第46話

 黒い塊は再び二つの小さなシルエットに戻った。彼と女は体を離した後、手を繋いで駅の方へとゆっくり歩き出した。女のスカートの裾が女自身の気持ちを表すかのようにゆるりふわりと軽やかに踊っていた。その動きは無性に不快で嫌になるほど印象的だった。


 信号が青に変わっても茫然として動けなかった。ぼーっと前を見たまま動かない私を横目でちらちら見ながら、人も自転車も道路の向こう側へと渡っていく。私はペダルに足を置いたまま、ただ前を見ていた。


 目を開けていれば煌めく街が見えているはずなのに、私の目の前にはただ真っ白な世界が広がっている。そこになぜか急に夫の顔が浮かび上がってきた。あの婚活の番組を見て笑っていた時の顔だ。人を見下したような、自分は特別だと思っているような、妙な自信を持ったあの顔。その顔は浮かんですぐに霧のように消えた。


 残されたその白い世界にぼんやりと自分の顔も見える。彼から黄色いメモを貰ってからの浮かれた自分だった。夫を排した非日常を生きているという傲慢さと、彼に認められたという自信を持った厭らしい顔。そんな自分の顔と消えたはずの夫の顔が再び現れ、白い世界の中で二つの違う顔が重なって一つになった。


 私と夫の重なり合った顔は誰の顔でもなくなった。そもそも顔とは呼べないような輪郭だけを持った何かがぼんやりと浮かんでいた。彼の目に私はこんな風に映っていたのかもしれないと思うと、どこか納得できるような悲しいような、今まで抱いたことのない感情に心が痺れた。

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