第10話

 チトセは地に横たわる少女の遺体を見つめていた。


 短い黒髪をした長耳族ディーヴァの少女。

 片腕はもがれて跡形も無く、首は深く噛み千切られて、光の無い瞳は虚ろで何も映してはいない。背丈はチトセとほぼ同じように見える。


「チセと同じ、鉱族リベラノの子だな」


 背後から声をかけられて、チトセは思わずからだを強張らせた。

 カディンがチトセの真後ろから物言わぬ少女の様子を確かめている。


「日が暮れちまう前に移動する。丸耳族アルの二人はズァザ(人体部位蒐集態)に持ってかれても困るからな」


 カディンはチトセの前に出ると、少女に跪いて、半開きのまぶたを伏せてやり、腰の雑具鞄から布帯と小刀を抜き取って、少女の頭がこれ以上傾かないように鞘のままの小刀で支えて固定した。


「カディンさん」

「ん?」

「あの……」


 振り向いたカディンの金眼がチトセの黒眼を貫いて、チトセは思わず視線をそらしてしまう。

 その様子を窺っていたカディンは、屈んだ姿勢でチトセにからだごと向き直ると、チトセが再び話し始めるのをただ黙って待った。

 わずかな沈黙の後、降ろした両手を固く握りしめ、垂れ下がった黒髪を振り払い、チトセは視線を上げて、ようやく言葉を絞り出す。


「その子は、どうなるんですか」

「チセは、鉱族リベラノの葬送を見るのは初めてか?」

「大人の人のなら何度か。でも、大人になれなかった子は……」


 チトセはそれきり、言葉が出てこなくなってしまった。


 カディンは首を固定した鉱族リベラノの少女に視線を落とし、チトセの不安を受け止めたように、声色を少しだけ和らげる。


「チトセやこの子のような、未成熟の鉱族リベラノが命を落とした場合は、鉱床にこそならないが、代わりに土となって大地に還る。その土は栄養が豊富で、植物が育つには申し分ない」


 カディンは少女を抱きかかえて立ち上がり、チトセへ視線を向けた。


「この子も明日になれば、からだが柔らかくなって、大地に還る準備を始める。きっと、土になったこの子の上には、より丈夫で、元気な植物が育つんじゃねえかな」


 カディンの話を静かに聞いていたチトセの表情が次第に緩む。


「まあ、俺はチセがどんな鉱床になるのか楽しみにしてるよ」


 歯をむき出しにして笑ってみせたカディンを見て、チトセは沈んでいた気持ちを彼方へ追いやり、背筋をぴんと伸ばす。


「わたし、誰よりも立派な鉱床になってみせます!」


 カディンは頷いて、瞳を真っ直ぐに輝かせているチトセに微笑んだ。


「おれは!」


 カディンとチトセが声のした方へ揃って向くと、放電半ばで逆立つ髪がところどころ萎え始めたポートが、右腕を天高く延ばして立っている。


「おれは師匠の出来ること全部覚えてみせます!」


 ポートは伸ばしていた右腕を胸元に下ろし、拳を作って誇らしげに力強く握りしめた。


「ちょっと、ポートは今の話関係ないでしょ」


 チトセは気恥ずかしい気持ちを抑えてポートを咎める。


「いーや関係あるね。おれは師匠の一番弟子だからなっ」

「はあ? 何言ってんの、話の流れわかってる?」


 そのままチトセとポートがいつもの言い合いを始めだしたことに苦笑するカディンは、二人を置いてクラヴィウスの待つ広場の出口へと移動した。


 先で待っていたクラヴィウスは、少年少女のいがみ合いを遠目に眺め、目元に笑みをたたえている。


「チトセちゃん、元気になった?」

「ああ、なったなった。ポートもやるな」

「あの子達のケンカ、止めなくてもいいの?」

「もうしばらくはいいだろ。収拾がつかなくなってきたら止めてきてくれ」

「はいはい、さま」


 次の遺体を運ぼうと戻るカディンに、クラヴィウスはわざと声を上げてみせた。

 振り向いたカディンの表情が豊かに変わる。

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