第17話「忍者と野武士」

 情報サイトのアルバイトで、話題になっていること、話題になりそうなことについて記事を書いている。

 そろそろ再就職先を探そうかとは思っているのだが、医者からはまだゴーサインが出ていなかった。今は負担にならない程度に、趣味としてライターの仕事をしている感じである。

 ネタ探しに本屋に来ていると、江が本屋前を通り過ぎていくのを目撃する。

 江が一人で外に出るのは大変珍しい。家ではいつもダボダボの服を着ているが、今日はおめかしをしていた。それに、スキップしていたところをみると、上機嫌のようである。


「これは何かあるな」


 スキャンダラスな心を、保護者としての心配と責任感で上書きする。本屋を飛び出し、江のあとを追うことにした。

 江は小洒落た喫茶店に入っていく。自分もこっそりと入店し、遠目に江が見える席につく。

 江の向かい側には少女が座っていた。江よりも小柄で、ふわふわした雰囲気がある少女である。


「なんだ、ただの友達か」


 江に男がいるのではないかと、少し期待していた。実の父親であれば、ドキドキするところなのだろうが、興味本位が勝っていたのである。

 しかし次の瞬間、違和感を覚える。

 今日は平日。江が学校にいかないのはいつものことなのだが、相手の少女も学校に行っていないではないか?

 不登校の少女二人が喫茶店でお茶しているとは、少し不健全に感じ、保護者としてソワソワし始める。

 二人はとても楽しげにしゃべっている。

 どういう関係なのだろうか。なんでもないとは思うが、最悪のケースを考えてしまう。というのもさっき本屋で、ネットで出会った人と自殺するケースが増えている、という記事を読んだばかりなのだ。

 聞き耳を立てるが、席が遠すぎて何をしゃべっているのか全く分からない。トイレにいくふりをして、接近を試みる。


「あ、あんた……」


 いきなりバレてしまった……。

 江の笑顔が一転して、冷たく張り付く。次に何を言われるか、容易に想像がつく。


「何ついてきてんのよ! このヘンタイ!」

「いや、違うんだよ。偶然見かけてさ、心配になって……」


 一応保護者なのだから正当な理由はあるのに、しどろもどろになってしまう。


「いつから見張ってたの? ……まさか家から!?」


 江は顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えている。

 見られたくないものがあったのか。もしかして、ウキウキとスキップをしていたことだろうか。


「お兄さん、忍者なんですかっ!?」


 突然、黄色い声をあげて羨望の目を向けてくるのは、江と相席の少女。


「忍者……? え、ああ……」


 いきなりのことで、少女の意図が掴みきれない。


「わあ、ほんとに忍者なんですね! すごいです!」

「え、いや、違……」


 否定しようとしたところ、代わりに江が強い否定を訴えてくれる。


「なわけないでしょ、こんなのが! それに忍者なんているわけないじゃない!」

「え……。忍者、いますよね……?」

「あ……うん、忍者はいる、いますいますって! ね、忍者はいるでしょ!?」


 一瞬影を見せた少女を見て、江は取り乱す。そして僕に不思議な同意を求めてきた。


「うん、いるね……」

「はわあっ! お兄さん、やっぱり本物の忍者なんですね!」

「え、ちがっ……」


 江の肘鉄ひじてつを食らう。

 なんとしても、この少女とうまくやっていきたいのだろう。ここは話を合わせたほうがよさそうである。

 そして、忍者であることを否定できぬまま、三人の自己紹介が行われた。

 少女はネットで知り合った友達で、今日会うのがはじめてらしい。歴史好き、歴史ゲーム好きで意気投合し、二人とも不登校なのもあって深く話す関係になったという。


「それで、お兄さんはどこの忍者なんですかっ!?」


 すごく期待されている。極度の戦国ファンタジーが好きらしく、さすがの江も一歩引いている。


「えっと……伊賀いが、かな」

「わあ、名門なんですね! 忍者と言えば、伊賀いが甲賀こうが! 伊賀は上忍じょうにん三家の服部はっとり百地ももち藤林ふじばやし! 服部半蔵なんて有名過ぎますよね!」

「あ、うん、そうだね……」

「忍者と言えば、忍者団と大名との結びがありますよね、竜子たつこさん!」


 忍者ではないし、詳しくもなく、返答に困っているところを、江がフォローしてくれる。

 竜子というのは、少女のハンドルネームである。


「そうですね! 伊賀は、服部半蔵が家康の家臣で、深いつながりがあります。本能寺の変で、家康が領地に逃げるとき、半蔵が伊賀を案内してくれました。甲賀は六角ろっかく家に仕えていましたが、信長に滅ぼされたあとは織田と組みました!」

「上杉の軒猿のきざる。伊達の黒脛巾組くろはばきぐみ。北条家は風魔小太郎ふうまこたろう率いる風魔流。風魔は、乱波らっぱとも言われるね」

「はい! 甲斐から西の忍者を“透波すっぱ”と言うのに対して、関東の忍者は、まとめて“乱波”と言われるみたいです!」

「ああ、すっぱ抜きの透波か」

「さすがお兄さん、詳しいですね! その透波が情報を抜き取ることの語源になってます!」


 もちろんただの偶然である。

 江に軽く舌打ちされる。


「忘れちゃいけないのが、真田十勇士さなだじゅうゆうしです! 真田幸村とともに十人の忍者が徳川家康と戦うんです! 猿飛佐助さるとびさすけ霧隠才蔵きりがくれさいぞう三好清海入道みよしせいかいにゅうどう三好伊左入道みよしいさにゅうどう穴山小助あなやまこすけ由利鎌之助ゆりかまのすけ筧十蔵かけいじゅうぞう海野六郎うんのろくろう根津甚八ねづじんぱち望月六郎もちづきろくろう!」

柳生宗矩やぎゅうむねのり(※1)、松尾芭蕉まつおばしょう(※2)も忍者だったって言われるね」

「はい! 宗矩は、将軍の密命を帯びて、裏から世界を正しい方向に導く仕置き人な忍者です! 松尾芭蕉は観光に見せかけて、全国を監視する役目を持っていました!」


 伝説だからね、と江がアイコンタクトを送ってくる。自分には、忍者の名前が呪文にしか聞こえなかった。


「“くノ一”と呼ばれる女性の忍者も活躍してました!」

「女という漢字を崩して、くノ一と読ませるやつだな」

「はい。武田信玄が望月千代女もちづきちよめというくノ一を使っていました。千代女は“歩き巫女みこ”だったと言われていますね」

「歩き巫女?」


 江に目で聞くと、江は顔を赤らめる。


「あ、あれよ……歩き巫女っていうのは……」

「どこかの神社に属していない巫女のことで、全国を回ってお参りしたり修行したりしてました。その裏では体を使って男を落とし、普段聞けないようなことを聞き出す諜報活動をしてみたいですよ!」

「え、体を使ってって……?」

「ま、えっちなことですよね」

「ちょおっ……!」


 真っ赤な顔をした江が悶絶している。

 あどけない少女の口からそんな言葉が出て、自分も言葉を失ってしまう。


「あれ、どうかしましたか?」


 竜子はきょとんとしている。

 この少女、どこかしらズレているのかもしれない……。


「え、ええと……忍者は武士と違って、直接戦ったりせず、そんなふうに情報集めたり、破壊工作したりするのがメインのお仕事だったの。成り立ちや身分的には野武士が近いかしら。そういう意味では……叔父さん、忍者ってことでいいのかもね……」


 野武士に続き、忍者の称号を手に入れてしまったようだ。




※1 柳生宗矩は徳川将軍家の剣術指南役。剣技だけで大名となったため、幕府の命で要人暗殺など汚れ役を買っていたのではないかとされる。

※2 松尾芭蕉は俳句の名手。全国を旅して『おくのほそ道』を著した。これがとんでもない足の速さであったため、忍者だったのではと噂される。

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