第2話

その日、彼女は夕暮れの時間帯に海岸に着くように電車に乗った。


夏場はそんな時間帯でもそこそこ人がいるはずだが、季節は秋で、夕暮れ時はかなり空気は冷たい。

駅から海岸へ向かうにつれ、人がどんどん少なくなっていった。

目前に、日が落ちつつあるオレンジの水平線と暗い色の波打ち際が開けた時、


ああ、理想通りだ。ここなら実行出来る。


と、彼女は思ったそうだ。


遊園禁止の看板を確認すると、迷う事なくその岸壁を下っていった。

黒くなりつつある、冷たそうな海水に足を浸けた時、不思議と冷たさは感じなかったという。

あるいは感覚が麻痺していたのかもしれない。


すぐに水深は深くなり、ものの数歩も進まないうちに水面は肩ぐらいの高さになった。

その時彼女は異変に気づいた。

何者かが居るのを見た。進もうとしていたその先に。

しかもそれは水の中に居た。

それが人のカタチをした何かだという事はすぐに分かったという。


彼女はつま先立ちの状態で、すでに首の付近まで海水に浸かっていた。

一歩足を踏み出せば、もう足が着かない。

そして、その水中のおぼろげな輪郭が段々とはっきりと見えてきた。


それは、白い顔色をした男の人だった。


暗くなりつつある海水の中で、とても不気味なコントラストだった。

彼女は、電車に乗ってこの海岸まできた事が、何か邪悪な意志によってお膳立てされていたように感じたという。

あれほど死ぬ事を熱望していたのに、その瞬間激しく後悔した。


来るんじゃなかった。


やがて波音も波紋も立てず、スーッとその白い顔の男が近づいて来た。

こいつに捕まった時、死ぬんだなと確信した。


来るんじゃなかった。来るんじゃなかった。


恐怖と激しい後悔の中で、今まで何とも感じなかった海水が、肌にささるほど冷たく変化したのを感じた。


わぁ、と思わず叫んだ。


彼女の意志に反して、波のうねりが足の着かない一歩先へ、彼女を押し出した。

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