第14話

 何を見るでもなく、ぼんやりと店内に視線を巡らせながら心地の良い温度のラテを飲む。温かなラテが喉を通り抜けていく感覚は堪らなく気持ちがよかった。夫の肌のぬくもりや食卓で飲むスープより、何より私の冷え切った心身を温めてくれるのはここのラテだった。ふうふうと、ゆっくりラテを喉に流し込むとコーヒーの深い香りとミルクの優しい甘さが心に沁みて慰められているような気持になった。ため息から始まる朝を過ごした憐れな女に与えてくれたささやかなひと時に私はずっと酔っていたかった。


 リラックスして自然と綻んでくる顔を接客カウンターの方へ向けると彼が笑顔でテキパキ接客をしている。その姿と今の自分を比べて、少し悲しくなる時がある。希望のある者と無い者。同じ人間でも彼と私とでは輝きが違った。彼は眩しい。心の内など読めるはずもないが、悩みや不安があったとしても、それを撥ね付ける強さや若々しさが彼の全身からは溢れ出ていた。


 到底かなわないその輝きに目が潰れそうになりながら、私は彼に憧れや尊敬のような感情を抱いていることに随分前から気付いていた。絶望の暗闇の中でほんの少しの隙間から漏れ出した眩い太陽光のような彼の存在は私の心を揺さぶった。久々に訪れた小さな衝撃は凪いだ海に小さな波紋を残すように、長く緩やかに心地の良い変化を冷えた心に与えたのだった。

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