派遣・静香のホムペ更新曲

いすみ 静江

Secret 001 企業秘密

Start 2018.2.4- (今は何年だっけ?)


Secret 001 企業秘密


 胸が高鳴るわ。倉橋静香くらはし しずかは、万年派遣子ちゃん。もう三十一歳と、三十路オーバーしたと言うのに、あの鬼瓦社長……もとい、真白玉石ましろ ぎょくせき社長室前? 首にされるのかしら? ああ、マシロデザインカンパニーともこれでお終いか。


 ――ああ、倉橋くん。うん、もう来なくていいから。


 な、なんてなったらさ。ガーン。家賃払えないよ。電気が止まってガスが止められて、しまいには、蛇口をひねっても一滴もお水が出なかったりして。ええい、ままよ!


 コンコン。


「倉橋静香と申します。室生天結むろう てんゆう秘書に社長がお呼びと伺ったのですが」


「ああ、入り給え」


 うっあ! 何? 社長秘書が美形だとは聞いていたけれど。宝ー塚! パンパパーン……! 背中に花背負ってますって。


「社長が、君の卒業制作をお見掛けなさったそうだ」


「は、はひ? 卒業制作? ああ、女子桜岡美術じょしおうおかびじゅつ大学造形学部の――。あれは、自助具でしたね。教授に不評でした。はい」


 社長は、逆光に、紫に染めたあごヒゲをいじりながら、大きな背もたれの椅子をくるりとこちらへ回した。


「儂の母はな、今は自助具なしでは自立困難なのだよ。それを女子大生が真摯に取り組んだというから、どんな娘かと思っての」


「ふ、普通ですよ? 私は」


「はい、室生くん。アレをお出しして」


「はっ」


 バーン。何かの赤い巻き紙を広げた。


「社長命令。――福祉事業部広報課へ異動のこと」


 さ、逆らえる訳ないでしょう。仕事にしがみついていたいし。万年コピー取りだったのだから、よしとしましょうか。


「では、こちらにきちんとした書類があるから持って行ってね。シャチョウウインク」


 髭面に負けませんよ。バシッ。ウインク返球。


「我が社は、地球の果てまで行ってもコピー取りだと思っていたわ」


 よく見たら、社内の掲示板に人事異動の張り紙がしてあった。私と同じ福祉事業部へは、他に室生蕾音むろう らいねさんが異動になるらしい。営業からとは、どんな方なのだろう。それより、先ずは現実の作業ね。庶務課の荷物は少ないけれど、それでも段ボール二つになったわ。これを福祉事業部へと運ばないとな。


「はじめまして。室生蕾音と申します。まだまだ新米ですが、よろしくお願いいたします」


 まあ、室生さんって、全く透けることのない黒髪の前髪ぱっつんのボブカットでカッコいい感じだわ。私は、染めてもいないのに少し茶髪の後ろに一つ結びしただけの天パの地味な髪型なのよね。比べられてしまうわ。


「奇遇だわ。私は、今からこの福祉事業部へお引越しです。倉橋静香です。よろしくお願いいたします」


 何もできないのだもの。お辞儀はきちんとしよう。丁寧に頭を下げた。私が下を向いている時に、イタリア製の手入れの行き届いた紳士靴が見えた。顔を上げてびっくり、室生天結さんだった。


「はいはい、期待の新星が二人です。自分、室生は、今日付けでこちらへ異動になりました。多分、暫くだと思います。二人とも、十一時には緑のブースに来てください」


「は、はひっ。分かりました」




 えーと、緑のブースはここね。私は先に来られたみたい。


「すまん、待たせたか?」


 あ、元秘書の室生さんと元営業の室生さんが一緒に来られたわ。


「いえ、全く。……あの、何とお呼びしたら? 室生天結さんと室生蕾音さんがおいでで」


「自分は、室生で頼む。で、こいつは――」

「蕾音でお願いするわ。ね、兄さま」


「兄さま? ご兄弟でいらっしゃったのですか」


 さっすが、二人とも美形だわ。


「その話は後で。早速、本題に入ろう」


「はい」

「分かりました」


「今度、この福祉事業部では、ホームページを立ち上げて、販売促進を多面的に広げることになった。ついては、二人にホームページを作って貰いたい。ホームページ作成のいろはは、自分が教えるから、内容を充実させてくれ」


「はい」

「わ、分かりました」


「先ずは、いきなり作れというのも苦かと思う。何せ、内容がない。そこで、製品の資料、製品の簡単な案内と写真のデータを配るので、アピールしたいポイントを書き起こし、イメージをふくらませて欲しい。今回は、研修も兼ねているので、三ページにする。情報の適度な分量と読み易さを心掛けて欲しい」


 USBフラッシュメモリを蕾音さんと私が各々受け取った。今時だが、何とも便利なホワイトボードにきゅきゅっと構成を室生が書いた。


「最初に来るのが、トップページ。後ろに書いたのは、URLの末尾だ。後、二ページはどうする? こらから書く英数字は半角扱いな」


 一、トップ……index.html


「えーと。こうかな?」


 カタカタとキーを打つ。


 一、トップ……index.html

 二、製品紹介……product.html

 三、会社案内とお問い合わせ……profile.html


「さあ、これを広げてご覧?」


「は、はひ!」

「分かったわ」


 一、トップ……イメージイラスト・リンク・更新情報。

 二、製品紹介……食器部門・衣類部門。

 三、会社案内……企業情報・沿革・所在地・マップ・電話番号・メールアドレス・お問い合わせフォーム。


「天結兄さま、会社案内は詰め込み過ぎな気がします」

「会社では、室生と呼びなさいね。なら、四ページで構わないよ」


 一、ホーム……イメージイラスト・リンク・更新情報。

 二、製品紹介……食器部門・衣類部門。

 三、会社案内……企業情報・沿革・所在地・マップ。

 四、電話番号・メールアドレス・お問い合わせフォーム。


「あら、私はすっきりしたわ」

「では、次へ行こう」


 天結は一旦、ホワイトボードを白に戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る