オレが魂を削るたび カノジョは愛を取り戻す

タオ・タシ

第1話 オレ-魂=カノジョ+愛

1.


 俺、直正洋太なおまさ ようたがその奇妙なラベルを見つけたのは、カッコ悪い偶然からだった。

 すっかり陽も落ちた部活の帰り道。いつも通る道が工事で通れなくなっていた。いかにもすまなそうに頭を下げる交通誘導員のオバサンに苦情も言えず、俺は指示されたほうへ向かう。なんで俺がこんな目に、とぼやきながら。

「朝は通れたのに……」

 だいたい、歩いて帰ること自体がもう、俺の心を暗くしていた。高校への通学で使ってる自転車が壊れて店で預かりになってしまったからで、カッコつけて代車を借りずに来た結果がこれだよ。

「ダリい……」

 12月の寒さがダッフルコートを通して身に沁みる中を早足で歩いて数分、

「あれ? ここ、こんなに長かったっけ?」

 ちっとも曲がれやしないじゃん。先を見通してみても、暗くてよく分からないし。

「なんかこーゆーの、ネットで読んだような……」

 そう考えると、後ろに何かいそうで怖くて振り返れない。幸か不幸か、前からも後ろからも誰も来ないし。

 しようがねぇ、もう少し歩いてみるか。

 その時、俺は細い路地を見つけた。横歩きで行けば通れそうな、いかにもな空間。その向こうに、俺が行きたい道が在るような気がする。なんとなくだけど。怖いけど。

「行ってみっか」

 そうつぶやいて、さっそくカニ歩き開始。その前に、誰かに見られてないか、ちゃんと確認して。自転車じゃなくてよかったぜ、なんてつぶやきながら。

 思ったより狭くて、スニーカーのつま先とかかとがコンクリートブロックに擦れる。そのザリザリという音を残しながら暗い路地を進む。目の前のコンクリから、冬の冷たい匂いがする。

 と、行き先が妙に明るい。

 そのわけは、空き地だった。俺の部屋の5倍くらいの広さを持つ、ちょっといびつな形の草地だ。斜め向こうには、側溝を挟んで道路も見える。空き地が明るかったのは、その道路に立つ街灯のせいと分かった。

 目の前が開けたことに思わず息を吐いて、もうカニ歩きをしなくて済むじゃんと空き地に踏み込み――段差に足を引っ掛けた。

 情けない声を出してつんのめって、でも惨めな転倒だけは避けようと必死の努力も空しく、俺は石か何かにまたつまずいて草地にダイブしてしまった。

「~~痛ぇ!」

 かろうじて地面についた両手も、左右の膝もじんじんする。なにより、

(ダッセェ……)

 こんな格好、学校のやつらには見せられない。起き上がろうとした俺の眼は、前に落ちていたものに吸い寄せられた。壊れた植木鉢の側面に貼られた、白地のラベルに。

『オレ-魂=カノジョ+愛』

 ……意味が分からない。でも、なぜか惹きつけられる。なんでだ?

 もっとよく見ようと身を乗り出しかけた俺を、光が襲った!

「?! 誰だよ?!」

 驚いて振り向くと、それはスマホを顔の前に構えた女子だった。着ている制服は、うちの高校のだ。あの光は、彼女が写真を撮ったのだろう……って、落ち着いて分析してる場合かよ!

 自分にツッコミを入れてるあいだに、俺は2度目の驚きを体験した。スマホを下ろしてにんまりしたその女子は、

「! 深那美!」

 そう、隣のクラスの籾井深那美もみい みなみだったんだ。

 写真なんか撮るな。そう言おうとしながら立ち上がった俺に、深那美は言った。

「洋太君、そこどいて」

「は?!」

「危ないから」

 彼女がそう言いながらスマホをしまい、代わりに取り出した物。それは、

「……ピストル?」

「どいて」

 彼女が両手で構えるのは、その小さな手には不釣合いな大きさのピストルだった。そのことをようやく理解して、俺が後ろにのけぞった次の瞬間、深那美の両手が上に弾けた!

 タンとドンを混ぜたような――オバカな擬音しか使えないのが、自分でも悲しい――爆発音が俺の心臓をドキリとさせたあと、空き地の縁に立つブロック塀に反響する。

 一方、ピストルから放たれた銃弾――光の線にしか見えなかったが――は、植木鉢の遥か上を通過して、空き地に命中。つまり、

「ああ~、やっぱ外れちゃう……」

 がっくりうなだれた深那美だったが、立ち直るのも早かった。ぐっと顔を上げると、ざくざくと草を踏み越えて、なんと俺のほうに早足で近寄ってくるじゃないか。

 そして、向けられた銃口。

「お、おい、よせ――「洋太君」

 街灯の光を背にした黒い深那美は俺に言った。やけに思いつめた顔と声で。

「撃って。わたしの代わりに」

「……は? なんで?」

「いいから。これは、宿命なの」

 こいつが何を言っているのか、さっぱり分からない。そう言ってやると、

「じゃあ、分かりやすく言うね?」

「お、おう」

「言うこと聞かないと、さっきの写真、ばらまくよ? 女子に」

 そりゃずっと分かりやすくなったけど!

 ばらまかれてたまるかよ、あんなカッコの写真!

「お前……」

 立ち上がって思い切りすごんだつもりだったのに、深那美はクスクス笑い出した。

「なんか、昔の洋太君みたい」

 そう、彼女とは小学校が一緒だったんだ。

「ね、お願い」

 先ほどとは一転して、今度はかわいく手を合わせてくる。

「ちゃんとててくれたら、ばらまかないから」

 ぜんっぜんかわいくねぇ。

 俺は当然の疑問を口にした。

「つかお前コレ、ハンザイじゃね?」

「だいじょーぶ」と深那美は笑う。

「だって、撃った物は傷つかないから」

 モデルガンみたいなもん、なんだろうか。

 しようがねぇ。俺は渋々ピストルを受け取ると、植木鉢のほうへ向き直った。その予想外に硬質な触感と重みに驚きの声を上げながら。

 ピストルがあんなに上に跳ねちまうってことは、しっかり押さえつけて、ピストル本体を近づけて撃たなきゃ。そう考えて片膝を突く。すると、

「あ! ちょっと!」

 依頼主が肩に手を置いて、止めてきた。

「んだよ、せっかく狙い付けたのに」

「もっぺん貸して、それ」

 ブツブツ言いながら手渡すと、深那美はピストルの持ち手を握り、銃身の横に付いたスイッチのような物を下に押した。

 カシュッ。

 ちょっとどきっとする機械音と、金属の擦れ合う音。それを発して、ピストルの上部分が前に素早くスライドした。

「んーと……それから……」

 言いながら今度は持ち手の付け根に付いたボタンを押す。すると、パチっと音がして、持ち手の下が軽く飛び出てきた。どうやらばね仕掛けのようだ。

 彼女がそこから引き出したのは、細長く平ぺったい筒。

「んで、と……」

 いつの間にやら、ピストルを持つのと同じ手に、銃弾を持っているではないか。その手の知識がまったくないけど、本物みたいに見える。

 唖然として声も出ない俺を置き去りにして、深那美は銃弾をさっきの細長い筒に上からはめ込んだ。

「あ、それ、弾込めるやつなんだ」

 深那美は俺のつぶやきに笑ってうなずいて、筒をピストルの持ち手にはめ込んだ。

 ガシャッ。

 そして、ピストルの上部分の後ろをつかんで、思い切り引っ張った。

「せーの!」

 ジャキッ!

 それを聞いて、俺の心は一気に高揚した。なぜって、つい先日ネットで観た海外ドラマで捜査官が同じ操作をしていたから。麻薬密売のアジトへ乗り込む前のシーンだったのも、高揚に一役買ったのだと思う。『せーの!』とは言わなかったけど。

「はい、よろしく」

 いつの間にか立ち上がっていた俺はピストルを受け取って、また片膝を突いた。狙いを定めて、引き金を引く。深那美のように手が跳ね上がらないように、しっかりと腕に力を込めて。

 やっぱりドキリとする発射音とともに、両手に結構な衝撃が来た。どうにか抑えることができたのは、やっぱ男として女に力で負けられないっていうプライドも作用したのかもしれない。

 弾丸は真っ直ぐな光となって突き進み、例の奇妙なラベルの少し上目の所に当たった。

 そのとたん。

 俺と深那美の目の前に、植木鉢から、花火かと思うようなまばゆい光が打ち上がった!

 すーっと俺の頭を越えて、深那美も越えて、5メートルほど上がっただろうか。パッと、しかし音もなく、光は40センチくらいの光の華となって散っていった。

「へー、きれーだな」

 思わず口を突いて出た言葉を我ながら照れくさく思った。深那美がなんにも言わないから、どんな顔してんのかと思って振り返ると、

(泣いてる……?)

 だけど、そのことについて問いただす暇はなかった。

「なんか、空き地のほうですごい音したけど」

 ブロック塀の向こうで声と足音がする。相づちを打つ女性の声と共に。

「逃げるよ、洋太君!」

「バカお前逃げる時に名前呼ぶなよ!」

 俺と深那美は冬枯れの草を蹴散らしながら、一目散にその場から逃げたのだった。


2.


 翌朝。俺は学校へと向かいながら、寝ぼけ眼をたびたびこすっていた。

 昨日の帰り道に起きたあの出来事のせいで、興奮して寝られなかったのだ。

 奇妙なラベル。

 幼馴染。

 ピストル。それを撃った時の、音と光。

 弾が命中して上がった、きれいな光。

 それらが何度も何度も頭の中をグルグル回って、ちっとも寝つけなかった。

 いったいあれは、なんだったんだろう? なんであいつがあんなことしてるんだろう? あれに、なんの意味があるんだろう?

 その時。

「おっはよー、洋太君」

 背後から深那美の声がして、反射的にあいさつを返すと一気に目が冴えた。そのまま横目でにらみつけた先に穏やかな笑顔を見て、ちょっとたじろぐ。亜麻色のショートヘアを寒風になびかせて自転車から降り立ったその顔は、なんというか、仏像みたいな、なんとかスマイルだったのだ。

 その顔が不思議そうに傾いたので、思ったままを話してみる。

「なんとかって……アルカイックだよ、アルカイックスマイル」

 知らないのと笑われてむかつきながら、にらみつけた本来の目的を思い出した。

「おい、深那美」

 でもこいつのほうが速かった。顔をこっちに少し寄せて、

「今日、部活が終わったら、体育館の裏に来てね。来ないと……分かってるね?」

 アルカイックは消え、アクマイックとでも言うべき悪い笑顔になった。



 廊下を通って教室へ向かう時、俺にはどうしても避けられない儀式がある。

 3組の中をのぞくのだ。彼女の姿を求めて。

 もっとも最近は、廊下からちらっと視線を走らせるだけなんだけど。教室の中にある、とある机を探すために。

 今朝も、その机は主が不在だった。昨日も一昨日も、いや、1週間前からずっと。そのことが、俺の胸をいつも苦しくする。

 丹波純たんば すみ。俺の恋人――っていうとめちゃ恥ずかしいけど、とにかく付き合って1年になるかわいい女の子。

 純は今、入院している。1週間前に自宅で倒れた時、打ち所が悪くて意識が戻らないまま。

 純のお母さんからは、部活や勉強を犠牲にせず、時間の空いた時でいいから見舞いに来てと言われている。

 実際、彼女は俺の言葉になんにも反応しないんだ。普通のお見舞いなら、病気の状態とか怪我の治り具合を聞いて会話ができるんだけど、それもない。

 でも俺は、部活が終わった後にできるだけ行くことにしていた。何か言葉をかけて、純の眼を覚ましてやりたい。彼女の意識を、俺の声で呼び戻してやりたい。そのほうがカッコいいじゃん。

 主不在の机は、教室の一番後ろにある。いつ復帰してくるか分からないんだから、当然かもしれない。

 でも、それがどうにも薄情に思えて、俺はこのクラスが嫌いだった。

 そして昨日、このクラスを嫌いになる理由がもう一つできた。

「洋太君、毎日熱心だね」

 深那美がこのクラスなんだ。

 彼女の声で注目を集めてしまい、俺は適当にごまかすと退散した。そんなことする必要ないのに。ヘタレな自分が情けなくて、自分の席に思わず八つ当たりをして痛い目にあってしまった。くそっ。



 放課後の体育館裏には、深那美が独りで待っていた。息を両手に吹きかけてこすり合わせているのを見られたのが恥ずかしいのか、さっと後ろ手に隠されてしまった。

 そんな彼女に問いかける。ぶっきらぼうな口調になっているのを自覚しながら。

「んで、何の用だよ?」

「えへへ、洋太君、昨日のこと、不思議でしょ? 疑問が湧いたでしょ?」

「お、おう」

 夕焼けに染まった深那美はにっこり笑って言った。

「だから、洋太君に黒幕を紹介しようと思って」

「黒幕?」

 次の瞬間、俺の真後ろで羽ばたきが聞こえた。ハトやカラスなんてもんじゃない大きな音で。

 驚きで思わず変な声を上げそうになったのをどうにかこらえて、振り向く。そこには、いつの間にか1人の女性が立っていた。

 細身の長身で、この真冬にぞろっとした赤一色のワンピースだけを着ている。緩くウェーブのかかった黒髪ロングが縁取る顔は、クール系のきれいなもの。小麦色というにはちょっと濃い肌の中で目を引くのが、真っ赤な唇。それが、ゆっくりと開いた。

「始めまして、黒幕です」

 戸惑いながらも頭を下げてしまう。何を話したらいいか分からないまま黙っていると、深那美がしゃべりだした。

「このピストルを使って、アルバイトをしてるんだよ」

「アルバイト?」

 ぶっ飛んだ話についていけず、オウム返ししかできない。

 つかお前!

「振り回すなよ! 誰かに見つかったらどーすんだよ!」

「へーきへーき。兵器だけに」

 笑いを必死でこらえている黒幕には悪いが、俺には深那美のギャグセンスは分からねぇ。

「お前、昔っから変わらないな。そのくだらないダジャレ」

 こいつは小学生の時からくだらないことばっかり言って、でもそれがあの時は面白くて、みんなの人気者だったことを思い出した。

 それはそれとして、アルバイトってどういうことなんだろう。そのことを尋ねると、

「あれを解放してもらうことに対する報酬だよ」

 と黒幕は言うのだが、そもそも『あれ』ってなんだとさらに尋ねても教えてくれず、薄く笑うだけ。その対応にちょっとムッとしていると、横から深那美が俺の袖をツイっとつまんできた。

「黒幕さんはね、そのバイト代を洋太に払ってくれるって言ってるんだよ?」

 俺に? なんで?

「君があの銃を使って、光を開放するんだ。というか深那美君では中たらないからね」

「……いくらっすか?」

 情けないことながら、俺の小遣いは少ない。純にあげる予定の――もちろん、それまでに彼女の意識が戻ると信じている――クリスマスプレゼントだって、とても買えやしない。そんな額しかもらってないんだ。

 答えは、黒幕が立てた指4本。

「4千円?」

「ああ、そんなに小額でいいのか。君は欲が無いな。結構結構」

「4億円?」

「洋太君、他人のことくだらないってよく言えるね」

 結局、少し迷った末にバイトをすることにして、無事4万円を黒幕さんからいただいた。もう一つ、深那美とともに1枚ずつもらったのは、

「これ、この市の地図っすよね……あの……」

「なにかね?」

「……動いてるんすけど」

 町に点々と記された赤い丸。その中のいくつかが、地図上を動いているのだ。結構な速度で移動しているとしか思えないもの、なんだか小刻みに震えてるもの……

 見上げた黒幕の顔は、当然みたいな表情をしていた。

「君が昨日見たように、あれはいろいろなものに貼られているんだ。それを見つけ出して、彼女のマカロフで撃ってくれたまえ」

「マカロフ? ああ、あのピストルの名前っすか」

 変わった名前だな。と感想を述べる間もなく、驚くべきことが突然起こった。

「では、頼んだぞ」

 言い終わったとたん、黒幕の背中に、なんと翼が生えたんだ!

 あっけに取られる俺に一瞥をくれて、黒幕は飛び去っていった。つかあいつ、

(笑ってた?)

 そりゃあもう、爽やかな笑みだった。


3.


 自転車屋経由の帰り道、俺は深那美と並ばないように、自転車を飛ばしていた。純以外の女子と一緒に帰ってる姿なんて、純の友達に見られたら困る。困るっていうのに、あいつときたら、

「ふふふふふ」

「気持ち悪ぃ笑い方すんな」

 振り返ったとたんに間を詰めてくる深那美。くそぅ、くだらねぇ手に引っかかっちまったぜ。

「ようたくーん、おはなししながらかえろーよー」

 うっせぇ――って言って追い払えない自分が情けない。

 しようがねぇ、距離を保ちつつ、会話すっか。

「なあ」

「なに?」

「あのバイト、どこで見つけてきたんだよ」

 信号、赤。ちくしょう。

 さっさと横に並んできた深那美の顔は、寒風のせいか頬が赤らんで、とても寒そうだ。

「えへへ、あたしにはいい友達がいるんだよ。その子の紹介」

 うう寒い、と深那美が首を振ると、ショートカットの端っこがフルフルと揺れた。

 横断歩道の先を見すえる俺の額に、冷たいものが当たる。降ってきたのかな、雪。そんな予報じゃなかった気がするけど。

 気が付くと、横から深那美が見上げていた。その眼は、なんていうか、すごく切なげで、俺は思わず顔ごと視線を逸らしてしまった。

 ちょうどその時、信号が青に変わった。全速前進だ。と思ったら、あれ?

「では! またあした―」

 びしっとした敬礼をする深那美から、俺が遠ざかっていく。

「お、おう」

 意表を突かれた俺のカッコ悪い上ずった声が夜風に乗って、真っ暗な空に吸い込まれていく。

 と同時に、スマホが振動した。慌てて停車し取り出した画面には、最近見慣れた文字が表示されていた。

「純の……お母さん?」



 漕ぐ。漕ぐ。めいっぱい、漕ぐ。

 今ほど、自分に脚力が無いことを悔やんだことはない。

 道往く人が、通り過ぎる俺を見て、唖然としてる。そんな顔も、あっという間に後ろへ飛び、記憶からも消える。

 いいんだ。それでいいんだ。俺の未来は、もう5分ほど走れば着く病院にあるんだから。

 信号、赤。またかよ。舌打ちしたりハンドルを指の先で叩いてみたりして、時が過ぎるのを待つ。

 青、GO! 前から来た他校の女子高生が2人、俺を見て吹き出した。っせーな、まったく。

 少し息切れしたところで、病院到着。駐輪場から締めのスパート! 自動ドアが開くのが待ちきれなくて、ガツガツ肩をぶつけながら入場したら、その場にいた病院の職員さんがびっくりしてた。

「君、もしかして面会?」

「はい!」

 人もまばらなロビーに響く大声になってしまい、さらにびっくりさせることになったが、

「だったら早く行きなさい。あと15分で時間だから」

 まさに息つく暇もなく、俺は向かった。どこへって? 純の病室に決まってるじゃねーか!

 彼女のお母さんからの電話は、意識が戻ったっていう内容だったんだ。

 エレベーターのドアの開閉って、なんでこんなにゆっくりなんだろう。なんでゆっくりと昇るんだろう。

 降りてすぐにあるナースステーションの看護師さんたちがこちらに注目するのにびびって、ちょっと早足にスピードダウンしちまう自分が情けない。

 でも、ついに来たぜ。

 その病室の見慣れた扉の前で息を整えてから、ノックする。

「どうぞ」

 聞き慣れたお母さんの声は、どことなく弾んでいる気がする。

 そして、扉を引き開けて病室に飛び込んだ俺は、もう我慢ができなかった。

「純! 純! よかった、戻って……」

 でも、そんな感激に浸る俺の耳に届いたのは、聞き慣れた声の、聞いたことのない声色だった。

「あの……だれ?」

 興奮がすっと冷めて見直した彼女の表情は、不審と警戒その他とにかくネガティブなものが全盛りで混ざった、俺が今まで見たことないものだった。

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