第7話 メイド職員、再び

 どうしよう、どうしよう。いや、どうしようもないんだけどさ!


 一時の気の緩みでやってしまったとはいえ、謝って許される次元からは大きく離れている。

やってしまった罪の怖さゆえに、現場から立ち去ってしまう犯人は結構多いらしいが、その気持ちを痛いほど理解した。

 路肩に停車させたWRXの暗くなった車内で、オレは己の愚かさに悶絶していた。

 あれからオレは無我夢中でWRXを走らせ、クンバ帝国の最北部にあたるブゼル山脈の入口付近まで来た。

 時刻は午後の七時。

 この付近は、人もいなければ何かを照らす街灯すらない。周囲を見渡してもあるのは、荒れ果てた荒野と目の前に標高4000メートルを誇る山脈がそびえ立つだけだ。

 この道を突き進み、ブゼル山脈を越えればクンバ帝国から別の国に行くことが出来る。

 幸いなことに、一時間ほど前に通った田舎町で燃料と食料はバレずに調達できたので準備は万全だ。

 町で買ったお菓子をつまみながら、オレはカーナビでルート検索をしていた。


「えーと、ナビに話かければいいんだな。えーと、隣の国に行くまで何時間?」


 ピコンと機械音が鳴り、カーナビがオレの声を認証する。


「トーちゃんのナリをいくのが何時間? 3時間です」

「何だよ、このナビ! 全然、メッセージを聞き取れてないじゃないか。言い方を変えるか、国境の検問所までは何時間?」

「故郷の検便では痔が缶、でメッセージはよろしいですか?」

「違う、ブゼル山脈を超えるのに何時間?」

「痴漢、豚風情さんにはまくしたてれば十分、でメッセージはよろしいですか?」

「豚風情? なんだこのナビ、オレにケンカ売ってんのか? 仕方ない手動でやるか」


 音声入力に愛想を尽かし、タッチパネル操作で検索を始めると。


 コンコン。


 ふと、運転席のドアガラスが軽く叩かれる音がした。

 この周辺に住み着いているモンスターのいたずらだろうか、いや小動物か?


 コンコン。


 警察官? 魔術師?

 いや、あの田舎町の現状から察するにこっちまで捜査の手は及んでないはずだ。


 コンコン。


 ホクトがカーナビから窓に視線を向けたその瞬間、


 ドン、ドン、バリン!


 外から思いっきり窓ガラスが割られ、車内にガラス片の雨が降り注いだ。


「ちょっと! ちょっと! 一体、なに!」

「あなたこそ、何やっているんですか! あれだけのことをしていおいて、なに被害者みたいなこと言っているんですか! あなたバカですか! 底なしの本当のバカなんですか! いや、きっとそうなんでしょう! いや、そうに違いありません!」

「窓ガラスを割っといて、いきなりなんだ! ちょっ……、うん? あっ、おまえは!」


 そこには、見覚えのある少女が青いローブに身を包み、懐中電灯を片手に持ったまま涙目で声を荒らげていた。


「どういうことなのか説明して下さい! 納得いかない説明ならば、この場で痛い目に合わせます! さぁ、はやく説明を!」

「待って、待って、メイド職員さん! わかった、わかった、説明するから!」


少女の正体は、魔法省で魔術交換を持ちかけてきたメイド職員だった。


 割れた窓ガラスのスペースから身を乗り出して、オレの首を絞めようとする例のメイド職員に対して、必死に宥めて助手席にメイド職員を座らせた。


 助手席につくなり、メイド職員は頭を深く抱えこみ、

「勿論、然るべき理由があったからあんなことになったんですよね? そうですよね? そうです、絶対そうです……」

「まぁ、これ飲んで落ち着きなよ……」


 そう言って、先ほど町で買ってきた飲料水をメイド職員に手渡す。

 メイド職員は一口飲んで、はぁと小さくため息をついて俯いた。

 その様子を横目で見たホクトは、罪悪感にかられて心苦しくなった。

 しばしの沈黙の後、オレはこの気まずい雰囲気をなんとかしようとメイド職員に話しかけてみる。


「メイド職員さん、いくつか質問しても良い?」

「それは構いませんが、そのメイド職員って言うのやめていただけませんか? なんだか、小馬鹿にされている気分がしてイラッときます」

「ごめん、ごめん。ほら名前が分からないからさ」

「魔術免許に確認なされましたよね? まぁ、良いですけど……。私、サクラ・セトって言います。サクラでもセトでもお好きに呼んで構いません。どうせ、話すのは最初で最後ですから」


 サクラはそう言って、こちらに視線を向けてきた。


「それで質問はなんですか? 私は星の数ほどありますが」

「あんたの気持ちは痛いほど分かる。そんなことよりも、どうして居場所が分かったんだ?」

「ふふっ、そんなの簡単ですよ。ホクトさんから頂いた魔術にプルスュイットという追跡魔術があったので、それを帰り際にこっそりかけてみたんです。二日間しか効果がないので、まぁ良いかなと思ってたので……。満足ですか?」


 無許可で魔術を試し打ちとは、ちょっとひどい話だ。


「ここにいることバレてんのかよ。なんだ、警察はもうじき来るんだ」

「本来ならそうですね。私が連絡をすれば、駆けつけた警察官や魔術師から銃なり魔術を撃たれて蜂の巣状態になるでしょう」


 ポロっと恐ろしいことをサクラの発言はさておき、まだ警察や魔術師が来ていないということはサクラ以外の人間はオレの居場所を知らないということだ。


「オレって、蜂の巣状態にされるほどの犯罪はしてないだろ」

「警察と魔術省を怒らせたのが原因だと思いますよ。強面の警官が『俺のSUVパトカーを壊したあの犯人は許せねぇ』って言ってたり、足止めするはずだった女性魔術師が『これで出世がなくなった、あの犯人を溶かしてやる』って言ってましたよ」


 おそらく、中央通りでオレに一杯食わされた人達に違いない。

 なんだろう、罪悪感でいっぱいのはずなのに、ちょっとだけ勝ち誇った気分だ。


「死ぬぐらいだったら、自首するよ。別に人を殺したわけじゃないし」

「いやー、そうはいかなくてですね」

「なんでだよ、むしろ犯人を捕まえたんだから喜ばしいことだろう。オレを捕まえて、お偉いさんに報告すれば出世するだろ? もしかして、自首をしたらなんかヤバイ事でもあるのか?」


 真横にいるサクラは、あどけない少女であると同時に魔法省の役人である。

 役人らしく、狡猾なことを腹の底では考えているのかもしれない。


「ホクトさんって、変なところだけは鋭いですね……。ちょっと片手を貸してくれませんか?」

「えっ、なんで片手を貸さなきゃいけないのさ?」

「まぁまぁ、いいからいいから」

「やだよ、やだよ。何か変なこと考えているだろう!」

「私、決して怪しくないですから!」


 どんどん、こいつ怪しくなってきたぞ。

 このサクラの言うことを聞いてたら、ヤバイことになりそうだ。

 直感で危険と感じたオレはエンジンボタンを押して、WRXを走らせようとする。


「恨まないで下さいねっ!!」


 その直後、もの凄い早さと勢いでサクラの左手がホクトの腹部を直撃する。


「ぐぶぇっ」


 あまりの痛みに、お腹を押さえた状態でオレは車のハンドルに全身をもたれた。


「悪い人にはお仕置きです、ねっ?」


 サクラは、ちょっと楽しそうな表情で目を瞑り、人差し指を唇の前にピッと立てた。

 あぁ、オレはこの人に蜂の巣状態にされるのだろうか……。

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