13 ウィストウハウスの五つの謎

「何から話したらいいかなぁ」


 マーカスはまだなんとなくウィストウハウスの伝説の謎を真剣に話すのが照れくさかったので、シリアスに語る方がいいのか、冗談半分に語る方がいいのか迷ったが、けっきょく真面目に語った。


「ウィストウハウスの謎でみんながよく知っている有名な話は『少女の亡霊』とか、『ひとりでに動く甲冑の騎士』だと思うんだけど、でも、実はそれ以外にもいくつか謎があって、ウィストウハウスには全部で五つの謎があるっていわれてる」


「五つもあるの!」


「そうだよ。一つ目が『少女の亡霊』、二つ目が『ひとりでに動く甲冑の騎士』。それで三つ目が『誰もいない音楽室から聞こえるピアノ』、四つ目は『棺の中から消えた死体』、そして、五つ目は『過去への抜け道』なんだ」


「なんかどれももっともらしいわね」


「まず一つ目の『少女の亡霊』は、君も知ってるように、ジュリアのことだよ、一八〇年前に死んだ少女の亡霊が現れるってやつだ。学校では一番ポピュラーな伝説だね。


 二つ目の『ひとりでに動く甲冑の騎士』は、中世の薔薇戦争のとき戦って死んだ騎士の甲冑が夜中に動きまわっているというもの。スクールバスのバス停近くにステイブルブロックって呼ばれているクラブ棟があると思うけど、甲冑は今はそこに飾ってあるんだ。毎朝、微妙に立っている位置が違っているらしいよ。


 それで三つ目の『誰もいない音楽室から聞こえるピアノ』は、音楽室のグランドピアノを呪われたピアニストが弾いているという話だ。 


 四つ目の『棺の中から消えた死体』は、ウィストウハウスの敷地内に一族専用のプライベートチャーチとお墓があるんだけど、そのお墓に埋まっているはずの棺がいつのまにかむき出しになっていて、棺の中から死体が消えているというもの。


 そして最後五つ目の『過去への抜け道』は、お屋敷のどこかに現在と過去をつなぐ秘密の通路が存在しているという話。これらの伝説がウィストウハウスの五つの謎っていわれてるんだ」


 眞奈は多少は不気味に感じつつも、マーカスが語る伝説のストーリーに魅了されていた。日本にも同じように学校の怪談はあるが、薔薇戦争とかプライベートチャーチとかはさすがにイギリス的な色づけだった。


 マーカスは続けた。

「さっき会ったとき、君にこんな場所で何をしてるのかって聞かれて、スケッチしてたって言ったろ。このスケッチブックだけど、実はウィストウハウスの建築図を描いているんだ」、マーカスはスケッチブックを広げて眞奈に渡した。


「建築図?」


 眞奈は渡されたスケッチブックをパラパラとめくってみた。


 そこにはウィストウハウスの見取り図や断面図、立面図などが鉛筆で精巧に描かれていた。ページ何枚にも渡ってウィストウハウス敷地内の全部の建物が網羅されているようだ。


 ウィストウハウスの各部屋のレイアウトや位置、おおよその広さと高さ、廊下や階段などが一目で把握できる。しかもところどころ家具や内装が描かれ、まるで絵地図だった。


「マーカス、これ全部自分で描いたの? すごい!」、眞奈は感嘆した。


「見取り図は資料を参考にしたんだよ。でもその他の細かい部分は実際に建物を歩いて確かめながら描いたんだ」


「へぇー、かっこいいじゃない! 本物の建築家の設計図みたい」


「実は昔から建築家になりたいと思ってたりするんだ」、マーカスは照れた。


「絶対なれるよ!」


「ありがとう」


 眞奈はふと建物の現実的な描写の横に、女の子の絵がスケッチされているのを目にした。少女はひかえめに微笑んでいる。

 絵は簡単な落書き程度だが、よくイザベルの特徴をとらえていた。さすがにウィストウハウスの見事な建築図を書いているだけあって、ウィルのジェニーの絵や他の生徒の絵と比べてなかなか上手だった。


 眞奈はイザベルがうらやましいという気持ちで胸がいっぱいになった。でもそれを表に出すわけにはいかない。


 代わりに眞奈は、「でもどうして建築図を? 何かウィストウハウスの謎と関係あるの?」と聞いた。


「外の壁面の凹凸と、中の部屋の造りが一致してるかどうかを調べているんだ」、マーカスはさらっと答えた。


「凹凸?一致?」

 眞奈は自分の英語理解力のなさで、マーカスの話が飲み込めないのだろうと思い、すまなそうに言った。

「私、英語よくわからないの。ごめんなさい、もう一回言ってくれる?」


 マーカスはとんでもないという顔をした。

「いや、英語のせいじゃないし、君のせいじゃないんだよ。誰にもなかなか理解してもらえないんだけど……、実はこの建築図を使って、ウィストウハウスの五つ目の謎の『過去への抜け道』を探しているんだ。『過去への抜け道』を通れば、またジュリアに会えるかもしれないって思ってさ」


「え、でも、マーカスはジュリアのことはもう信じていないんじゃなかったの?」


「もちろん、もう子どもじゃないんだから、そんなの信じてないし、ほとんど忘れているんだけど、興味があるっていうか、信じてなくても探しちゃうっていうか……。なんかそういう話って面白いだろ? 建築図描きとかも宝探しの地図みたいでかっこいいし……」

 マーカスはきまり悪そうに笑った。

「でも、もし君がジュリアや第二、第三の亡霊と会ったというなら、君の言うように『過去の世界』に行ってきた可能性が高いね。君は『過去への抜け道』を通ったんだ」


 眞奈は同意した。

「そうね、『過去への抜け道』は単なる伝説ではなく、本当にウィストウハウスに存在しているってことになるわね」

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