おうちに帰るまでが“魔王退治”です。

塚内 想

第一章 僕たちの戦いはこれからだ。

第1話 僕たちの戦いはこれからだ。その1

「我が名はルシフス。この世界の真の支配者。その支配者の真の姿を見るとはおぬしたちも運のない」

 魔王ルシフスは最終形態に変化しながらそう言った。

 その姿にはもう手も足もなかった。ただ巨大な顔だけが空中に漂っていた。彼をそのような姿になるまで追い込んだ勇者たちにまだ戦意の喪失はない。

「ライラ、僕がこの“勇者の剣”でやつの結界を破壊する。その瞬間に“疾風の剣”でやつの懐に入り込んで仕留めてくれ」

 十六歳の勇者ジル・マーゴッドは女戦士ライラに最後の戦いを説明する。

「心得た」

 ライラは短く返答する。その言葉にうなずくとジルは後ろをふり返る。

「テレナ、召喚竜での援護を引き続き頼む。ミシウムさん、まだ魔法力は残っていますか?」

 魔女テレナは黙ったままうなずく。彼女が召喚したドラゴンは今も魔王からの雷撃をその身を挺して受け続けていた。老僧侶ミシウムは

「あとそれぞれの体力を一回ずつ回復させるくらいしか残っとらんわい。しかもそれでも全回復とはいかんぞ」と疲労の極みと言わんばかりに答えた。

「それで充分です。どうせこの攻撃が最後になります」

 ジルはそう言うと魔王に向きなおった。

「行くぞ!“結界破壊デリージス”!」

 その言葉と共に勇者の剣は輝きを増した。小柄なその身体とほぼ同じくらいのサイズの剣を上段の構えから縦一文字に振りかざす。

 この戦闘での何度目かの結界破壊が行なわれた。その一瞬だけ魔王の攻撃はやみ、結界が破れその後の攻撃が可能になる。その機会を逃さぬようにライラが魔王に向かって駆けだす。

 疾風の剣が持ち主のスピードを加速させる。電光石火の一撃を魔王ルシフスに浴びせるために。ライラの右足のひと蹴りで身体が宙を舞う。

 彼女の全身全霊の突きが魔王のこめかみに炸裂する。

「ぐあぁぁぁ!」

 ルシフスが断末魔の叫びをあげる。だが、まだ絶命していない。

「ジル、今だ!このままあたしごと勇者の剣で叩きつぶせ!」

 巨大な魔王に剣ごとしがみついてるライラがジルに向かって叫ぶ。

「そんなことできるかぁ!」

 ライラを助け出すためにジルが魔王に向かって跳躍する。だが、ルシフスの口から波動が発せられジルに襲いかかる。

 水鏡みかがみの盾で波動を受け止めるがその反動で盾が弾き飛ばされる。

空中浮遊フーリアン

 ジルの身体が光の玉に包まれ空に浮かぶ。光の玉はそのまま一気にルシフスの元に突っ込んでいく。

「ライラ!跳んで!」

 ジルの言葉にライラがルシフスの巨大な頭を蹴りつけて跳躍する。しかし、すでにルシフスの結界は復活の兆しをみせていた。

「まずいですわ。このままだと二人とも結界の中に取り込まれてしまいます」

 テレナの言葉にミシウムが

「中から結界破壊をすれば脱出できるじゃろうに」と返した。

「そんなわけありませんわ。結界の中からあんな強力な結界破壊を行なったら二人とも無事ではすみません。下手をすればルシフスと共に粉々です」

「……じゃったらどうする?」

 ミシウムの疑問にテレナは一瞬考えて答えを出した。

「集約雷撃で結界の進攻を食い止めます」

 言うが早いか両の手をあげて気を集めはじめた。

「ミシウムさん、申し訳ありませんが回復呪文に使うつもりだった魔法力をこちらに回していただきます」

「ちょっと待て」

 ミシウムが疑問を呈す。

「集約雷撃は少なくとも四人の魔法力を持った人間の力を集める呪文じゃろう。じゃが、もうわしらの仲間で魔法力を持っているのは三人だけじゃぞ」

 その通りだ。魔法使いであるテレナと僧侶のミシウム。それに勇者のジルは少なからず魔法力を持っているし魔法を使える。だが戦士であるライラだけは魔法が使えない。そんなことはテレナもわかっている。

「他に方法はありませんわ。わたくし一人の雷撃呪文では結界を食い止めるのに力が足りませんし、召喚竜では間に合うことすらできません。三人分の魔法力で雷撃が作れるかどうか、一か八か賭けるしかありません」

 テレナはそう言うと後は静かに小声で呪文を唱えだし気を集めることに集中した。その間も結界は刻一刻と魔王の頭を覆いはじめていた。

 ジルは光の玉の中に飛び込んだライラを抱き留めた。

「ライラ、大丈夫?」

「大丈夫だ。でもジル、お前までこんなところにきてどうするんだ」

 二メートル以上の身長のライラを右手で抱き抱えながらジルは安心させるようにニッコリ笑った。

「このまま閉じかかっている結界を突き破ってみるさ」

 ジルはそう言うと勇者の剣を余った左手で構えなおした。

「だったら早くした方がいい。どんどん結界が閉じる早さが早くなってきてる」ライラがジルの身に身体を寄せながら言った。

「うん……ごめん。無茶な作戦で危険な目にあわせて」

 ジルが謝る。戦う事を生業としているライラと違って魔族討伐がはじめての戦いのジルは自分の未熟さを誰よりも自覚していた。

「謝る事はないよ。勇者でなくちゃ魔王を倒す事はできないんだから。お前はよくやったよ」ライラが慰める。「さあ、この結界を脱出してからこいつを倒す算段を考えようぜ」

 ジルはうなずく。だが、ここを突破できたとしてももう体力も魔法力も限界を越えていた。このままでは四人とも為す術もなく蹂躙されるだろう。ジルは意を決して

「ライラ」と語りかけた。

 ライラが彼の方を振り向くと、ジルはその首筋を掴んで引き寄せて口づけをした。

 目を見開いて驚くライラ。まさかこの場でこんなことが起こるなど考えてもみなかった。

 唇を外して

「ライラ、君が……好きだ。だから、君だけでも必ずここから脱出させてみせるから」と彼は約束する。

 ライラはふと微笑み、

「だったらこの剣の矛先はこちらに向けないとな」と、彼の左手を取って勇者の剣を魔王ルシフスに向けさせた。

「せめてあの二人だけでも逃がしたいよな」結界の外で援護をしてくれているテレナとミシウムを見ながら言った。「それとも、あたしと心中じゃ不満かい?」

 ジルはまじまじとライラを見つめた。……そうなのだ。いつも率先して危険を受け持ってくれるライラ。そんな彼女だから自分は好きになったのだ。そのライラが自分と共に最期を向かえる覚悟を示してくれている。こんな嬉しい事があるだろうか。

 ジルはうなずき剣を持ってる左手に力を込めた。

「勇者の剣の力を全開にするよ」

「心得た」

 勇者の剣の刃が輝きはじめた。二人を包んだ光の玉がゆっくりとルシフスの巨大な頭に向かって進んでいく。

 その時、結界の外で巨大な雷撃が光り輝き鳴り響いた。

「……嘘?」

 テレナは自分が行なった結果にいちばん驚いていた。まさかこんなに巨大な雷撃を作り上げる事ができるなどと想像もしていなかった。本来なら三人分の魔法力で“集約雷撃”を作り上げる事など不可能なはずなのだ。

 巨大な雷撃はルシフスの結界の速度を止める事はできなかったが鈍らせる事には成功した。

 この機会をジルとライラは逃さなかった。光の玉の速度をあげて突っ込んでいく。

「行っけぇぇぇぇ!」

 光り輝く勇者の剣が魔王ルシフスのこめかみに突き刺さった疾風の剣の隣に突き刺さる。ルシフスの結界を破壊するほどの巨大な力が魔王本人の肉体を破壊していく。肉体の内側から大きなエネルギーがほとばしる。そのエネルギーがジルとライラの身体を吹き飛ばす。

召喚竜ドラゴン!二人を助け出しなさい!」

 テレナが召喚した竜に命じる。命じられた竜が爆発の中を突き進む。二人を見つけた竜がその巨大な口中に二人を含む。

 爆風が一帯を覆う。ミシウムが小さな障壁をテレナと自分のまわりに張る。だが、その巨大な爆風は障壁ごと二人を吹き飛ばした。


 魔王ルシフスがリストリア王国を含めたこの世界を支配しようと企み、魔族を操っていたエレネーゼ山。通称“魔族の山”。その標高一千メートルを超す山の峰が一瞬のうちに爆風と共に吹き飛んだ。一帯はまるで存在しなかったかのように均され、その地平線上には朝日が顔を出しはじめていた。

 均された地面がひとつ盛り上がり中から人影が現れた。

「……タハーッ。……よく生きてたわい」ミシウムが吹き飛ばされた土の中から這い出てきた。「ここはいったいどこじゃろうな?」

 山の形が姿を変えたために自分のいる場所が理解できなくなっていた。

「あそこに見えるのがトリアトの町かな?そうじゃとしたら太陽の反対側にあるからあっちが西で……。あかん、さっぱりわからん。それよりも、みんなは無事じゃろうか?」

 トリアトの町に向かって狼煙の合図を送りながら独り言を呟やく。それにしても、みんなは自分と同じようにどこかに埋もれていると考えられるがどうやって探せばいいか見当もつかない。

 その時、地平線の向こうの土が少し動いたのが見えた。……もしかしたらと残った体力を振り絞ってそこに向かって歩きだす。

 土が動いた場所について両手で土を掻きだす。すると中からテレナの青いフードが見えた。やれうれしやと掻きだすスピードをあげる。フードの下からテレナの顔が現れた。

「おい、テレナ。生きとるか?」

 上半身だけをなんとか地表に出してから頬を叩いて声をかける。うめき声があがっているのをみるとどうやら死んではいないようだ。

「起きんのじゃったら王子様の口づけで目を覚まさせてあげようかの。ムフフ」

 その言葉に反応したのかテレナが目を開けて上半身だけミシウムから離れるようにのけ反らせた。

「舌噛んで死にますよ」

「……冗談なのに」

 ミシウムは下半身を抜き出すためにさらに土を掻きだしはじめた。

「ジルとライラさんは無事なのでしょうか?」

 テレナが尋ねる。

「わからんの。お前さんの竜が助けに向かったんじゃからお前さんがわかるんじゃないのかい?」

 ミシウムの言葉にテレナが首を振る。

「わかりません。先ほどから竜を呼び出しているのですがわたくしの魔法力が足りないようで返事がないのです。もしかしたらもう身体を維持できていないかもしれません」

 土中からやっと抜け出したテレナが埃を払いながら立ち上がる。荒れ果てた大地と化した周囲を見ながら途方にくれる。

「竜の身体が無くなっていたらどうなるんじゃ?」

「竜が口の中に二人を保護したのは見えました。ですがもし、竜の身体が消えたのだとしたら二人ともわたくしたちと同じようにどこかに埋もれているでしょう。ただどのタイミングで消えたのかが気がかりなのです。土中に埋もれるまで竜の身体が残っていればいいのですが、もし爆風が起きている真っ最中に消えたのだとしたら……」

 ミシウムの質問に顔を青ざめながらテレナは答える。今も竜を呼び続けているのだろう。

 ミシウムも周囲を改めて見渡す。だが、どこにも変化が見えない。

「もっと遠くまで飛ばされてしまったのかもしれんな」

 思い出したように法衣の汚れを払いながら呟やく。そうだとしたら探し出すのは絶望的かもしれない。

「……のうテレナ。わしらだけでもリストリア城まで行って王に報告せんか?」

 ミシウムの提案をテレナは聞いてはいなかった。地平線上の一点を凝視していた。テレナの変化にミシウムも気がついた。彼女の見ている方角を見ると太陽を背に小さな影がこちらに向かって飛んでくるのが確認できた。

「……わたくしの召喚竜ですわ。無事でしたのね」

 竜はその身体を消失せずにいたのだ。テレナは歓喜に震え竜の飛んでくる方角に向かって歩きだす。力なくフラフラの状態だが歩く。ミシウムもよろけながら彼女について行く。

「キーッ!」

 テレナに向かい竜が鳴き声をあげる。その口中からピンクの甲冑と兜をまとった大柄の戦士と、大きな紅玉をあしらった“勇者の兜”を被り装甲は薄いが魔法力で防御力が通常の鎧の何十倍もある“希望の胸当て”を身につけた小柄な勇者が鳴き声に耳をふさぎながら姿を現した。

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