第25話「懇願、です。神様!」

 ゆうを追って骸骨たちが出ていくのを見送り、人形を抱えた宗はこそこそと壁伝いに身を隠しながら建物へと入って行った。人払いの結界があるのでそこまでの警戒は要らないはずなのだが、一応の用心である。


「あの。あの、神様……? 運んでもらってるあてが言うのも、何なんだけど」

「うん?」

「ちょっと絵的にというか。色々と無理があるような気がするんだ」


 言われて宗は自分の身を振り返ってみる。子供背丈の宗が、身長の半分はある人形を無理に抱えて、そのうえ隠密行動をしようと身を低くしているので、まるで引き摺っているかのような絵面だった。というか実際引き摺っていた。


「あ、ごめん」

「いや、あても歩くの遅いからって頼っててごめん。ちゃんと、自分の足で歩くよ」


 そう言ってジタバタともがいては宗からずりずりと逃れ、地面に降り立った人形である。そこから身体ごと左右に揺らしながらテコテコと歩いていくので、宗としては危なっかしくて見ていられなかった。


「ええっと、普段は歩いていなかったんだっけ?」

「うん。あてはもともと人形じゃなかったんだ。それが、よいしょ。奉納されている間に自我が目覚めて、うんしょ。それを不憫に思った司祭様が頼んで、あてを核に人形を造ったから」

「宝玉だったんだっけ?」

「そうそう。あても、当時はよく覚えてないけど。その宝玉が、多分神様たちが言ってた力の名残だったんだと思う。多分」

「じゃぁ歩くのも不慣れ、だよね」

「出来るよ!」


 地下へと続く階段を一歩ずつ降りていく人形は真剣な表情である。宗は少しだけ先行し、骸骨が居ないかだけ確かめた。地下室には見たところ骸骨の姿はなく、ゆうに聞いていた通り、壁が崩れて砂が流れ込んでいる。


 そんな中、祭壇だけは崩れることなく階段から見て最奥の壁際に存在していた。およそ何十年、下手をすると何百年経過しているのかもしれないというのに、その祭壇だけは朽ちることなく厳かな雰囲気に包まれている。


 人形の衣装に合わせてか、紅と白で飾り付けられた台座と、それを囲む木彫りの装飾品たち。当時の人々がそれだけ畏れと敬意をもって接していたのだろうことがうかがえた。おそらく、最期の当主まではその関係はうまく行っていたのだろう。


 部屋の中央まで進んだ宗と人形は、祭壇に座っている人形へと目を向けた。確かに、一緒に来た人形と目の前の人形は同じ造形をしている。しかし、宗はどうにも別の存在として感じ取っていた。


 ここまで一緒に来た人形は、ゆうのように天真爛漫というわけではなかったが、それでも表情をコロコロと変える子だった。

 目を細める仕草やはにかむ仕草はとても人間らしく、話し相手が少なかったはずなのに人格として成り立っている。


「あて、なのか……?」

「これは」


 祭壇の人形からは強烈な拒絶の意志が向けられていた。力だけ抽出されて、離れ離れになったことで、それだけの存在として確立しかけている。

 こちらの人形が守り神として成り立ちかけているように、向こうも災厄を呼ぶものとして成り立ちかけているのだ、と宗は結論付けた。


「もう別の存在になりかけてるのかも」

「そんな」

「ダメだよ。それ以上近付いたら、多分攻撃してくる」


 近寄ろうとした人形を、宗は肩を掴んで止めていた。振り返った人形は宗の顔を見上げて、今にも泣きそうな顔をしている。

 会いさえすれば何とかなると思っていたのに。目の前の自分は近づくことすら許してくれないというのだ。


 宗の言葉を噛みしめ俯きかけた人形は、それでもと顔をあげ、宗の手を掴む。


「神様。どうか、どうかあてに力を貸してくれ」

「昂った感情を海で鎮めてから話し合うっていう手もあるよ?」

「それじゃぁダメだ。それは、卑怯だ。だって、あてをこんなにしたのはあてなんだ。その想いは受け止めなきゃ、ダメな気がする」

「僕らなら。ううん、ゆうならあっちの人形だけ滅することもできると思う」

「そんなのもっとダメだよ! あてが止めなきゃ。これは、他の誰でもないあてがやらなきゃいけないことなんだ」

「うん。わかった」

「……本当!?」


 宗は必死に訴えて来る人形に向き直って頷いた。神様は、いつだって懇願から動くものなのだから。結果的に何とかするだけなら、ゆうの力でも何でも方法はあった。それでも、当事者が望むことこそ、本当に必要なことだろう。

 人ではない身で、人の気持ちを完全に理解できないからこそ、宗はいつも見守って力を貸すのだ。


「行くよ」

「神様。お願い、します」


 宗は人形を抱え上げ、その力を増幅させていく。それは双子の人形として、力をコントロールするという特性なのか、それとも新たに守り神として反転の力に対抗するという性質なのか。どちらかまではわからない。

 ただ宗は己の神としての特性で、願いを叶え幸せを呼ぶだけなのだ。


 人形から溢れ出すのは力か、自身の成れ果てを想う心なのか。温かなそれは広がって、祭壇の人形が発する拒絶の力とぶつかった。拮抗する力は反発し合い、お互いにお互いの力が届かない。


 宗はその想いを届けるために。一歩、また一歩と近づいて。


「あ」

「神様!?」


 砂から飛び出して来た骸骨に貫かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る