第19話「馬と兜」

「叔父さん、車買わないの?」


 毎月のご褒美として、姪っ子たち3人と外食することになっている。

 今日は長い行列を並んで、格安の回転寿司に来ていた。

 車があればもっといろんな店行けるのにと、初に指摘されてしまう。


「買ってもいいんだけど、駐車場がなあ」


 免許は学生時代に取っているし、働いていたときのお金がだいぶ余っているから、車を選ばなければ、購入はそんなに難しいことではない。しかし、今は収入がないので、毎月の駐車場代が少し心配になる。


「じゃあ、馬でも買えば?」


 初はいたずらっぽく笑う。


「馬って道路走れんの……?」

「一応走れるみたいですよ。軽車両、自転車と同じ扱いですね」

「馬が自転車か……」


 茶々が詳しく現行法について教えてくれる。もしかすると、馬を交通手段に使おうという野望があったのかもしれない。


「馬買うなら、戦国時代の馬がいいなっ! サラブレッドはかっこよすぎるから、日本古来からいる小さくて、力強いやつ!」


 買うなど一言も言っていないのに、初は話を膨らませ始める。


「昔日本にいた馬は、よくテレビで見かける馬と違うんだっけ?」

「うん。日本の馬はモンゴルから来たとか言うよね。でも、日本は山が多いから、険しいところを走れるように進化していくんだー」


 初は回る寿司を迷わず次々に取って、みんなに回していく。決断力と行動力が高いため、自然とこういう役目になる。


「古代中国だと、長距離走れる馬が重宝されたみたいですね」

汗血馬かんけつばだっけ? 千里(約5000キロ)を走るっていう」

「はい。血のような汗を走る馬だと言います。三国志の一つ前の時代、武帝ぶていはこの馬を獲るために西方へ遠征しました」

「馬といえば、斎藤道三の子・義龍よしたつ(※1)はかなりの大柄で、馬に乗ると足が地面についたみたい。あと、有名なのは一ノ谷いちのたにの逆落としよね。源義経みなもとのよしつねが断崖絶壁を馬で駆け下り、平家を奇襲するし。怪力の畠山重忠はたけやましげただは馬を背負って、崖を下りてるけど」


 茶々の中国の話に、江が日本の話を付け足した。

 日本の馬は、背負えるほど小さかったのだろうか……? 武将が馬を背負って崖を下っている様子は想像できない。


「その一ノ谷の戦いをモチーフとした兜が戦国時代で流行しますね」

「レーダーっぽいっていうか、船のマストっぽいのが兜についてるやつね! 馬で走ってると、風圧で首もっていかれそう!」

「一ノ谷は、家康と黒田長政のが有名だし。長政のはもともと竹中半兵衛たけなかはんべえが愛用していたもので、福島正則ふくしままさのりに渡り、それから長政のものになるの」

「それいい話だよね! 長政の父・官兵衛が荒木村重あらきむらしげを説得しに有岡城へ行くんだけど、失敗して監禁されちゃうんだー。信長は官兵衛が帰ってこないものだから、官兵衛が裏切ったんだと思い、人質になっていた長政を殺せって命令するの。でも、官兵衛の親友である半兵衛は、信長にウソをついて長政を処刑しなかったんだ。官兵衛は解放されてからそのことを知るんだけど、半兵衛はすでに病死して礼を言えかったんだよー」


 いつの間にか馬から兜の話になっている。姪っ子たちで繰り広げられる歴史トークについていけない。


「官兵衛は半兵衛に感謝して、半兵衛が使っていた“黒餅こくもち”の家紋を使うようになります。墨で丸を書いただけの簡単なものですが、“石高を持つ”につながる縁起のいい家紋です」

「感謝していたのは、命を助けられた長政も同じだし。半兵衛の遺品である兜は福島正則に渡ったんだけど、長政はどうしてもそれが欲しくて、自分の兜と交換してもらうの。正則の兜として有名な、巨大な角が2本ついた“大水牛桃形兜だいすいぎゅうももなりかぶと”は長政のものだったわけね」

「ああ、それなら知ってるな。頭突きで刺し殺せそうなやつだな。すごく重そうだけど……」


 牛の角が漫画のように兜につけられ、見るからに攻撃力が高そうなものだ。


「あれ、案外重くないんだけどねー」


 次に食べる寿司を物色しながら、初が言う。


「え? そうなのか?」

「うん。戦国時代、兜にいろんなものつけてる人多いけど、あれは木や和紙を固めて、色を塗ってるだけなんだよ。さすがに全部鉄とか、本物の角つけてたら、重くて戦えないからねー」

「そりゃそうか……。でもなんで、いろんなのつけてるんだ? 見分けるため?」


 テレビなどで紹介される兜には個性的なものが多い。兜は戦場で頭を守ってくれる大切なものだ。いろんなものをつけても、実用性があるとは思えない。


「もちろんそれはあるよねー。まず大将であることを示すものだから、他より目立ってないと! 戦国末期は大将が直接戦うことが減ったので、とにかく個性敵になっていくよー。蝶、毛虫(※2)、ウサギ、クマ、魚、エビ、貝いろんなの乗せてた!」

「あとは驚かせたり、威したりするためですかね。極端にとがっていたり、大きかったりするものがあります。変わったものでいうと、兜をかぶってないように見せるものもあります。」

「え、どういうこと?」

「兜に毛髪をつけるんです。遠くからは武将が兜かぶってないように見えます」

「イメージできないな……」

「用途は少し異なりますが、分かりやすいのでいうと、三成の乱髪兜らんぱつかぶとですね。ボサボサのかき乱した髪が鬼のような印象を与えます。信玄も有名ですね。あれはチベットあたり生息する牛・ヤクの毛がつかわれています。すごくレアな一品で、唐の頭とうのかしらを呼ばれ、これを見つけられるだけで権威を示すことができました」


 三成の兜は2本の角とロングヘアーがついている。確かに遠くから見ると、恐怖を感じるかもしれない。


「加藤清正の鎧着てない鎧も有名だし」

「なんだそれ……」

「兜にはクマの短い毛を植えることで、兜をつけずに地毛であるように見せてるの。鎧のほうは、片肌を脱いだようなデザインになってる。上下セットで、戦場にいるのに鎧をつけていない剛毅な人に見えるってわけね。詳しくは、金小礼色々威片肌脱胴具足きんこざねいろいろおどしかたはだぬぎどうぐそくでググって」


 江に説明を投げ出される。しかも、長すぎてよく聞き取れない。

 百聞は一見にしかずということだろう。帰ってから画像検索してみよう。




※1 斎藤義龍は2メートル近くあったとう。斎藤道三の子ではなく、道三が追放した主君の子だともいわれ、その身長も根拠となるとかならないとか。

※2 毛虫は「不退転ふたいてん」(後ろに引かない)という意味がこめられていた。伊達成実だてしげざね佐竹義重さたけよししげの兜が有名。成実のはムカデと言われるがあれはウソで、大河ドラマの影響らしい。

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