第13話「戦国時代の相続と女武将」

「叔父さん、頭いいんだねー」


 今日は初に勉強を教えている。

 大学受験はもう十年以上前のことだが、反復反復で染みついた学力はなかなか抜けないようだった。

 今は鬱でダウンしてしまっている状態でカッコつかないが、一応、一流大学を卒業して一流企業に就職した人間である。勉強くらいは姪っ子たちの前でいいところを見せたい。


「まだ高二なんだから、こんなに詰めてやらなくてもいいんじゃないか?」

「んー、そうもいかないよー。来年は受験だから、余裕持ってできるのは今だけなんだし」


 初にそう言ったものの、自分の高校時代のことを思い返せば、勉強しかしてなかったように思う。中高一貫の私立学校に通い、中学から大学受験を視野に入れた勉強を6年間行ったのだ。

 特に大学にいって何をしたいとか、将来どんな仕事をしたいかという夢や目標があったわけじゃない。ただいい大学に合格しようと必死だった。

 あのときは親に認められようと、ひたすら上だけを目指していたのだ。


「何かしたいこととか、あるのか?」

「特にないかなー? いい大学にいって、いい仕事に就きたいっていうのはあるけどね」


 高校生というのは、だいたいこんなものだろう。高校では、大学にいくために勉強するよう指導する。

 もしかすると、父がいつも家を不在にしているのも影響しているかもしれない。堅実さを求めてしまうのだ。


「叔父さんみたいに、いい会社入れるといいんだけど」

「僕? そんなにいいところじゃないよ。おかげでこのザマさ」

「えー、そんなことないよ。たくさん勉強してそこに入ったんでしょ? すごいじゃん!」

「そ、そうかな……」


 羨望のまなざしを向けられ、照れてしまう。


「あたしも大きな会社に入って、バリバリ仕事するんだ!」

「ははは。あんまりオススメしないかな。女の子なんだし、ほどほどでいいと思うけど」


 人生のゴールは就職じゃない。受験、就活でも苦労するが、本番は会社に入ってからである。一流へと続く道は、決して途中でのドロップアウトを許さない。常に社会的上位であることを維持するために、毎日睡眠時間を削って仕事をすることになる。

 それで心身をも削り取られてしまうようでは意味がない。一流を追い続け、ついには破滅した、僕自身の意見である。

 初の目が突然、疑心に変わる。


「叔父さんもそういう考えの人……?」

「え?」

「女子だから仕事しなくてもいいって考え」

「え、あ……。そういうわけじゃないけど……」

「あたし嫌いなんだ、女子扱いされるの。女子だから大変なことしなくていい、っていうのおかしいでしょ。気を遣ってるのかもしれないけど、結局女子を信用してないだけじゃん。親切心に見せかけて、大きな仕事は任せられない、取られたくないとか、心の中で思ってるんだよ。……そりゃ女でも、仕事なんて男にやらせておけばいいって思ってる人はいるけどさ」


 初は仕事における男女差別の話を言っていた。

 男女平等の気風が高まっているとはいえ、完全に平等とは言えない。初の言うように、男であるか女であるかで、仕事のウェイトが変わってくるのは事実であろう。


「昔は、女子は残業禁止だったらしいじゃん? 女子が夜遅くに帰るのは危険だから、って理由みたいだけど、それって女を保護すべき対象、つまり小さい存在としか見てないってことだからね。もう昭和が終わって、平成も終わろうというっところなんだから、男とか女とか区別する必要ないと思うんだよねー」

「そうだな。ハツのいう通りだと思うよ。悪意はないけど自然に、男女に差をつけてしまうことがある。男も女も、意識を変えていく必要があるんだろうな」


 仕事に男も女も関係ない。自分のやりたいことをやれるのが、理想とすべき社会だろう。


「あー、男に生まれたかったなー」

「え、なんで?」

「男だったらほら、鎧を着て刀持って、戦場を駆け回れるじゃん? 己の野望を果たすために、全国を統一するの!」

「戦国時代の話か……」

「戦国時代は今に比べると、男女差別はひどかったんだろうねー。仕事の自由はほとんどなかっただろうし。でも、女の武士はちゃんといたんだ」

「武士? 女が戦うのか?」

「あ、差別発言!」

「あ、ごめん……」


 戦うのは男の役目。意識の中に染みついているのだ。


「ふふ、冗談よ、冗談。鎌倉時代から、武家の女性にも土地の相続が認められていたみたい。これは女性も一人前の武士ってことよね」

「へえー、昔って長男が継ぐものだと思ってたけど」

「基本はそうなんだけどね。鎌倉時代は分割相続が行われていて、長男、それ以外、女で、比率を決めて土地を分けていたんだ。もちろん長男が一番多くて、女が少ないの」

「へえ、差はついているけど、一応きちんと遺産を分けてたんだな」

「うん。でも代を重ねるごとに土地がどんどん分割されていっちゃうから、室町時代からは、誰か一人に相続させることになる。習慣的に長男が優先されるけど、一つの土地を全部任せるわけだから、一族で一番優秀な人に相続させるようになっていくわけねー」

「実力主義か、ある意味、現実的だな」

「そ、それ! 優れているのは誰か決めるために、兄弟や親戚同士でケンカが起きるんだよ。時には殺し合いにも発展し、町や国を巻き込んだ大合戦になっちゃったんだ。室町時代には、身内で殺し合ったエピソードばかり。殺される前に殺せ、っていうのは定番だねー」


 鎌倉時代は相続の比率が決まっていたからケンカにならなかったが、誰か一人に相続となると、殺し合いのケンカが起きるようになるという。


「それが戦国時代の始まりとも言えるかもね。無条件に長男が偉いわけでなく、実力のある者が偉いの。それは将軍であっても同じで、名前がすごくても力がなければ、家臣に殺されてしまう。力がすべてを決めるってわけ!」

「なるほど、下克上げこくじょうってやつだな。実力主義も、いいのか悪いのか分からなくなるな……」

「戦国時代にも女性にも相続が認められて、女大名、女武将が登場するの。立花誾千代たちばなぎんちよ井伊直虎いいなおとらが有名ね」

「直虎は知ってる。大河ドラマが話題になったな。男っぽい名前なのに女でビックリしたよ」

「井伊直虎は、父・直盛なおもりが男児のいないまま亡くなっちゃって、親戚の直親なおちかを婿養子に迎えようとするんだけど、直親は謀反の疑いを掛けられて逃げ出しちゃうの。そして逃げたときに、お世話になった人との縁で、別の女と結婚しちゃうんだ。その後、戻ってきて当主となるけど謀殺されて、直虎が井伊家を継ぐことになるのよ。生涯独身・女地頭おんなじとうここに登場、ってわけね」


 結婚相手が逃げた上に、他の女と結婚して家に戻ってくるとは、ヘビーな話である。


「女武将というのはすごいけど、波瀾万丈なんだな……。で、もう一人のほうは?」

「立花誾千代も同じく、父・立花道雪どうせつ(※1)に男児がなくて、誾千代を当主にするの。その後、戦友の高橋紹運たかはしじょううん(※2)から婿養子を取って跡継ぎとする。それが立花宗茂ね。道雪は子供が早く亡くなってしまい、50過ぎてようやく誾千代が生まれたから、とても可愛がってたみたい。養子を跡継ぎにしろと命令されても拒否して、誾千代を当主にしたんだよー。誾千代は男のように育って、武装して自ら戦ったみたい!」

「戦国時代の女性というと、政略結婚で敵に嫁ぐお姫様って感じだけど、そういうのもあるんだな」

「もちろん、そういう人のが多かったね」

「へえ、たとえばどんな人がいるんだ?」

「それは……そうだねー。この数学が終わったら話してあげる」

「あ……はい。すみません……」


 今は初の勉強中であり、歴史の話をしている場合ではなかったのである。




※1 立花道雪は九州の武将で、本名は戸次鑑連べっきあきつら。“戦国時代のベッキー”と言えばこの人。雷を刀で斬ったことから雷神と呼ばれるが、足が不自由になってしまう。

※2 高橋紹運は道雪に何度も頼まれ、嫡男の宗茂を養子に出す。岩屋城いわやじょうの戦いで、敵に屈することなく戦い続けて果てた、名将の中の名将。道雪になぞらえ、風神とも呼ばれる。

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