47 もう誰も信じない

 一方、ミセス・ハドソンの門番屋敷を飛び出した眞奈と、眞奈に追いついたウィルはステイブルブロックへ向かう道を歩いていた。

「なんなんだよ、あの狂ったババァは!」、ウィルはミセス・ハドソンに対する文句を一通り並べてもまだ言い足りないようだった。

 眞奈はずっと沈黙していた。

「おい、大丈夫かよ?」

 ウィルが心配そうに何度聞いても眞奈は「うん」とか「ええ」とか生返事しかしなかった。眞奈は泣いてもいなかったしミセス・ハドソンに対して怒ってもいなかった。逆にそれがウィルを不安にさせた。

 眞奈はただジュリアを助けるためにどうするべきなのか冷静に策を練っていただけだった。

 眞奈にとってミセス・ハドソンとのやりとりはもう終わったことで、ミセス・ハドソンは何の役にも立たないどころか、よけい事態をややこしくすると判明しただけでもこの会見は意味があったと思うことにした。

 それなりに予想できたことだし、ミセス・ハドソンのことで傷ついたりして時間を無駄にする気はまったくなかった。

 ウィルは完全に怒っていた。

「それもこれもマーカスがよけいなことしやがったからだ。マーカスがあおらなければおまえが必要以上に踏み込むこともなかったし、ヘレン・ハドソンなんかと無関係で、ただ無視されるぐらいで済んだんだよ。何が亡霊探しだよ、『過去への抜け道』だよ。マーカスも頭おかしいだろ。さすがヘレン・ハドソンにかわいがられているだけあるよな」

 眞奈はかばった。

「それ、誤解よ。むしろ私がマーカスを引き込んだの。マーカスは五、六歳以来亡霊を見ていないし、私が最初に話したときは亡霊なんて信じないのを通りこして、私のこと呆れるぐらいだったんだから」

「最初はそうだったかもしれねぇが、今はマーカスだってかなり楽しそうじゃないか。マーカスはずっとこんなド田舎の寮に閉じ込められているから退屈なんだよ、ちょっと面白いエンターテインメントなんだろ、レイチェルも言ってたじゃねぇか、興味本位だって。いや、日本人のおまえがイギリスの伝統あるウィストウハウスに興味持って、先祖の歴史や屋敷の成り立ちや伝説なんかを調べたいっていう気持ちはわかる。亡霊がいたら面白いだろうって考えるのもわかる。UFOとか世界の七不思議みたいなノリなんだろ。でもだからといって、真剣に信じ過ぎるんだよ。まるでジュリア・ボウモントに本当に会ったみたいに言うなよ」

 だって、本当に会ったんだもん……、眞奈は心の中でつぶやいた。

 ウィルは続けていた。

「正常から異常の境界線を越えちまったら完全な精神病だぜ。ヘレン・ハドソンみたくなったらどうするんだよ。あのババァ、狂ってただろ、それと同じだぞ。あんなふうになりたいのかよ。それが心配なんだ」

「ウィル。ありがとう、心配してくれて。ウィルの言いたいことはよくわかるわ」、眞奈は心から言った。

「とりあえず今日はもう帰ろうぜ」、ウィルは言った。「レイチェルたちには明日学校で話せばいいよ。今だと最終のバスに間に合うから、おまえのパパの迎えはキャンセルすればいいだろ」

「いいえ、私は家には帰らないし学校にも帰らない」、眞奈はきっぱり言った。

「は?」

「ウィルが心配してくれるのはありがたいけど、私、過去の世界へ行ってジュリアを探さないといけないの」

「おい、だから過去の世界なんてのはおまえの妄想だって言ってるだろ、しっかりしろよ!」

「それに私は呪われた子どもで邪魔者・破壊者だもん。ミセス・ハドソンの言ったことは当たってる。彼女は予言者なんだから絶対当たるはずよ。だって私がいなければマーカスだってイザベルだって、私のために悪者になった気にならずに二人は付き合えるでしょ。それにママだって最近はイギリスになじんできてパパと楽しそうにしているし、いまだに一人ぼっちで根暗のいじけた子どもなんかいたら迷惑でしょ」

「考え過ぎだってんだよ」

「私、イギリスに転校してきてずっと一人だった、一人でも全然いいって確信してたの。それでも孤独から逃れればきっと学校生活が楽しいんじゃないかって思ってた、私は友達がいないから不幸なんだって思ってた。でもそれは違ったの。友達がいたって同じ、いいえ、それよりもひどかった。友達がいるからよけい考えなきゃいけないことが増えて、よけいうまくいかないことが増えて、よけい悩みが増えただけ。こんなんじゃ一人になった方がよっぽどましだわ。私は一人になりたいの!」

「おい、マナ」

 ウィルは眞奈の両肩をぐっとつかんで、ともかく彼女を落ち着かせた。

「よし、わかった。そうしよう。また一人になったっていいじゃないか、俺はおまえと一緒にいるぞ、前と同じように」

「ほんとにそうしてくれる? 私と一緒にいてくれるの?」

「おう、当たり前だろ」

「だって、せっかく寮組と友達になれたんだよ」

「あんなやつら、こんなところにずっと閉じ込められて世間知らずだしつまんないぜ。俺の親友はマナ、おまえだけでいいんだ」

 ウィルは眞奈に向かって言った。

「とりあえず食堂に行こう。今の時間、開いているのは食堂ぐらいだからな。そこで一晩明かせるかもしれないし、いつまでも外にいるわけにもいかないだろ」


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