1.入学式

 

 2106年、4月21日。

 行政高校入学式、当日。


 開会二時間前の早朝、入学式の会場となる講堂へ向かう少年がいた。と言っても少年は未だ校舎にさえ辿りついておらず、悠々と新宿の通学路を歩いているのだが。

 その歩行速度からして、学校まであと十分はかかるだろう。

 

 通学路の途中で横断歩道の信号が赤へと変わり、少年は道路の前でピタリと足を止めた。歩道には、他校の生徒や出勤途中の大人も居り、その中に紛れる少年は――少しだけ、目立っていた。


 黒に近い紺色の制服は真新しく、パリッと糊付けをされている。ブレザーの右襟は左より少し大きく、行政高校の校章バッジがそこでキラキラと存在を主張していた。金色の盾には四枚の花弁が十字になるよう描かれ、後ろの斜め十字と交差するように咲いている。太陽の光をキラキラと反射しながら光る小さな紋章は、自然と視線を引き寄せる何かを持っていた。


 息苦しく感じたのか、 少年が首元の黒いネクタイを緩める。一昔前の警官服に似た制服は随分と厚そうだ。

 信号が緑へと変わり、少年がコツコツと靴音を鳴らしながら遠くに見える豪壮な校舎へと歩き出す。すると、ある囁き声が耳元まで流れ着いた。


「――ねぇ、あの制服って行政高校のじゃない?」

「――え、じゃああの子、あそこの生徒なのかな」


 ピクリ、少年の耳たぶが震えた。

 意識を周囲へと向けてみると、いくつかの視線が自身に集中していることが分かり、少年は僅かに口角を上げた。

 驚いたような少女の声が、彼の気持ちを浮上させる。


「――まじで? じゃあ、超エリートじゃん……!」


「ふっ……」


 知らず、少年の口から笑いを含んだ吐息がこぼれる。

 だがそれに気づかず、後ろの女子たちはヒソヒソと色めいた会話を続けた。


 器用にもピクピクと左耳を動かす少年。


(ふ、ふふ……ふふふふふ。ふははははははははは!)


 笑い声が脳内で響く、だが、決して外に漏らすことはしない。心のうちにその笑いの渦を収めながら、少年は拳を空へと突き上げたい衝動を耐えた。


(そうだろう、そうだろう……!

 そうだ愚民どもよ! 括目せよ、この俺の雄姿を! そして崇めよ、この、俺の輝かしい高校生活ライフを! イエス・アイ・キャン! アイアム・ザ・ウィナー!)


 気のせいか少年の身体から神々しい光が放たれはじめ、顔が清々しいほどの爽やかさをまといはじめた。

 ついに、己の中で湧き上がる『優越』という名の激情を抑えきることが出来なくなったのか、その唇から不穏な笑い声が零れだす。


「ふ、ふへ。ふへへへ……」


 どこを見ているのか……その面差しは上へと向き、思考は遥か遠くへと飛び去っているように見える。麻薬でも摂取したのではないかと思うほどに、異常な雰囲気を漂わせていた。

 その後ろ姿を先ほどの女子どころか、周囲の人間までもが引いたように見ているのだが、少年がその事実に気付くことはない。



◆  ◆


 行政高校の校舎は本当に雄大だ。その建物は新宿のコクーンタワーと比べても見劣りせず、むしろ其処より壮大な土地を有していた。幾多ものビルが立ち並ぶ中、悠然と構える姿は圧巻だ。いったい何棟の校舎があるのか、その一つ一つの建築物はシンプルな外装をしているが、どれもキレイなものだった。

 

 入学式の会場となる講堂ももちろんのこと立派で、卓越としていた。武道館のようにも見えるそれは、以前少年が試験を受けた会場と類似している。


 流石に武道館程の大きさではないが、それでも十分に巨大なその外観を見て、少年は口をひきつらせた。

 ポツン、と講堂の前に立つ彼は圧倒されたようで、体を仰け反らせていた。


「……っとに、どんだけだよ。行政高校」


 「ここは大学か」、そう突っ込みたくはあったがこんな所でいちいち驚いていたら、この先身が持ちそうにないので、少年は嘆息を吐くことで、己を落ち着かせた。


 ちらりと既に到着している他の生徒たちへと視線を向けてみる。新生活と未来予想図に胸躍らせる新入生も、彼らと共に舞い上がる父兄も、さすがに疎らだ。


「みんな、案外普通なんだな……」


 エリートが集まるような場所なので、厳格な感じの父兄や、生真面目な装いをした新入生の姿を少年は想像していた。だが、それとは反して、奴の目に映る人間はどれも中学の同級生とあまり変わらないように見え、ほっと肩の力を抜いた。


(まあ、何人かエリート意識の高そうっつーか、鼻につきそうな人間は居るけど……意外と上手くやっていけそうだな)


 校舎の方は豪勢すぎて、歓喜というより、むしろ場違いではないのかという居たたまれなさを少年は感じていたが、この様子だと案外すんなりと高校には馴染めそうだった。

 少しだけ、楽しくなりそうな未来に心を弾ませながら少年は微笑した。すると、


「金城くん!」


 ピクリ。少年の耳が今まで以上に、更に大きく揺れ動いた。錯覚か、それは像の耳のように巨大化した。

 そろりと伺うように、金城と呼ばれた少年が、背後を振りかえる。


「……伊奈瀬 」


 少年が見つめる先、其処には奴と同じように真新しい制服を身に纏った少女が居た。さらりと靡く鮮やかな黒髪に、真っ直ぐに他人と合わす凛とした瞳。しなやかな手足に、すらりとした体躯をしている彼女は美少女と部類しても良いだろう。陽だまりの様なその笑顔に少年の心臓は自然と早鐘を打ちだした。


「おはよう金城くん。久しぶり」

「お、おう。久しぶり……」


 少年――金城は頬を熱く火照らせながら挨拶を返した。その双眸は彼女の新しい一面へと釘点けだ。


「い、伊奈瀬……スカート、プリーツなんだな」

「うん、おまけに靴もブーツにしちゃった。そういう金城くんもブーツなんだね」

「ま、まぁ」


 うようよとその濃紺のスカートから黒いブーツへと、上下に視線を泳がせる金城。少女――伊奈瀬は金城と同じジャケットを着てはいるが、下は当然ながら違う。プリーツスカートの下には黒いストッキングが見え、編上げのブーツが膝下まで伸びている。黒という濃色は彼女のしなやかな脚の曲線を強調させており、金城は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


(い……)


 ――良い……。


 目のやり場に困るどころか、視線をその脹脛や足首から離せなくなりそうだ。気を引き締めないと、鼻息が荒れてしまう。


「本当はタイトも良いなって、思ってたんだけど……なんか私には大人っぽすぎて、それに動きにくそうだったし」

「うん……それで良いと思う」


 タイトスカートなんかにしてしまったら、もう目を当てることさえも出来ない。その美しい太ももの形を見てしまったら最後、金城は変態の道へと迷う暇もなく、本能で突き進むだろう。


「……伊奈瀬はそっちの方が、か、可愛いと思うぞ」

「ありがとう。そういう金城くんも制服似合ってる、すごく格好いいよ」

「ど、どうも」


 褒められた金城。照れくささと言うより、湧きはじめた煩悩を誤魔化すように頭をボリボリと掻き始めた。


「い、いや。なんつーか俺も、迷っちまってさ! たかが靴だけど、されど靴って言うか」

「ふふ……うん、わかる。私も迷いに迷ったよ。お母さんとあーでもこーでもないって、選ぶのに熱がはいっちゃって」


 行政高校はその制服の多面性でも人気を集めていた。

 他校と一風変わったデザイン。女子はプリーツか、タイトスカートの二択を選ぶことができ、靴も(男子同様)、ブーツか、ローファー、ビジネススタイルと選べる。

 ブラウスやジャケットなどのトップスはきれいな形をしており、高めにシェイプされたウェストラインは、括れなどの部分をキュッと引き締めることで生徒たちのスタイルを普段よりも良く見せていた。


「……え、と。そろそろ時間だよな」

「うん、席が埋まっちゃう前に入ろう」


 左腕の携帯端末に目を向けて時刻を確認する金城。その言葉に伊奈瀬は頷きながら入場を促した。


 会場に入る前に、生徒たちはまずIDカードの交付のため、窓口へと向かわなければならない。

 大きな入口のホールの壁一式には、ざっと二十口程の窓口があり、新入生の皆が皆、それぞれ手続きのために長い列を作っていた。父兄の影も何人か混じって見える。恐らく子供たちと離れて待つのが忍びなく、談笑するために共に並んでいるのだろう。

 予め各人別のカードは作成されているが、本人確認のため、個人認証を行わなければならないので、一人一人の手続きに最低一分はかかる。


 式の四半刻前、一列最後尾でIDカードを受け取った金城に伊奈瀬は問いかけた。


「金城くん何組だった?」

「E組、伊奈瀬は?」

「あ……私はCだった」


 少し、残念そうに声を漏らす伊奈瀬。金城は自身の落胆を隠すように、彼女に明るく言葉をかけた。


「まあ、休み時間とか会えっだろうし、その……一緒に飯とか偶に食っても、」


 眉を八の字にしながら笑う金城に、伊奈瀬も笑顔を見せた。


「うん、良いね。友達ができたらその人たちも一緒に食べようね」

「お、おう」


 嬉し恥ずかしの返答に金城は頬をかきながら口ごもる。

 照れくさそうにする奴に微笑みかけながら、伊奈瀬は人波をかき分けて会場の入り口である、重厚長大な扉へと向かった。



◆  ◆



 少し、外でゆっくりしすぎていた所為か、金城たちが講堂に入ったときには既に半分以上の席が埋まっていた。座席の指定はないので、最前列に座ろうが最後列に座ろうが、それは自由だ。学校によっては入学式前にクラス分けを発表して、クラス別に並ばせる古風なところもあるが、此処にはない。


「……にしても、本当にデケーな」

「うん、筆記試験の時もびっくりしたけど、これも驚いちゃうよね」


 講堂の中は壮大で広く、まるで映画館、或いは劇場のようだった。

 ちゃんと最後列の生徒も壇上が見えるように、座席は(入口付近)後方に近づくにつれ高くなってゆき、歩幅の広い階段が通路として設けられている。

 金城たちは階段を下りながら適当な空き席を探して、腰を下ろした。座席はクッションが効いており、座り心地が良い。


「……設備がよすぎて、もうなんと言えばいいのか分からん」

「ちょっと、眠っちゃいそうだよね」


 苦笑する伊奈瀬に金城もまた複雑な顔をした。

 至れり尽くせりと言えば良いのか、どこまでも快適な空間に金城は長嘆息をする。確かに居心地のいい空間ではあるが、良すぎて逆に不安になる。いつか気が緩みすぎて、とんでもない失態を起こすのではないのかと、ありえそうな未来予想図に金城は頭を悩ませた。


(さすが、行政高校……機関士になりえる人間にはそれ相応の待遇を、か)


 なんとも言えない、複雑な感情が金城を襲う。


(今更だけど……俺、ここに居ていいのかな)


 金城がエリート校に入れたのは並ならぬ努力の結果とも言えるが、一匙、それも大匙の運がなければ、確実にありえなかった。きっと、否、間違いなく、伊奈瀬含むここの生徒と比べれば、金城はあらゆる面で劣っている。奴は補欠だ、つまり入試では最低の成績で入学したということになる。

 だが、金城の心を煩わせている理由はそれだけではない。


(……ばれない、よな)


 脳裏を過るのは去年の夏、己が起こした事件。

 いつまで経っても蔓延る不安に、金城はズボンの布をくしゃりと掻き毟った。


(……いや、考えるのは、避そう。もう、ここまで来たんだ。それにあの事件からはもう一年近く経ってる。俺がヘマをやらかせなければ、証拠もないし、怪しまれることもない……)


 もう、長い月日が過ぎているというのに、金城は未だに僅かな危惧を抱えていた。己が犯罪行為を起こしたことは誰も知る由はないし、この先見つかる確率は限りなく低いだろう。それでも金城はやはり小心者なところがあってか、三日に一度は必ず不安を募らせていた。その頻度は徐々に減ってきてはいるが、未だに収まることはない。


 まあ、その警戒心があるからこそ、奴が例の《反逆者リベル事件》の犯人である疑いは一掃されているのだが。

 日々から気をつける癖があったからこそ、金城は今日まで見つかることなく逃げ切れたのだ。ここは、その臆病風を称えるべきだろう――。


◆  ◆


 会場に響き渡ったブザー音により、入学式が開始される。生徒たちの雑談で賑わっていた空気も、しんと静まり返り、静寂が空間の支配権を有した。

 その中で、教師陣が挨拶などをしばらく行うのだが、金城にとってそれは退屈なものであり、段々と意識を眠気に食われそうになっていた。


『――新入生代表、三枝夏目さえぐさなつめ


 周囲の者たちが唐突に色めき立った。ひそひそと、女子のささめき声が聞こえてくる。


「――ねえ、あの人格好良くない?」

「――私も思った。代表ってことは入試トップってことだよね? 完璧じゃん」


 その言葉を聞いて金城はけっ、と毒づきたくなった。


(……漫画かラノベの世界か、ここは)


 鼻につくような容姿と、知性をさらけ出すその代表の同級生に、金城は恨めし気な視線を送った。

 明るい褐色の髪に、榛色の瞳は成る程、確かに人目を引くものがある。背もそれなりに高く、女子どもが騒ぐのも仕方ないだろう。だが、そんなものはハッキリいって金城にとってはどうでもよく、さっさと次の挨拶へと移ってもらいたい気分だった。

 

 長時間座りっぱなしの姿勢のお蔭で、尾骶骨に鈍い痛みが走り始めた。幾らクッションが効いていたとしても、この疼痛を避けることは出来ない。隣の伊奈瀬に気付かれないように、腰をもぞもぞとさせながら金城は次のスピーチを待った。そんな時、


『続きましては在校生歓迎の辞を生徒会会長に代わりまして、風紀委員会長、三年、辻本智久つじもとともひさ


 ――一瞬、空気が張りつめたような気がした。


 一気に覚めた眼を瞬かせながら、金城は壇上へと視線を向けた。其処にはピンと伸びた背筋と、鋭い眼光をもった男が居た。男は不思議と威厳で満ちた雰囲気を漂わせており、金城が過去に見てきた教師陣よりも、貫録があるように思えた。

 

 三年生、ということは自分と二つしか年は違わないのだろうが、もっと老けているように見える。外見どうこうの意味ではなく、その振る舞いや佇まいが、そうさせているのだ。言葉づかいや声、態度全てが堂々としており、周囲から尊厳の眼差しで見られていることが分かる。淡々と喋るその様は無機質で、一歩間違えればアンドロイドと勘違いしてしまいそうだが、双眸から見える意思の強さによって、そんな馬鹿げた疑いは避けられた。


(……カリスマって奴か、)


『……最後になりましたが、皆さんがこれから送る高校生活に幸多からんことと、良き友とめぐり合うことを心からお祈りし、歓迎の辞とさせていただきます』


 飲まれてしまいそうな空気に耐えながら、金城は鼓膜まで響く深みのある声に耳を澄ませた。長くもなければ短くもない挨拶が終わると、一礼した男はそのままいかめしい姿勢で壇上裏へと去っていった。

 男の姿が壇上から消えた瞬間、ピンっと張りつめていた神経が緩んだ気がして、金城はほう、と溜息を漏らしながら背凭れへと寄りかかった。


「……なんで生徒会長じゃなくて、風紀委員が歓迎の挨拶してんだ? 他の生徒会役員がやればいいんじゃねーのか?」


 こぼした呟きに隣の伊奈瀬が反応を返した。


「他の人も都合が悪くて欠席してるんじゃないかな? 確かに少しおかしく感じるけど、お詫びの挨拶でも、さっきの辻本会長って人がなんかそれっぽいこと仄めかしてたし……」

「そっか……」


 だが、金城は先程の挨拶に対して言いようのない違和感を覚えた。


(……まあ、いっか)


 どうせ静かに、健やかな高校生活を送るであろう自分には関係のないことだ。

 そんなことよりも、まずこの先の身の振り方について思考した方が得策だろう。金城は一人納得しながら、式が終わるのを待った。



◆  ◆


 長く退屈な、けれどもどこか豪勢に感じる式が終了し、金城たちは校門へと向かっていた。


「今日は連絡事項、何もないんだっけ?」

「うん、ただ明日はホームルームがあるみたい」

「そか。あー……なんでホームルームはあんのに、担任の教師がいないんだよ」


 高校の新しいシステムにあまり慣れていない金城が、はぁと溜息を吐いた。


 ――中学校と高校では、システムがかなり変わっていた。

 

 金城たちが在籍していた中学校のように、古い伝統を守り続けている所もあるが、最近の高校では《担任教師》という制度は存在しない。それは、事務連絡にいちいち人手を使う必要はなく、そんな人件費の無駄遣いをする余裕があるのなら、他の費用に回して、後は全て学内ネットに接続した端末配信で済ませようという魂胆によるものだった。

 

 個別指導や実技の指導でなければ、余程のことがない限り人手が使われることはない。

 

 ただ、代わりになんらかのケアが必要な生徒のために、専門資格を持つ複数他分野のカウンセラーは必ず配属されていた。

 そして可笑しなことに、行政高校には《ホームルーム》が未だに存在していた。

 何故、ここ、行政高校にホームルームが必要なのかというと実技などの特殊な授業の都合のためだ。

 

 それに、どんな背景があるにせよ、一つの部屋で過ごす時間が長ければ、自然と生徒同士の交流も深まる。担任制度がなくなることで、生徒たちはお互いを助け、協力し合いながら、結びつきを強くする傾向にあった。

 その目的と意図もあって、このような制度が作られたのだろう。


「……確か明日は午前中、ずっとホームルームだって。なんか、先生が直接しなくちゃいけない、重要事項説明があるって言ってたけど」

「重要事項説明ぃ?」


 思わぬ言葉に金城の声が裏返った。


(事項説明って……え、なにそれ。売買契約か!)


 ツッコミ満載の情報ではあるが、金城はあえてそれを無視して伊奈瀬の言葉に耳を傾けた。

 掌に収まる、白い情報端末を読み上げる伊奈瀬。そのスクリーンには彼女たちのスケジュール表が表示されている。


「うーん、とりあえず明日行ってみれば分かると思うよ」

「伊奈瀬は何か知ってんの?」

「多分、必要な授業道具を配布されるんだと思う。やっぱり此処って特殊な学校だし、他とは色々と違う事項がたくさんあるんだよ」

「……なるほどね」


 彼女の言うとおり、此処は機関士育成のための学校だ。他校とは全く違うルールがあっても可笑しくはないし、常識だって他所と些か違うのかもしれない。


(……まあ、ブラッドにとって居心地の悪い場所なのは、他と変わんねーけどな)


 先程の教師陣の挨拶が脳裏を過る。

 「皆等しく」や「一丸となって」などの言葉以外に「正義」とか「信念」とか、結構きわどいフレーズが幾つか聞こえてきた。直接的な表現は使っていないが、あれは間違いなくブラッドを差しているのだろう。


 どうやら、この校には金城以外にもブラッドが居るらしい(新入生はまだ分からないが、少なくとも上級生には)。それは金城にとってはとても意外なことで、また歓喜する程の朗報でもあった。似たような考えを持つ者がこの学校には居る、それはとても心強いことだ。例え、自身がブラッドとバレたとしても、味方になってくれる人間がいるかもしれない。それを思うと背中を誰かに支えられているような心地を金城は覚えた。


 ……まあ、それもほんの少人数で、教師陣含む大多数の人間からは軽蔑の眼差しを向けられているわけだが。


(さすが、行政高校……“正義感”の強い糞野郎どもが多いこって)


 会場内で零された周囲の無邪気な悪意に金城は頭を抱えそうになった。それは金城に向けられたわけではないが、間接的に胸を突くものだったのだ。どいつもこいつも、よくもまあ、アソコまで同じ人間を蔑めるものだ。


「金城くん?」

「え、あ……」


 いけない。嫌なことを思い出して、思考を遥か彼方へと飛ばしそうになってしまった。金城は慌ててぎこちない笑顔で取り繕う。


「いや、クラスに気の合う奴が居ればいいなぁって思って」

「……うん、そうだね」


 その言葉の意図が分かったのか、伊奈瀬はどこか切なそうに笑った。金城は知っている。彼女もまた自分と似たような思想を持つ《ブラッド》だということを。それでも金城はそれを口にすることは決してしないし、億尾にも出さない。何故ならその事実には伊奈瀬も金城も、お互いに気づいており、確認し合う必要がないからだ。

 それに、むやみやたらと自身の思想を仄めかして、《ブラッド》だという事実を周りに認識されるのは避けたい。


 三年間、此処で過ごすのだ。敵は作らない方が得策だ。


「頑張ろうね」

「ああ」


 燦々と大地を照らしつける太陽の下、金城たちは未来に対する危惧を隠すように、笑いあった。







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