第2話 英雄の正体を知る男

「姉ちゃん、これ以上は進めんよ」


 赤坂警察署の手前で規制線が張られており、木部が乗っていたタクシーは交通渋滞にはまってしまった。周囲の乗用車はクラクションを鳴らし、前の車を責め立てているようである。すぐ近くではSEEDという化物が現れているにも関わらず、自分には関係ないことだと言わんばかりに、皆自分のことだけを最優先している。


「そしたら、ここで降ります!領収書は東方新聞社でお願いします!」


 木部きべは抜かりなく会社名義で料金を支払うと、渋滞する国道246号線に降り立った。


「目撃情報があったのは・・・赤坂のTBSビル前、赤坂テラスか・・・」


 クラクションを鳴らし続ける車の前や後ろを通りながら、木部は赤坂テラスへと向かう。しかし、流石は警察署の前、国道脇のどの道路にも警察が配置されており、一般人の侵入を規制していた。


「これ以上は危険ですので、近づかないで下さい!」


 ガタイのいい、若い警察官に止められる木部。しかし、彼女は何としても英雄ルージュに取材がしたかった。


 木部はあの日の夜にルージュに助けられてから、これまで一度もルージュを目にする事は無かった。もう一度でいいから一目会い、そしてあの日のお礼を言いたい。木部はずっとそう考えていた。そして、ルージュの正体が青年であると考えている木部は、何故彼がルージュになったのか、何故SEEDと戦っているのかを是非とも取材したいとも思っている。


 世間が英雄と崇めているルージュの正体が、実は若い青年だったという記事が世間に広まれば、彼はきっと国民栄誉賞を貰えるほどの人になれるのではないか、彼のことをもっと知ってもらえるいいきっかけになるんじゃないか、そう考えていた。だからこそ、彼女は何としてもルージュに会わなければならないと意気込んでいるのだ。


「東方新聞社の者です!SEEDとルージュについて取材がしたいんです!少しでいいので、中に入れてもらえる事はできませんか?


「無理ですよ!この中に一般の方が入るなんて危険過ぎます!それに、最近多いんですよ、新聞記者の方が勝手に現場に入って殻として遺されていたというのが」


 世の新聞記者がこの事件を見過ごすはずが無い。木部の他にも、同じようなことを考えている新聞記者は何人もいるということだ。だが、いくら記事を求めて現場に潜り込んでも、自らの命をその場で落としているようでは本末転倒である。スクープを追い求める者、掴んだスクープを世に発信するまでがその人の役目であると、木部は常日頃からそう考えている。しかし、木部もスクープを追い求める者の一人、まずは何としてもそれを掴みとりたいと考えているのは自然な流れである。


「ほら、早く帰って下さい。ここは当分の間封鎖されますから。諦めて、帰って下さい」


 その警察官は若いながらもしっかりと警察官としての自覚がある。そのため、何が何でも木部を規制線の向こうに入れまいと説得を続けていた。木部もそれが分かったのか、ここからでは先に進む事はできない、そう思い他の路地から赤坂テラスに向かおうと考えていた。


「分かりました。他を当たりますね」


「えっ?他ってどういうことですか?!ちょっと、お姉さん!」


 木部は履き慣れたヒールで国道を南下する。その後ろ姿をただ呆然と眺める若い警察官。面倒な人と会ってしまったという様な、実に嫌そうな顔をしていた。




 木部はしばらく国道に沿って歩道を走っていた。何処かに手薄な路地があるはずだと、そう思っていたのだか、等間隔に配置された警察が睨みを効かせており、なかなか現場に向かうことができずにいた。


「もう!どこもかしこもダメじゃない!」


 もう諦めて引き返そうか、木部がそう思った時、丁度赤坂郵便局まで来たところで、警察の姿が疎らになったいることに気が付いた。


「ラッキー!ここからなら少し遠いけど、行けるんじゃないかしら」


 すると、木部は辺りを見渡すと、何の躊躇も無く規制線の下を潜り路地へと入って行った。そして幸運なことに、一度も警察にすれ違うことなく、赤坂テラス近くまで来ることができたのだ。


 SEED目撃の速報が入ってから既に一時間以上が経過していた。やっとの思いで赤坂テラスに出ると、木部はその光景に言葉を失った。そこにはいつも夕方のニュースで映し出される赤坂テラスは無く、地面はえぐられ、近くにある赤坂BLITZは無惨にも半壊。そして、至る所に敷かれたブルーシート。それはまるで、あの日の夜の渋谷と何ら変わらなかった。


「酷い・・・」


 抉られ地面には血痕が残されており、被害の凄まじさが見て取れた。


「一体、何が起きたらここまでの被害が出るというの・・・」


 木部はただ呆然とその光景を眺めていた。すると、そんな木部を見付けた警官に声を掛けられた。


「ちょっと!何勝手に入ってきてるんですか!規制線が張ってあったの分からなかったんですか?」


 ベージュのロングコートが良く似合う、三十代前半の男性。木部のところの編集長と同世代でありながら、こちらは爽やかな印象の美男子である。


「あ、すいません。気付かなくって・・・」


 申し訳なさそうに、あたかも規制線の存在など見もしなかったかのように振る舞う木部。しかし、周囲に広がる光景があまりにも衝撃的過ぎて、木部は心ここに在らずといった表情をしていた。それもそのはず、木部はあの日の夜にSEEDに襲われ、何とか会社に復帰するも、今日までSEEDの現場を見れなかったのだ。同期が目の前でSEEDに精気を吸われているの目の当たりにし、そのトラウマを克服して頑張ってきのだが、いざ現場に向かってみても、当然警察には止められる。やっと規制が解除されたかと思うと、そこにはもう何も残されておらず、ルージュの影すら有りはしなかった。そんな彼女が、再び残酷な現場を目の当たりにしたのだ、呆然としてしまうのも無理もない。


「あの、大丈夫ですか?まさか、現場に居合わせた方ですか?」


「いえ・・・、そうではないですが・・・」


「でしたら、どうぞお引き取り下さい。ここは、貴女のような方が来るところではありません。自分が外まで送ります。あの、歩けますか?」


 それでも、木部の中の記者魂は死んではいなかった。何とか心の正常に取り戻すと、コートの内ポケットからペンとメモ帳を取り出し、勝手に取材を始めたのだ。相手は勿論、木部の目の前にいる警察官である。


「刑事さん!今回のSEEDに関する事件について、詳しくお話お聞かせ願えませんか?」


「いきなりなんだよ!そういうのは、警察が後日書類で発表してるでしょ!それで、確認して下さいよ!それより、もう大丈夫何ですか?」


「はい、大丈夫です。御心配おかけして申し訳ありません」


「まあ、大丈夫ならいいんですけど・・・。じゃなくて、大丈夫なら早くここから出て行ってください!まだ、現場の後処理が残されているんですから!」


 彼の言う後処理とは、所々に敷かれたブルーシートの処理のことである。あの下には、SEEDに精気を吸われ、残念ながら亡くなってしまった方の『殻』が置かれている。警察はそのような遺体と呼ぶにはあまりにも奇妙な殻の処理も行っている。具体的には身元の特定と、ご遺族への連絡。そして、ご遺族への殻の受け渡しである。中には、身元が分からない方もおり、警察は殻の引き取りまで受け持っている。遺体と異なり、腐敗することもなく、ほとんど皮だけの『殻』。何故SEEDに精気が吸われた方が、このような姿になってしまうのか、謎の一つでもある。


「でしたら、ルージュについてお話をお聞かせ下さい!ルージュは今日も現れたんですか?」


「彼についてのことは、何も話すことはありません!ですから、もう帰って下さい!」


 警察がそう言った瞬間、木部の表情が一変した。眉をしかめ、何かを疑う表情に変わると、木部はじっと警察の目を見詰めた。


「な、何ですか・・・」


「刑事さん、貴方、何でルージュが男性であることを知ってるんですか?今貴方、ルージュのことを『彼』って言いましたよね?それは、ルージュの正体が男性であると知っているからですよね?」


 木部は落ち着いた口調でそう話すと、ゆっくりと警察に歩み寄る。木部が一歩、また一歩と近づくにつれ、警察は一歩、また一歩と退いていく。


「私、ルージュの正体が若い男性だって知ってるんですよ?」


 木部は警察の目を逸らさず、はっきりとそう申した。すると、警察も観念したのか。ベージュのコートの下に着ているスーツの内ポケットからカードケースを取り出すと、慣れた手つきで名刺を一枚取り出し、それを木部に差し出した。


「これは?」


「ここでは話せない。後日連絡してくれ。そしたら、彼について俺が話せることを教える」


 彼が渡した名刺には、『警視庁特殊係』と書かれていた。これは、SEEDが現れてから作られた、SEEDに対抗するための新設部署であり、SEED対策本部に所属している人間である証である。


 彼の名は、篠崎。ルージュの正体を知るSEED対策本部の人間である。



 

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