色濃くなり、そろそろ冬の足音がする季節になり始めたというのに、未だにルナマリア嬢に会えないことが不安で仕方がない。


 あの日……レオンハルトの結婚式当日。

 式の最中も、終わったあとですらも、彼女の姿を見ることはなかった。


 何かがおかしいと心は告げているのに、何がおかしいのかがわからない。


 仕事に忙殺されて、ルナマリア嬢に会いにホルクロフト家へ行くこともままならない状態だった。ホルクロフト家に行けないのなら、ホルクロフト家の身内に……エルンストにルナマリアの容体を聞けばいい。

 そう思ってエルンストに聞けば、背筋の凍るような答えが帰って来た。


「ルナはもう、皇都にはいません。南の私有地の別荘で、療養しています」

「いつ皇都を出た?!」

「……ジュリアス様を襲った犯人を捕縛し、秋になる前に」

「そんなに……?!」


 心臓がわしづかみされた気分だった。だから、レオンハルトは歯切れが悪かったのだ。


 ちょうど明日から四日ほどの休みがある。南の私有地なら行ったことがあるので、単騎で駈ければ往復二日はかからないで帰ってこれる。だが、様子を見に行けば、別荘には管理人以外は誰もいなかった。


 しばらくは休みのたびに方々を探し回った。けれど、何の情報すら出てこない。

 信じたくはなかった。



 ――彼女は、忽然と姿を消してしまったのだということに。



 ***



「ジュリアス、縁談がある」


 ある日、父にそういわれて即、「お断りします」と言ってしまった。

 私自身はルナマリア嬢の了承を得てからにしたかったのだ。

 剣呑さを携えた父に睨まれるが、既に相手を決めている以上、簡単に頷くわけには行かない。


「相手も見ずに、か?」

「父上のことだから、どうせ侯爵家か公爵家あたりからでしょう?」

「ふん、当然だろう?」


 少し思案したあと、父に打診してみる。多分、ホルクロフト家なら、大丈夫だと思ってのことだ。


「父上、私は伯爵家から妻にほしい女性ひとがいるんです」

「ん? 伯爵家だと?」

「ええ。爵位は伯爵ですが……本来ならば大公家でもおかしくはない、家柄も血筋も申し分のない、帝国一古い伯爵家から」


 その言葉に、父の顔がみるみる驚愕に変わる。


「ジュリアス……まさか……あのホルクロフト家か?!」

「そのまさかですよ」

「だが、上の娘は既に」

「いえ、私が妻にほしいのは、末姫です」


 その言葉に、父が頭を抱え込む。


「よりにもよって、掌中の珠をか……!」

「……え?」


 聞き返してもそれを無視して、頭を抱え込んだままブツブツと呟いていた父だったが、徐に顔をあげた。


「お前は兄弟を落とせ。私は父親を落とす」


 そんなこと言葉と共に笑顔を見せる、父。まさか、そんな言葉が帰ってくるとは思わなかったのだ。


「いいのですか?!」

「ホルクロフト家なら構わん。それに、あの絶品のキッシュがまた食べたいしな」

「ありがとうございます!」

「必ず、口説き落とせよ」


 ウインク付で、茶目っ気たっぷりに言った父は、頭を抱え込んだ割にはなぜか上機嫌だった。


「落としてみせるさ……兄弟も、彼女の居場所も、彼女も!」


 そうして、父はホルクロフト家の両親の説得に成功し、私は兄弟たちを説得するのに成功した。あとはルナマリア嬢だけなのに、肝心な彼女がいない。


(ルナマリア嬢……どこへ行ってしまったんだ……?)


 あの春の日だまりのような笑顔を、ずっと見ていない。

 彼女に会いたい。会って、そして……。



 ***



 秋も終わりに近づき、北のほうでは既に雪が積もったとの情報が皇都にもたらされたころ、たまたま街で会ったホルクロフト家の元使用人夫婦から、衝撃的な事実がもたらされた。そのことに憤ったまま、騎士団に行った。


「レオン! どういうことだ!?」

「どういう……とは?」


 騎士団にある、レオンの執務室。悪びれもしないレオンに苛立ちが募る。


「ルナマリア嬢の居場所を知ってるそうじゃないか!」

「知っているが、それが?」


 バンッ、と机を叩く。


「私がどれだけ彼女を探していたか知ってるはずだ! それなのに……っ!」


 ふっ、と息を吐く音がしたと思うと、レオンの冷やかな声がした。


「ジュリアス……お前、ルナと会ってる時、どんな顔をしていたかわかってるか?」

「は?」

「話しかけられれば眉間に皺がよる。顔を向けられれば視線を逸らす。端から見れば、嫌いな女を前にしてるように見える。社交界もそのように認識してるはずだ」


 その言葉に衝撃を受ける。私は照れ隠しの行動だったが、世間ではそう見られはしないということに思い至って。


「違う! 私は……っ」

「俺はお前の親友だから、意外に照れ屋なのを知ってる。だが、周りは違う。そしてルナも」

「……っ!」

「お前に会うたびに元気がなくなる。笑顔も見なくなった。そんなあいつを、お前は口説き落とせるのか?」


 レオンの冷やかな言葉に手を握り、決意を讃えた目でレオンを見返すと、本人に伝えていない気持ちを吐き出す。


「絶対に落とす。妻は彼女しか考えられない。私は……ルナマリア嬢を愛してるんだ……っ!」

「はあ……まったく。やっと言ったな。もっと早く言ってやればよかったのに」


 溜息をつきつつも意地悪く笑った顔と声音は、悪戯が成功した時のいつものレオンだった。

 そして――渡された地図の場所は、予想だにしなかった、北のほうだった。


「ありがとう、レオン!」


 そう言って踵を返すと、伝言を頼む。


「今から迎えに行くから、エルによろしく伝えてくれ!」

「は? ちょっ、ジュリアス!?」


 そして屋敷に向かうべく、レオンの執務室を飛び出した。


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