第21話「武将がつけた地名とお館様」
「なあ、これって誤字?」
江に借りたゲームをやっていて、気になったところがあり、江に聞いてみる。
「何が?」
「これ、大阪の“阪”が普通の“坂”になってる」
「あ、それ。あってるし」
馬鹿な質問のために勉強の邪魔をされたと、江は少し不機嫌な声になる。
「え、あってるの……?」
「当時は普通の坂で、“大坂”と書いたのよ。もしくは小さい坂で“
「へえ……」
「“坂”の字が変わったのは、江戸時代からで、“土が
なんだかんだで江は丁寧に説明してくれ、鬼の首を取ったように、間違いだと指摘した自分が恥ずかしくなる。
「松阪牛で有名な
「ほー、武将が地名を変えることあったんだな」
「え……」
「え?」
いつもの通り、江の軽蔑のまなざしが刺さる。
「武将がつけた地名なんて、すごいたくさんあるわよ……?」
「そうなのか……?」
「一番有名なのは
「誰でもなのか……」
「
「えー、そんな理由で……」
「あら、名前は大事よ。“福島”“福井”“徳島”は戦国武将が縁起のいいということで、名前に変えてるし。京都の“
「ああ、確かに県名に“福”が多い気がしてた」
「高知は、
このまましゃべらせていると、朝まで話続けそうな勢いである。
「そ、そういえば、武将の名字が地名になっているの多いよな」
「んー……」
「え、違った……?」
「逆ね。地名を名字してたの。もともと名字はすべて意味があって、偉い人しか持てなかったのは知ってるわよね。時代がたつと子孫が増えて、同じ名字の人ばかりになっちゃったから、どこどこの誰さんって感じで、地名で呼ぶことが多くなるのよ」
「ああ。親戚であるや。小岩のおばさんとか」
「ま、そんな感じね。
「へえ、“藤”がついてる人は藤原の子孫なんだな」
「明治時代に好き勝手つけちゃったから、関係ないことのが多いけどね」
江戸時代まで、庶民は名字を持てなかったが、明治時代になって自由に名乗れるようになるのだ。新しく生まれた名字も多いようである。
「あと、武士は基本的に地名だと思ったほうがいいわね。有名な武家は、だいたい鎌倉時代の御家人の子孫で、名前がかぶりすぎるから、自分の領地の地名を名乗ってるわ。中でも棟梁クラスの“
「へえ、その源平藤には誰がいるんだ?」
「源氏は、徳川、島津、大友あたり。平家は、織田、北条、長尾とか。藤原は伊達、上杉、
「自称? なんのために?」
「“源平藤橘”は由緒正しい名字で、偉い役職になるにはその名字が必要だったのよ。特に源平は征夷大将軍になれる血筋とされ、大名は源平の名字を名乗るために必死だったわ。一番有名なのは家康」
「家康!?」
「家康はもともと
「なんだか怪しいな……」
徳川家康は誰もが知っている征夷大将軍である。実力で将軍になったというイメージがあったが、「徳川」の名前を取るのにとても苦労したらしい。
「ま、信長も自分で藤原って言ってたのに、いつの間にか平家だって言い始めるんだけどね」
「信長もかよ!」
「秀吉は明らかに生まれが低いから、あれこれ手を尽くして、藤原と平を名乗ったわ。将軍だった足利義昭(※2)の養子になってさらに箔を付けようしたけど断られ、新しく“豊臣”という名字を作ったの」
「豊臣ってそういう理由で作られたのか……」
なれぬなら 作ってしまおう 豊臣の、である。
ちなみ江曰く、「豊臣」は、「藤原」や「源」と同じく「の」を入れて、「とよとみのひでよし」と読むのが正しいらしい。
「名前って重要なんだな……」
「この時代は格というものを大切にするからね。そういえば、大名ってどうなれるか知ってる?」
「え? 強くなったら?」
「室町幕府の免許制なのよ。幕府が認めた名門武家を大名って呼ぶの。いわゆる“室町二十一館”ね。殿のことを“お
「あ、うん。時代劇でよく言ってるな」
「実は“お館様”って言っていいのは、認められたその大名だけなのよ。斯波、畠山、細川、山名、一色、赤松、京極、武田などがいるけど、多くが戦国時代初期で衰退しちゃうから、当時の名門でも、今は知らない人は多いかも」
「うん、ほとんど知らない……」
「のちに
江は言うだけ言うと、自分の勉強に戻っていった。
自分もゲームを再開する。野武士ごときが大名クラスの知識を持つ姪っ子たちに、異見するのはやめようと思った。
※1 新田義貞は、南北朝時代に南朝の
※2 足利義昭は15代将軍で、源氏の嫡流、名門中の名門である。
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