第8話 召喚竜《ドラゴン》は仲間《パーティー》には含みません。その2

 森の入り口に到着するとテレナは召喚竜の鼻先に手を当てて礼を言った。

「いつもありがとう。本当に頼りになりますわ。……え?」

 テレナの言葉を聞くと竜はいつものように身体を金色に光らせて消えた。だが、テレナは竜の変化に気がついてその場で考え込んだ。

「おい、じじい。起きろよ。こんなところでのんびりしてる場合じゃないんだから。……しょうがねえな、また鼻と口をふさぐか」

 竜から降りたライラがミシウムの顔に両手を当てようとすると

「やめなよ。下手をすると死んじゃうよ。僕が背負って運ぶから」そう言ってジルは背中の勇者の剣を外してライラに渡した。「ごめん、剣を持ってて」

 そうして気絶をしているミシウムを背負った。だが、背の低いジルが背負うとミシウムの足が地面についてしまう。

「それじゃ引きずって跡がついちまうよ。……貸してみな」そう言うが早いかライラはジルからミシウムを取り上げて自分の肩に担いだ。「とにかくじいさんが目を覚ますまであたしが運ぶよ。ジルは殿しんがりを頼むわ」

 そう言って先を歩きはじめた。ジルは剣を背負いなおしてライラの後に続いた。

「おいテレナ、行くぞ。なにやってんだ?」まだ考え込んでいたテレナに向かってライラが声をかける。だが、その声が聞こえなかったのかテレナは返事をしない。「なに考えてるんだ。迅速な行動が重要って言ったのは、お前だろ」

 ライラがテレナの頭を軽く小突く。それに我に返ったテレナが

「あ、ごめんなさい。ボーッとしてしまいましたわ。急ぎましょう」

 そう言って歩きはじめた。

「おい、方角はそっちでいいのか?そのまままっすぐ歩いたら城に行っちまうぞ」

 ライラの声にハッとする。

「そうですわね。ごめんなさい」

「なにやってんだよ。おかしいぞお前」

 そこにジルが割って入った。

「いいかげんにしなよ、ライラ。テレナだって疲れているんだからボーッとしてしまうことだってあるだろう。そんなやいやい言ったらかわいそうじゃないか」

「やいやい言ってねえだろ、チビ」

「チビって言うなって言ってるだろ。ライラは言葉がキツいんだよ」

 二人がケンカをはじめそうになったのをテレナが止める。

「ごめんなさい、ライラさんは悪くありませんわ。わたくしが悪いんです。さあ、行きましょう。城を左手に見ながら出来る限りまっすぐ行けばリストリアの西側に抜けるはずですわ」

 そして先に歩きはじめた。ジルとライラはお互いを睨むと、フンと言ってそっぽを向いた。そうしてライラがテレナに着いていき、ジルはその後を追った。


「なに?本当にそう言ったのか」

 リストリアからの早馬の伝令の報告を聞いたルイスは耳を疑った。どうして逃げた城にまた舞い戻るのか。理由はわからないがその報告が事実ならこんなところで油を売ってはいられない。

「お前は急ぎ城に戻り駐屯している兵士全員に伝えろ。『領内を捜索して勇者たちを探し出せ』と」

 伝令はその命令を引っさげて今来た道を馬に乗って引き返した。

「手の空いたものは急ぎ城に戻れ。勇者たちが城に舞い戻ったぞ」

 ルイスは周囲にいる兵士たちに向かって声をかけた。その命令に従って一人また一人と馬に跨がり城に向かって駆けだす。

「ブラニアにも伝えろ。『捜索を中止して全兵団を連れて城に戻れ』と」

 一人の兵士に伝令を命じて自分も馬に乗り城に駆け戻る。

「なに?本当に団長がそう言ったのか」

 ルイスが送った伝令の命令を聞いてブラニアは耳を疑った。どうして城に戻るのか?城でなにかあったのか?もう勇者を探す必要がなくなったのか?

「それがどうやら勇者たちが城に舞い戻ったらしいです」

 ルイスが早馬から聞いた報告を伝令は自分が耳に入った部分だけをブラニアに伝える。

「……城に戻った?何のために?いや、いったいどうしてそんな情報を知ったのだ?」

 ブラニアは伝令にさらなる情報の開示を求めたが、さすがにそこまでは伝令は聞いてはいなかった。

「……まあいい。今はそんなことを言ってる場合ではないな」

 ブラニアは捜索を続けていた部隊に城に戻るよう指示する。


 テレナがジルの耳元にそっと囁く。

「本当に申し訳ありません」

「気にしないで。テレナは本当に頑張ってくれていたもの」

 テレナを背負ったジルが励ます。やはりテレナの足はまだきちんと動く状態ではなかった。そこでジルがテレナを背負って歩くことを提案した。テレナの身長はジルよりも低いのでミシウムの時のように足を引きずる心配はない。

 そのミシウムはまだライラの肩に担がれ目を覚ます気配がない。

 ライラはそのまま先頭に立ち後ろを振り返らずにずんずんと早足で歩いている。

「ライラさんが変に嫉妬をしなければいいのですが……」

 テレナの言葉をジルが一笑にふす。

「ライラがそんなことするわけないよ。僕のことなんかなんとも思ってないんだから」

「どうしてそう思うんですの?」テレナが興味を持って問いかける。「彼女は今もわたくしたちのことを気にしてますわ」

「それはないよ。だってこっちを振り返りもしないじゃない」

 即座に否定する。

「照れ隠しですわ。乙女心ですね」とテレナ。

「……乙女ねえ」

 ジルは軽くため息をつく。どうしてあんなに気の強い娘を好きになったんだろう。と、ここのところずっと思っていることだ。

「わたくしの言うことを信用してくださっても大丈夫ですよ。少なくともあなた方よりは恋愛経験がありますから」

 テレナの言葉に

「……ごめん。気がきかなかったね」

 と反応した。

「気にしないでください。わたくしから言い出したのですから」

 テレナは微笑んだ。

「……それにしてもライラの奴、早く行き過ぎだよ。迷ったらどうする気だよ」

 ジルが照れ隠しに悪態をつく。テレナは、まだ子どもだ。と思いながら前方のライラを見た。

 そのライラの様子がおかしい。なにか見つけたようだ。

「ライラさん!どうされたのですか?」

 テレナがジルの背中から声を上げて問いかける。

 するとライラの左手前方に人影らしきものが見えた気がした。


「それでまだ戻ってこないのか?」

 城に戻ったルイスは捜索をしてきた兵士たちの報告を受けていた。城に残っていた総勢二十四名の兵士は伝令からの命令を実行するために散らばって捜索を開始していた。一時間後に戻って報告し合うことになっていたがタガリアという新米兵だけが戻ってきていなかった。

「それで彼はどこを捜索に行ったんだ」

 ルイスが装備を再点検しながら一番階級が上のリュイージュ軍曹に尋ねた。

「はっ!城外の森を探索に向かわせました」

 軍曹は敬礼して報告した。

「一人で行かせたのか?」

 本来ならば作戦実行は最低でも二人一組が原則だ。ルイスはそうやって動くように教育をしてきた。

「いえ、シュラム一等兵と捜索するように指示しました」

「それでシュラム一等兵はどうした?彼も戻ってきていないのか?」

「いえ、どうやら森の中で手分けして捜索することにした様子で……」

 軍曹は申し訳なさそうに言った。新兵の勝手な行動で自分が叱責をくらうかもしれないのを腹立たしく感じながら。

「とにかく今はタガリア二等兵の捜索に全力を傾けよう。彼は森のどの辺りを捜索することになっていたのか」

 ルイスの言葉にホッとしながら軍曹は地図を広げて北西寄りの箇所を指し示した。

「よし、ただちに今いる兵力で救出に向かう。うまくいけば勇者たちを捕らえられるかもしれん」


 捜索中に森の中で迷っていたタガリア二等兵は驚愕していた。開けた場所に出てきたかと思うと目の前に老人を肩に担いでピンクの甲冑を纏った二メートルほどの女が現れたからだ。

 これが勇者一行のうちの一人、戦士ライラだということは耳にはしていたのですぐにわかったが、いざ目の前にすると足がすくんでどうしていいかわからなくなってしまった。女戦士は肩に担いだ老人を放り投げるとこちらに近づいてきた。

 その時、一対一での戦闘は避けよという兵団長からの命令を思い出した。複数対一であるならば勝機は格段にあがるが一対一では歴戦の戦士相手では勝ち目がない。

「逃げよう」

 思わず本音が口をついて出た。いや、そうじゃないここは応援を呼ばなくてはいけない。報告が第一の責務だ。心の中で慌てて言い訳をする。

 女戦士に背を向けタガリアは一目散に駆けだした。


 ライラの目の前に兵士が現れたのを見たときジルとテレナは肝を冷やした。

「見つかった!」

 そう思いこれからさきどうすればいいか頭の中身をフル回転させていた矢先、ライラがミシウムを放り投げた。

 地面をころがり、森の木にぶつかったミシウムがやっと目を覚ました。

「……なんじゃ?いったいここはどこじゃ?」

 ぶつけた頭を抑えながら、周囲を見回すとライラの姿が見えた。

「おい、ライラ。ここはいったい……」

 ライラのただならぬ雰囲気に言葉を失う。彼女の視線を追うとそこに甲冑を纏った年若い、しかしジルやテレナよりは少しばかり年上の青年が怯えた表情で突っ立っていた。

 その兵士が踵を返して脱兎のごとく駆けだしていった。そして、その後をライラが追いかけた。

「まさか……」ジルが慌てて追いかけようとする。しかし、背中にはテレナがいる。「テレナ、ここで待ってて。すぐに戻ってくるから」

 テレナを降ろし彼女が持っていた勇者の剣を受け取るとライラの後を追い始めた。途中、走りながら

「ミシウムさん。テレナをよろしくお願いします!」

 と、声をかける。

「よろしく……って言われてもなにをすればいいんじゃ?」

 ジルの走り去る背中を見ながらミシウムは途方にくれる。

「ミシウムさん。わたくしの足を治してください。急いで!」

 ミシウムがテレナの元に駆けよる。

「なんじゃ、まだ足の震えが治ってなかったのか?だから、最初からわしに任せればよかったのに」

 ミシウムがテレナの足に回復呪文をかける。

「申し訳ありません。竜に乗ってる間に治るものと高をくくっていました」

 珍しくテレナが神妙に反省する。

「ジルの奴では治せんかったか?」

 勇者ジルも多少の回復呪文をマスターしてあるが特定の病気や傷害を治せはしない。疲れを癒やし回復させるのが関の山だ。

「とにかく急いでください。あの二人が心配です」


 予想以上に足が速い。と、ライラは彼を追いかけながら思った。若い兵士だからかもしれないが。だが、見れば甲冑の重さにまだ慣れていないようだし、何より自分の方があの兵士より背が高い。つまりその分、足の長さが違う。いずれは追いつく、時間の問題だ。

 しかし、奴が他の兵士に合流する前にとっ捕まえなくちゃいけない。もし兵団に出くわしたら、こちらの勝ち目が低くなる。とにかく一人でウロチョロしてたのが奴の運の尽きだ。この機会を逃すわけにはいかない。

 もう後、腕のひと伸ばしというところまで近づいた。その時、兵士が振り向きざまに剣を抜いて、こちらに切りつけてきた。

 ライラは危険を察知して一瞬、身体をステップバックさせる。兵士の抜いた剣が空を切る。剣を持った右手に向かってライラが左腕の手甲をぶつける。その勢いで兵士が剣を取り落とす。

 兵士の動揺した顔を目の端に追いながら右足を奴の左脇腹にたたき込む。奴がもんどりを打って倒れる。

 主力武器としていた“疾風の剣”は魔王と共に爆風の彼方に去り、それ以前に持っていた剣や弓などの武器はすべて馬車と共にトリアトに置いてしまったためにライラは今丸腰だ。だからこそ敵から武器を奪うことは絶対条件だ。なぜならば格闘戦が彼女に有利に働くわけではないからだ。長身のライラの長い手足は接近戦では意外と持て余してしまう。懐深くに潜り込まれたらやっかいだ。間合いを確実に取るためにも武器が必要になってくる。

 兵士が落とした剣をチラリと横目で見る。

 その視線に敵も気がついたようだ。脇腹を押さえながら剣に向かって飛びつく。だがライラの足が一瞬早く剣を踏みつける。そして右腕を振り兵士の顔面にたたき込み身体ごと吹き飛ばす。

 もう奴に戦意はないな。そう思ったライラは顔を押さえてうずくまる兵士を尻目にゆっくりと剣を拾い上げる。

「盾も持たずに鋼の剣かよ」

 片手で切り合うための剣を持ちながら防御のための盾を持っていないのがライラには不思議でならない。甲冑だけでなんとかなると思っていたのか。よほど戦闘を舐めているのか、そもそも戦う気がないのか。まあいい、その甘さをこれから身に受けるのだから。

 ライラは向きなおり、目に涙を浮かべて腰を抜かしている兵士に向かって剣を振り上げた。

「ライラあぁ!」

 やっと追いついたジルがやおら剣を振り降ろそうとしているライラに向かって叫んだ。だが、ライラは彼の方を振り返りもせずにその剣を兵士に向かって叩きつけた。

 剣が兵士の左首筋を斬りつけ甲冑が覆っている左胸で止まった。首筋から空気の抜ける音が漏れ、血しぶきが舞う。

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