命の重さとポール・ワイスのひよこ その3
「さて、ネムリネズミの尊い犠牲にも関わらず、私の説明不足で【ボール・ワイスのひよこ】の論旨がわからなかったかもしれないのでネズミのことはさっさと忘れて改めて問題に向き合おう」
「まああいつのことだし、放っておいてもどうせすぐに湧いてくるさ」
ウサギが言うことも最もだ。目の前のネムリネズミ粉砕液もよく見れば赤茶色のただの紅茶になっているし。
「【ポール・ワイスのひよこ】はこういう問題だ。生きたひよこと、よく粉砕して均一になるまでかき混ぜたひよこ粉砕液。この2つは同じ組成だが、粉砕の前後で失われたものは何か?ポールワイスが提示したのはそういう問題だ」
まあ普通に考えて命が失われているわね。
「その通りだ、アリス。だがここにはひよこだったもの全てがある。そしてAマイナスBイコールCだ。ひよこマイナスひよこ粉砕液イコール命イコール…
本当にゼロなの?
「だってここにはひよこのすべてがあるんだもの。魂の質量21グラムが気になるかい?じゃあここにひよこの霊魂21グラム分を加えてもいい。もちろんそれでひよこが動き出すわけではないが」
動き出す…
「ああ、動きが失われているわね。生前のひよこは動いたけどひよこ粉砕液は動かないわ」
「
「死んでいるから」
「それは不正解だな。ひよこの死体とひよこの魂があればゾンビとして動くかもしれない」
「本気で言ってるの?」
「もちろん冗談さ。でも不正解なのは本当。死んでいることよりも致命的な問題があるんじゃないか?」
「ゾンビと粉砕液の違い……形が残ってない……ああ、つまり筋肉がないし骨格もない。『動くための形』をしていないから動けない?」
「今度は正解。カタチが失われてるね。カタチがあるってどういうことだと思う?」
どういうことって……まとまりがある。動く機能がある……うーん。
ひよこの成分はあってもひよこのカタチをしていないと動けない……。
これじゃあまるで…。
「まるで、何?」
「機械と同じだわ。歯車はそれだけでは動けない。他のものと組わせて機械としての動きができるようになる。ああ、そうか生き物は『材料が組みあがって』できているのね」
「その通り。そして歯車などのパーツの単価の合計よりも……」
「機械として組みあがっているもののほうが価値が高い!」
「つまり命の価値は生きていることそのものにあったのさ。生きているから命は価値があるのさ」
命そのものに価値がある。
確かに命に重さはないのかもしれない(あるかもしれないけど)
でも命に価値は認められるんだ。
それは重量による価値でなく動くことによる価値。
「そもそも価値を重さで量るのが原始的なのさ」
さも最初からわかっていたとばかりにウサギが語り出す。
「重たい物の方が価値がある時代はとっくの昔に過ぎ去ってる。価値があるのは軽いものさ。最近の機械は軽量小型が価値が高いのさ。命だって重量が軽くても価値が認められておかしなことはないのさ」
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