第7話

 緑苔の生え揃う日陰に紛れるように倒れているのは、波打つ金の髪と、顔立ちに幼さを残した、白い法衣に身を包む美しい女性だった。横向きに寝そべる体躯は艶めかしく、胸元のひらいた法衣からは今にも溢れそうな双丘がのぞいている。


「でかい」

「どこ見てんのよ」

「見てねえし」


 心の内をうっかり口に出しチトセに突っ込まれたポートは、顔を赤らめ否定しながらも、流し目でまもなくこちらへたどり着くクラヴィウスの胸元と、倒れている女性の胸元を交互に見比べる。大きさはなかなか良い勝負のように見える。


「あーやらしいやつなんだー」

「はー? そんなんじゃねーわ」


 ポートとチトセがいがみ合いを始めたところで、到着したクラヴィウスが二人の仲裁に入った。


「やめなさいこんなとこで。まったく……」


 ポートとチトセの首根っこを掴みながらクラヴィウスは二人を叱りつける。

 そのまま倒れている女性の様子を確かめようと視線を移した途端、クラヴィウスは息を呑み、鋭く目つきを変えた。


「そこから退がれ!」


 ほぼ同時にカディンの怒声とシーザーの咆哮が飛ぶ。


 クラヴィウスは二人から両手を離し、即座に二人の腕を掴み直して後方へと引いた。

 腕を引かれた二人は体勢を崩し、そろって間の抜けた声をあげる。


 次の瞬間、倒れていた女性が勢いよく跳ね起きて、チトセ目掛けて喰らい付こうと裂ける口を広げて飛びかかってきた。

 が、寸でのところで動きが止まる。

 後方から馳せ戻ったシーザーが女性のすねに噛みつき足止めをしている。


「伏せろ!」


 カディンの声とともに、クラヴィウスが二人の腕を引いたまま後方へと倒れこむ。

 引き込まれた二人がクラヴィウスのからだに重なると同時に、カディンの投げた槍が、女性のあおぐろい喉元へと突き刺さった。

 仰け反った顎がぎこちなく動き、女性は頸部まで貫く槍をそのままにあたまを起こそうともがく。


「ポートはチャージ充電と、俺に剣をくれ!」


 手荷物を放り、シーザーが女性の足元から離れたのを認めて、駆ける速度を落とさぬまま、カディンはポートがからだを捻って持ち上げた剣の柄を握ると、抜き去った勢いで喉元めがけて第二撃を繰り出した。力強い音と共に女性の首が地面に落ちたことに眉をひそめて舌打ちすると、剣戟の勢いのまま足を軸にからだを回転させ、残った胴体を強く蹴り付ける。


 女性の胴体は後方へ吹っ飛ばされ、体勢を崩してすっ転んだ。立ち上がれないのか、仰向けのまま手足をばたつかせている。


「今のうちにもっと退がれ。クラヴィウスとシーザーは二人を頼む。チセは抜刀の体制を、ポートはいつでも撃てるようにしておけ」


 足元に転がった女性の首が音も無く黒く崩れ去り、刺さっていた槍が音を立てて地面に落ちた。

 女性の胴体から目をそらさぬまま、カディンは槍を足元に寄せ後方に蹴り押しやると、剣を構えて外套の裾を大きくひるがえす。


「もしかして、シラファ(都合の良いものたち)?」

「そうよ」


 ポートの問いにクラヴィウスが答える。


「うげえ」

「残念だったね、大きかったのに」


 チトセの言葉に赤面したポートは眉を吊り上げて歯噛みしつつ、何も言い返せずにいる。

 そんなポートを尻目に、シーザーの陰に隠れて様子を窺っていたチトセは、カディンが畳み掛けるのをやめて距離を保っていることに気が付いた。


「クラヴィ姐さま、カディンさんはどうして距離を置いたまま動かないんですか?」


 チトセの質問にポートも反応してクラヴィウスを見上げる。


「今仕掛けてもダメなのよ。アレはね、外側から攻撃しても決定打は与えられないの。内部を見せた時、例えばさっきみたいに喉元とかを見せた時に突き刺したりするのが一番なんだけど」


 クラヴィウスは高く結い上げた巻き毛の髪をわきに払うと、弓に矢を継がえ、シーザーと共に二人を背に隠し、カディンの戦いを見守る。

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