23 眞奈の三週間、マーカスの三週間

 眞奈はまるでジュリアの幻をもう一度目にしたかのように、呆然とマーカスを見つめた。

「い、今、なんて?」


 私のことは忘れ去られてたはずなのではなかったのか、それか無視されたか……。あれから、そう三週間は経っている。マーカスは何を言っているのだろう、眞奈は戸惑った。


 ジュリアも消えてしまったし、ここは過去なのか、現実なのか、それにこのマーカスは本物なのだろうか? それとも私の目と耳がおかしくなったのだろうか……。


 マーカスは眞奈の錯乱状態はまったく感知していないらしい。彼の笑顔はあまりに無邪気だった。


「やっとヘレンのOKの約束を取りつけたよ、来月の半ば過ぎになっちゃうけど、金曜日の学校終わってからはどうかな?」


 眞奈はいろいろな思いが錯綜してすぐに返事ができなかった。

 マーカスが約束を忘れていてとても傷ついたこと、無視された自分がみじめだったこと、マーカスなんていなくても自分一人でジュリアを助けようと決心したこと、ジュリアがマーカスの先祖に殺されたこととマーカスがまだそれを知らないこと。そして彼を悲しませる真実を自分だけが知っているという重荷……。


 マーカスはあまりうれしそうじゃない眞奈を見て、自分の返事が遅かったので彼女が怒っているのだろうと思った。

「ごめん、約束が遅くなって。でもヘレンの説得ってすごい大変だったんだよ。なんでかわかんないけど、君に絶対会わないって言い張ってさ」


 実際、マーカスにとってこの三週間は、眞奈との約束を守るための説得と交渉の三週間だった。眞奈の失望とみじめさの三週間と同様に、マーカスもヘレン・ハドソンの説得にかなりのエネルギーを費やしたのだ。

 まさか眞奈をそんなに傷つけているとは、マーカスは思いもよらなかった。彼の角度からみれば、やっかいな取引をお姫さまの希望どおり取りつけてきた忠実な騎士であり、褒められるべきであって、けっして責められるべきではなかった。


 もちろん眞奈の角度からみれば、一言連絡をくれればそれで済んだのだが……。ともかくそういったことは当の本人どうしはなかなか気がつけないものなのだ。


 マーカスはヘレン・ハドソンの渋い顔を思い出し、一人吹き出した。

「君、ヘレンにいったい何やらかしたのさ? ヘレンは君の顔も見たくないって息巻いていたよ。そこまでひどいいたずらやったとは、ほんと尊敬するよ!」


 頭の中が真っ白になっている今の眞奈でも、その質問に関してだけは即答できた。

「いいえ、私は何もやってないの。私の方が聞きたいぐらい。単にミセス・ハドソンは私のことが大嫌いなのよ!」


 ミセス・ハドソンの話になると、眞奈はいくぶん冷静になった。

「だから説得が大変だったことはよくわかるわ。ありがとう」

 ありがとうと言われて、眞奈が怒っているわけじゃないことを感じたのでマーカスはほっとした。


「でもヘレンはけっきょくOKしてくれたよ、その日リウマチが悪くならなかったらっていう条件つきだけどね。なーに、この一年ほとんど治ってたから大丈夫だよ」、マーカスは請け合った。


 一方、眞奈は、ミセス・ハドソンのリウマチはタイミングよく一年ぶりにぶり返すにちがいないと確信していた。


 マーカスは聞いた。「それで来月半ば頃の金曜日は、今のところ大丈夫?」、


 最初の衝撃からだいぶん落ち着いてきたものの、眞奈はまだ大きな戸惑いを感じていた。怒っているわけではなかったが、それまでの理不尽でみじめだった自分の気持ちのやり場と、ジュリアの事件をマーカスがどう考えるかという心配が先に立った。

 しかし、人を好きだという気持ちは不思議なもので、今、また彼と話ができて素直にうれしかったし、心配はなんとかなるかもしれないという小さな希望になった。


 眞奈はうなずいた。「ええ、大丈夫よ」


「よかった。そしたら、金曜日の最後の授業は歴史で一緒だよね? 授業が終わったら門番屋敷へ行こう」


 そこへステイブリー先生が朝の点呼のため教室に入ってきたので、二人の会話は終わりになり、マーカスはイザベルの横の席に戻った。


 イザベルがちらっと眞奈のことを見た。

 眞奈はイザベルの視線を受けて気まずかった。なんで眞奈なんかと、自分の一番仲良しのマーカスが一緒に何かを話しているのか、その視線はそう語っていた。


 眞奈の近くにいて話が聞こえていたウィルも、ちらりと眞奈の顔を見た。

 彼の目もまた、なぜマーカス・ウェントワースと眞奈が一緒に用務員のミセス・ハドソンなんかのところに行くのか、理由を知りたがっている様子がうかがえた。


 ウィルにいったいなんて話せばいいかな……。

 眞奈は授業中、ずっと居心地が悪かった。

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