大学生集団失踪事件の真実13              作成日時 2137年01月11日14:39

 街はクリスマスムード一色になりつつある。そんな中、空いているお店の予約を取るのは難しかった。鳥山と楠木によくお店を知っていると思われた蓮口は、甘んじてお店を取っていた。面倒事を自分に押しつけられているだけだと思ったが、後輩だし仕方がないと呑み込んだ。


 12月21日、蓮口は仕事終わりに 2人を案内しながらその場所に連れて行った。隙間なく建物が軒を連ねる街の中、息を潜めるようにひっそりと佇むお店。ドア横の上に黒い看板が飾られ、樹脂で作られた文字が光を放っている。

3人は重みのあるお店のドアを押した。最後尾にいた鳥山がドアから手を離すと、自然に閉まっていく。カウンターの中に入っているシェイカ―を持ったバーテンダーがしっとりとした口調で挨拶をしてきた。

明かりは全体的に暗めの演出がされており、外観よりも広さを感じるようなバーだった。2人から 3人が席につける丸テーブルが点々とあり、カウンターが店に入ってすぐ左に構えている。

お客さんはまるでジャズの曲の雰囲気に合わせるかのように、静かに話をしている。蓮口はホールスタッフと二言三言話して、2人に「行きましょう」と声をかけた。

 蓮口は右に歩き出す。わざわざ英語でプライベートルームという案内表示が,、入り口の上に貼られている。店の端にある個室への通路の入り口に入る。スポットライトに照らされながら踊り場のある階段を上り切ると、黒で統一されたスタイリッシュな通路に、小さな丸窓のついたドアが通路の両サイドいくつも並んでいた。

番号6の個室の扉を開けて、中に入る。小さな個室だったが、寛ぐには最適な部屋の広さのように楠木は思った。

淡い紫色の光に染まった部屋に、アクアリウムやら透明なテーブルというシンプルな内装で、テーブルにはピスタチオやハーブと、クリームを付けて食べるクラッカーが置かれている。背広をハンガーにかけ、適当にL字型の黒いソファに腰かける。


「お前、よくこんなところ知ってるな」


楠木はネクタイを緩めて言う。


「友達に教えてもらったんですよ。ここに来たのは3回目くらいですけど」


「ほーん、じゃあ、こんなところで女の子とかと飲んでるわけだ」


「なわけないじゃないですか。男だけのやさぐれトークですよ」


蓮口はノートパソコンを取り出し、動画を観られるように準備する。


「ふぅーーー」


 楠木は鳥山の行動に注目した。鳥山は目薬を差していた。


「あれ? 鳥山さんってドライアイでしたっけ?」


「いや、最近目が疲れてるせいかしばしばするんだ。だから、な」


そう言って目薬を見せながら微笑む。


「昨日は裏取りに時間かかりましたもんねぇ。早く逮捕状請求できるようにしろってね」


蓮口は毒を纏う笑みを零す。


「上がそう言うなら俺たちはそうできるようにするしかないだろ」


「できましたよ」


蓮口はパソコンの画面を楠木と鳥山に向ける。


「お前の方にも向けろよ。見えないだろ」


楠木は思いやりで指摘するが、蓮口は遠慮する。


「大丈夫ですよ。僕はこの携帯で見るんで」


蓮口は自分の携帯を見せる。


「は?」


鳥山は怪訝な表情をする。


「ミラーリングですよ。知らないんですか? さすがに鳥山さんでも知ってると思ったんですけど」


「悪かったな。機械音痴で」


「えっと……なんかすみません」


 蓮口は鳥山の睨みに目を合わせるのが居心地悪くて携帯に視線を落とし、手早く操作する。

楠木と鳥山は蓮口の動画準備が整うまでにそれぞれの家庭ことを話して時間を潰す。その間にスタッフがカクテルとシャンパン、生ハムやじゃがバターを持ってきてくれ、動画を観るのに邪魔にならないよう適当に並べていく。


「できました」


3人はワイヤレスイヤホンをつける。


「再生ボタン押せばいいか?」


楠木が蓮口に確認を取る。


「はい。どうぞ」


楠木の指がタッチパッド上に滑り、クリックボタンを押した。


 越本は暗がりの中にいた。ランプと天井から降り注ぐ光だけ。越本は地べたに座っている。なんとも簡素な木の四角い柱がある部屋。部屋というには狭いように見える。


「これどこですかね?」


蓮口は眉間に皺を寄せて問いかける。


「こんな狭い部屋は捜査資料にも記載されてないぞ」


鳥山もいぶかしげに呟く。


「××警察署のみなさん、前回の動画もまた不具合が起こったため、動画が途中で途切れてしまいました。みなさんもお気づきかもしれませんが、これは僕の意図した演出ではありません。全て、が起こしているものです。何者かは、この事件の鍵と言っていいでしょう。この動画を観ていれば、その誰かがみなさんの下に、必ず姿を現します。

では、前回の続きです。白川は火野の泊まっていた部屋で、火野翔馬とワインを飲みました。そのワインにはあらかじめ睡眠薬が白川の手によって入れられ、火野翔馬は眠りについてしまいました。

それを確認した白川琴葉は部屋を出ました。自分の泊まっていた部屋、『embody』に行き、自分の死体に見せかけた人形などを運んだソリや血のりの入っていたポリタンクを持ちました。部屋を出て、書庫に行ったのです。実は、書庫には宮橋和徳も知らない秘密の部屋があったのです。

屋根裏部屋。それはとても分かりにくいところにありました。山口春陽は、以前宮橋和徳と 2人でここに来た際、それを見つけていました。

その時は既に火野翔馬をらしめる計画を立てている段階で、何か使える物はないか視察を行っていたんです。山口は宮橋の親父さんさえ知らなかった屋根裏部屋を奇跡的に見つけ、計画にその部屋を使うことをみんなに提案したんです」


「簡単には見つけられない場所にあるのかもな」


鳥山は腕組みをして呟く。


「山口春陽が宮橋和徳と事前にこの山荘に来たことは、計画の肝と言っていいでしょう。山口春陽は、宮橋がいない時にこの山荘に侵入できる隙を作るために行った。

まず施錠を忘れがちな風呂の窓。滅多に使わない山荘であれば、穴となる。山口春陽は風呂の窓を開けておいたんです」


 動画の状態は前回と同じ音量でサーという砂嵐のような音が聞こえる。それだけで、奇怪な異変は見受けられない。他に変わったことと言えば、越本が少し元気になったことだろうか。気だるい雰囲気は全て吹っ飛んだような様子だ。

おそらくこの当時も警察に追われ、世間のお尋ね者となっていた越本。そんな渦中の男は大胆にも事件現場となった山荘に足を運び、動画を撮影している。

異常な人格者と見られてもおかしくない。もしかしたら、それが狙いだったのかもしれないが、結局越本は警察にも捕まえられなかった。そして危険を冒してでも復讐をするために動画を撮った。


「白川は書庫の天井にある屋根裏部屋の入り口を開け、備え付けの階段を下ろして、屋根裏部屋にソリとポリタンクを隠し、山口が事前に書庫に隠しておいた缶詰を持って、僕が今いるこの屋根裏部屋に身を潜めたのです」


「じゃあ、白川琴葉はずっと屋根裏部屋に隠れていたということか」


 楠木は顎を擦りながら言葉にする。


「もしかして、越本薫はずっと屋根裏部屋に隠れていたんじゃ!」


蓮口は顔を晴れやかにして言う。


「その可能性はあるかもしれないが、今となってはもう手遅れだ」


鳥山はため息交じりに呟く。


「まあ、そうなんですけどね」


蓮口は思わず上がったテンションのやり場に困って口ごもった。


「そして、僕らは白川琴葉を探しに外へ出ました。その間に白川琴葉は、屋根裏部屋に置いた血のりの入ったポリタンクと、大きな筆を持って2階に下り、各部屋に脅迫文を書いたんです。

車のタイヤをパンクさせたのも、木を倒して道を塞いだのも、白川琴葉を含め、計画を企てていた他3人が協力して工作したことだったのです。

朝になって僕らは脅迫文を見つけました。脅迫文の文面から、僕らは白川琴葉が言っているのではないかと思った。そのための脅迫文だったのです。

計画通り、山口春陽が脅迫文を無視して部屋を出ると言い出し、安西美織も、僕と宮橋、ターゲットとなっていた火野翔馬の監視の目を逸らすために山口春陽と山荘から抜け出したのです。

三嶌璃菜が残ったのは、僕らがどういう行動をするのか監視するためです。計画とはいえ、僕らがどういう行動を起こし、どういう考えを持っているか把握するためには、僕らと行動を共にする仲間が必要だった。その役に三嶌璃菜があてがわれたのです。

第 2の死体、山口春陽に似せた人形ですが、事前に屋根裏部屋に用意してありました。既に焦げたように加工されていました。

屋根裏部屋は、元々屋根や暖炉の煙突の補修用の移動手段として、前家主が作ったものでした。しかし、前家主が死んでしまい、伝えられないままその通路が残ってしまったのです。

白川は屋根に上がり、計画の時間通りに山口春陽の人形を煙突から投げ入れた。犯行を終えた白川は、迅速に屋根裏部屋へ身を隠した。書庫の上にある屋根裏部屋の存在を知らない僕たちは、そこを調べることもなく、白川琴葉の亡霊がやったのではないかという気持ちにさせられたのです。

そしてあの脅迫文が、僕らの動きを封じました。暖炉の中で燃えていた人形の胸に赤く光っていた文字は、黒鉛こくえんでした。黒鉛は鉛筆やシャーペンの芯などに使われます。黒鉛は火に晒されれば赤く発光します。粘性のある黒鉛を文字の形に作って、完成途中の粘土人形の胸に埋め込み、頭、体全体を焦げるまで炙って完成させたんです」


 すると、突然オレンジ色のランプの光が輝きを増した。ジジジジといびつな音を出しながら越本の驚いた顔を照らす。体を遠ざけ、様子を窺い、天井から降り注ぐ明かりを見上げる。

しかし、ランプの光はすぐに元の強さに戻り、音もなくなった。

サーという雑音以外音のしなくなった映像が流れる。越本は自分の周囲を見回して、言い知れぬ気配を感知しようとしている。


「前回の反省を踏まえ、今日はここまでにしておきます。ご視聴ありがとうございました」


アクアリウムの中の酸素供給装置が、部屋にぶくぶくと音を残した。

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