第4話 僕たちの戦いはこれからだ。その4

 ルイス・グリムゾン・サーバイト兵団長がやっとリストリア城に戻ったのは、日が傾きだしてしばらくたってからだった。

 彼はその足で国王の私室に向かった。部屋を警護している兵士からの敬礼を受ける。

「陛下のご様子は?」

 と兵士に尋ねる。

「今朝からお食事をお取りになっておりません。窓際で座っておいでになったかと思いましたら、次にはお部屋の中をグルグルと歩き回ったりと……」

 兵士の答えを途中で遮って扉に向かって

「サーバイトでございます、陛下」

 声をかけた。

 中からの返事がないがルイスは兵士にドアを開けるように命じる。

 中に入ったルイスは部屋を見まわしてため息をついた。椅子や本棚の中にあったはずの本が部屋中に散乱していた。その中の一冊を拾い上げる。「リストリア一万年の歴史」と題したその分厚い本を棚に戻す。

 部屋の中は一国の王の私室とは思えないほど飾りたててはいない。歴代の王の中でも質素倹約に富み、民に富を還元する“賢君”としての評価が高い。富よりも知識の吸収にその価値を求める傾向にある。それはこの私室の中の大量の本が証明している。だが、逆にこの本の山が彼から“賢君”としての評判を落としてしまうのではないかとルイスは懸念している。

 窓に向かって佇んでいる国王に向かって敬礼をする。

「ルイス・サーバイト、ただいま帰城しました」

 国王は窓から沈みゆく西日をただボーッと見ている。ルイスの言葉が聞こえているかどうかもわからない。

「……陛下?」

 ルイスがさらに声をかける。

「……なぜ連れて帰った」

 微かな声がルイスの耳にやっと届いた。

「彼らは救国の英雄ですから国をあげて歓待するためにお連れしました」

 ルイスが悪びれずに答える。

「誰がそのように命じた!」

 国王が傍らにあった花瓶をつかんでルイスに向かって投げつける。花と水を撒き散らしながら飛んだ花瓶がルイスの手前で落ちて転がる。

 水しぶきが全身にかかるが、ルイスは微動だにしない。

「余がなんと命じたか忘れたのか?」

 荒い息づかいできれぎれに国王が問いかける。

「『魔王の討伐を確認し次第、勇者ジル・マーゴッドを逮捕、処刑をせよ』」

「ならばなぜ賓客として迎え入れ、あまつさえ余と会食をするなどという話になったのだ!」

 ルイスはすでに考えていた答えを語りだした。

「罪状を述べて逮捕をしようとしてもおそらくは素直には従わないでしょう。客人として遇するのは彼らをおびき寄せるためには必要な手段だったのです」

「会食の件はどうなのだ?」

 ルイスはここからが正念場だと思った。

「陛下には最終的な判断をしていただきたいと思いました。彼らと食事を共にし、語り合うことで本当に彼らに罪があるかどうかを決めていただきたいと愚考いたしました」

「まさしく愚考じゃ!」国王が声を荒らげて睨みつける。「奴らの目的は魔王を討伐し、その余勢をかって余を亡きものにしてこの国を乗っ取ることじゃ。魔王を滅ぼしてそのまま隠遁と決め込むなどとどうして信じられようか」

「陛下」ルイスが反論する。「彼らが隠遁するかはわかりませんがリストリアを乗っ取る必要があるでしょうか?ある程度の報奨と立場を与えれば彼らがそこまでするとは思えません。彼らと語り合えば陛下にもきっとご理解いただけるものと……」

「さかしらに諫言するな!」国王はさらに叫ぶ。「余はこの国のいや、この世界の歴史を学んできておる。大魔王がこの世界を牛耳ろうとする時、勇者があらわれ魔王を討伐するのは過去に何度もあった」

 ルイスは国王の言葉を無表情で聞いてはいたが、内心は「またか」という気分でいっぱいだった。もう何度聞かされたか覚えてはいない。

「だがその都度、勇者はこの世界の王となる野心を持ち、あまつさえ実行してきた。隣国のグリタニアしかり、大ブルゼア帝国ですら新たな魔王と化した勇者に征服された。もちろんこのリストリアも例外ではない」

 勇者が世界中の国の支配者になっているということは、あらゆる王家は勇者の子孫と言うことになる。ならば新たな勇者はそれらの国の王家から出てくるはずではないか。ルイスは最初に王からその話を聞かされた時に真っ先にそう思った。

 だが、実際は勇者ジルはどこかの山奥の隠れ里からやってきた。それはとりもなおさず歴代の勇者は魔王を討伐した後、その隠れ里に戻っていったという証左ではないか。

 しかし、今の王にそんな正論を言っても聞く耳を持ってはくれまい。だからこそ実際に戦いを終えた勇者たちに会い、食事を共にすることでそういう戯れ言にも似た俗説を払拭できるのではないかと考えた。それも徒労に終わってしまったようだが。

 今も朗々と自説を述べている国王をながめながら、これからどうするべきかを考えていた。もう、これ以上時間稼ぎをする意味はない。救国の英雄といえども君主の怒りを買った時点で(たとえそれが冤罪であったとしても)罪人として処罰されるものだ。何も彼らの延命に努力して、かえってこちらが処罰されるのもバカバカしい。そこまでする価値はなかろう。

 そう考えたとき、ふと魔女テレナの顔が頭をよぎった。彼女まで処刑するのは心苦しい。だが、事情を話し翻意をうながしても承知するまい。致し方なし。

「私の長所は切り替えの早さだな」

 自身の心を小さく言葉に出して強制的に自分を納得させる。

 国王の偏った歴史演説が一区切りついたところを見計らって言った。

「それでは陛下。彼らの処分を決行いたします。しかし、彼らを断頭台に昇らせる大義名分がありません」

「ならばどうする?」

 ルイスは国王に向かって一礼して

「それは……陛下はお知りにならない方がよろしいでしょう。すべてはこのサーバイトにお任せいただきますよう」

 とだけ告げた。

「わかった、委細はそちに任せよう」

 国王はそう言って左手をふって退室を命じた。ルイスはその命令に敬礼を持って答えた。


 部屋を出ると廊下ではブラニア副兵団長が待機していた。

「勇者の一行を客室にお連れしました」

 ルイスよりも頭ひとつ分高い偉丈夫が敬礼をして報告する。

「ご苦労。部屋はどのように割り振ってあるか」

「はっ、男女に別れて二人ずつであります」

 ルイスは眉間に指を当てて少しの間考え込んだ。これから行なうことを考えれば、部屋は一人ずつの方がよかったが今さら言っても仕方がない。この状況下で最善を尽くすだけだ。

「閣下」

 ブラニアが遠慮がちにルイスに尋ねた。

「本当に実行なさるおつもりですか?」

 ルイスはブラニアを見上げて

「陛下がご決定あそばしたことだ。我らはそのご命令を遺漏なくすみやかに行なうのが役目だ」と突き放すように言った。

 ルイスはブラニアに指示を与えた。ブラニアは完璧な敬礼と不承不承な表情とを見事に並行させて、命令を実行するために行動を開始した。

「もうしばらくすれば彼らも旅の疲れと共に眠ることだろう」

 せめて自分にできることは彼らを苦しませずに死を与えることぐらいだろう。そう考えてルイスは自分を納得させることにした。


「どうしよう」

 ジルはあてがわれたベッドの上でもう二時間以上も逡巡していた。隣のベッドではミシウムが横になったとたんに爆睡していた。食事の際に飲んだ酒が暴れるよりも先に睡魔におそわれることに一役買ったらしい。

 だが、ジルにとっては旅の疲れも大量の食事も睡魔を促すことはできなかった。

「ライラは僕のことをどう思ってるんだろう……。まさか生きてここまでこれるなんて思ってなかったから、あんなことをしちゃったけど……」

 ライラの唇を奪い、彼女に思いの丈をぶつけたことを多少なりとも後悔していた。あのことについて彼女はなにも言ってこない。自分の気持ちはわかってもらえたはずだが、彼女の気持ちがさっぱりわからない。一緒に心中してもいいと言ってくれたくらいだから、憎からず思ってくれているとは思うのだが……。そんな考えを何度も繰り返して今にいたっている。

「……とにかくここでこうやって考えているだけじゃ埒があかない」こうなったら彼女が寝ている部屋に行って直接聞いてみよう。そう考えてベッドから抜け出す。

 しかし、これは端から見たら夜這いに見えないか?いや、彼女の気持ちを確かめるだけだ。そんな邪な気持ちじゃない。なによりもライラとはこの一年、一緒の部屋で寝たことも、いやいやそれどころか寝息がかかるほど近くで添い寝をしたことだってある。そんな時ですら手を出してはいない、清らかな純粋な恋心なんだ。だって彼女の気持ちを確認しに行くだけなんだから。そう自分自身に言いわけを繰り返す。

 隣のミシウムを起こさないようにベッドから抜け出す。

 客室の扉に手をやると外の騒がしく感じられた。

「……やっぱりやめようか」

 握っていたドアノブから手を引っ込めると突然ノブが勝手に回り出した。ギョッとして身を引く。するとゆっくりとドアが開いて見なれたピンクの甲冑が目に飛び込んできた。

「ライ……」

 叫びそうになったジルの口を左手でふさいで滑り込むようにライラが部屋の中に入ってきた。

 まさか彼女も僕と同じように考えてくれていたのかしら。ということは期待していいのかな、いろいろと。などと考えていたジルに向かって

「ミシウムのじいさんを起こしてくれ。ずらかるぞ」

 と、小声で囁いた。

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