警察官は今日も宴会ではっちゃける

饕餮

出会い編

出会いました

 駅から徒歩三分の距離にある、雑居ビルの地下。そこにはチェーン店の居酒屋があって、私こと室田むろた 小夏こなつはそこに勤めている。


 現在、午後九時半ほど。仕事を終えたサラリーマンやOLなど、会社帰りや居酒屋を梯子しているらしいお客さんが複数組いる。

 今日は金曜日だからなのか、いつもの平日より人が多いし回転が早い。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


 扉が開く音がしてそちらを見れば、常連さんでもあるスーツを着た男性が五人いて、店長が対応していた。


「今なら座敷とテーブル、どっちでも大丈夫ですよ」

「じゃあ、座敷で」

「はい。五名様、お座敷にご案内でーす!」

『いらっしゃいませー!』


 店長がそう叫ぶと私を含めた従業員から声があがる。私は今、パントリーで生ビールやらカクテルやらを作っていて忙しいので、声だけを飛ばした。


「小夏ちゃん、こんばんは」

「……こんばんは、森川さん」

「え、それだけ? もうちょっと構ってほしいなぁ」

「見ての通り忙しいんで、そんな暇はないです。それと、いい加減、名前で呼ぶのを止めてくださいよ」

「いいじゃないか、店長だって板長たちだって、小夏ちゃんを名前で呼んでるんだしさ。それにしても……相変わらず、つれないなあ」


 そんなことを話しながらも、ドリンク類を作る手は止めない。つか、その原因を作ったのは貴方でしょーが! と内心で叫ぶも、今はそれどころではないのでシカトです、シカト。

 そんな私の様子に溜息をついた森川さんは、先にお座敷に行った仲間を追いかけて行った。それを視界の隅に捉えつつも、手は動かしている。


「五卓のドリンクできましたー! あと三卓の生中も!」

「よろこんでー!」


 できたドリンクの卓番を声を張り上げて伝え、また次のオーダーを作る。まあ、あとは生中だけなので楽ではあるんだけどね。

 ドリンクを取りに来た店長にあとを託し、空いたスペースに生中を乗せるとまた声を張り上げて卓番を告げた。



 ***



 私と森川さんの出会いはなんだかんだで一年前。名前を知ったのは半年前だった。

 最初は体格のいいお客さんだなー、くらいにしか思ってなかった。


 基本的にパントリーから出ない私はあまりお客さんと接することはないんだけど、フロアが忙しい時はパントリー前にある、カウンター席に座った人のオーダーを取ったりすることもあった。

 森川さんはそんなお客さんの一人で、だいたい三~五人くらいで飲みに来たり、たまに一人で来た時は板場のカウンターやパントリーの前に座り、黙々と料理を食べたりお酒を飲んで帰る人だった。

 その時は彼の名前すら知らなかったし、真面目な人なんだなあ、くらいにしか思ってなかったのだ。

 店長や板長、古参の社員やバイトとはよく話してたから、常連なんだなって思ってた。その時の私は入ったばっかりだったしね。

 そのという認識が変わったのは、半年前の座敷を貸切状態にした宴会だった。


 うちの店は満席時で百人、座敷は襖を取り外して開放すると五十人は入る。

 その日は警察官の宴会がある日で、開店前から板長と一緒に出勤し、カクテルやビールのチェックなどをしていたのだ。板長は料理の準備をしていた。


「小夏、手が空いたらこっち手伝って」

「はーい」


 ちょうど手が空いたところだったので盛り付けを手伝い、お通しを作ったり洗い物をしたりした。

 ちなみに私の出勤時間は板長と同じ午後二時から十一時までで、一時間の休憩があり、店の開店は午後五時。お店自体は翌朝の四時までやってる。

 その間の私の仕事は、開店までにドリンクの発注をしたり店の掃除をしたり、前日に洗って伏せてある醤油やソースの瓶にそれらを詰める作業やお通しを作ったりしている。手が空けば調理場で洗い物をしたり、来た食材を冷蔵庫や冷凍庫にしまったりする手伝いをしていた。

 板長が仕込みをして、その手伝いをすることもある。主にツナ缶の油を切ったり、お米(一升分)を洗ったり、焼おにぎり用のご飯を握ったり、甘エビの殻剥きをしたりとかね。

 私たち以外のフロアの人や調理場の人が出勤してくるのは、午後四時。全員揃ったらチャップ――まかないご飯を食べながら、店長から宴会の確認とその日のオススメ食材と料理を板長から言い渡され、店長が看板や紙に書いていくといった感じになっていた。

 その後、開店準備中と開店してからの一時間が私と板長の休憩時間となる。その時間はお客様もまばらで、比較的空いているからだ。


「小夏、今日は飲み放題が三件ある。うち一件は警察官の宴会だから、料理より飲み物が出るぞ。瓶ビールやウーロン茶、ジュース類は足りそうか?」

「今のところビールケースに入ってるビールと瓶のジュース類は満タンで、キンキンに冷やしてあるし、予備が五ケース。生ビールサーバーも予備が三本あるよ。あと三十分もすると、カクテルの原液各種とサーバー五本、追加でビールが五ケースくるから、大丈夫だと思う。ジュース類も追加で頼んだし」

「なら大丈夫か。ウーロン茶なら駅前の二十四時間スーパーに同じのがあるから、そこで買ってくればいいしな」

「だね」


 板長と一緒に甘エビの殻を剥きながらそんな話をする。警察官も宴会するんだなあ、なんて、その時はそんなことしか思ってなかった。

 座敷に人数分のおしぼりと割り箸、天つゆを入れる器と取り皿、コースターの上にビヤタンを伏せて置く。

 開店と同時に気の早いお客様が数組来て、彼らのドリンクを作ったりしている間に五時半になり、警察官がやって来た。細い人もがたいのいい人もいたけど、その中に見慣れた人が数人いた。


(あのがたいのいい常連さんたち、警察官だったんだ)


 そっかー、なんて思いながら瓶ビールの蓋を栓抜きで開けながら入って来た人を眺める。遅れてくる人もいるらしく、先に乾杯だけしたいからと言うので瓶ビールを座敷に運んだ。


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