第16話

 彼はそんな私の事情を分かってくれている。彼がその本を読んでいると知った時、私は情けないことに思わず、いいなぁ・・・と呟いてしまった。彼としては無反応でいることもできなかったのだろう。その呟きのあと、自分が読み終わったら本を貸してくれると言ってくれた。店員としても人としても二重丸な彼に憐れな客は感謝し、ありがたく本を借りることにしたのだった。


 一人用サイズの小さな木目調のテーブルに置かれた本の表表紙には群青色の背景の中に女がボートに乗って湖らしき水面に浮かんでいた。本の内容は大雑把な感じでしか知らないが、ミステリー小説の表紙の割に切なさを強く感じる絵が描かれていることに不思議さを感じた。ラストは悲しい終わり方をする内容なのだろうか。


 借り物である大事な本を優しく持ち上げ、硬い表表紙を開いてみた。すると視界の右下に違和感のあるものが映った。表表紙の裏に正方形の黄色い付箋が張られていたのだ。仕事や学校で使うような機能的で色しか特徴がないそれには、彼個人のものと思われるメールアドレスが一行書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る