第6話 盗賊退治



 ざわめきの収まらない村人達。ステルの言葉の影響は大きく、一部は今までの鬱憤から一緒に盗賊を打倒しようと盛り上がり、また別の村人は無謀な少年や盛り上がっている仲間を諫めようとする。そうなると今度は村人同士で意見の対立から騒ぎが大きくなり、それを聞きつけた別の村人達も集まって来て、どんどん収拾がつかなくなり始めた。


「ちょ、ちょっとステル!貴方本気で盗賊を懲らしめるつもりなの!?」


「君だって盗賊をどうにかしたいって言ってたじゃないか。何で今さら自分は関係ありませんって事になるんだよ」


 ステルの正論にキティは言葉に詰まる。確かに自分が相方にどうにか出来ないかと言いはしたが、いざ行動に移されると、心配の方が先に立つ。王宮暮らしのキティでも銃の恐ろしさは多少なりとも知識で知っている。いくらステルも銃を持っていても、同じように銃で武装した十人を相手取るなど危険すぎると止めたかった。

 葛藤するキティをよそに、村人達はより過熱して反対派の意見を聞かなくなり、このまま村長の屋敷に直談判しになだれ込むと息巻いており、ステルにもお呼びが掛かっていた。



 あれよあれよと言う間に村人達と共に村長の屋敷までやって来た二人。ステルは平気な顔をしているが、キティは憎悪に身を任せる村人達に若干怯えている。

 ふつふつと煮えたぎるような盗賊への怒りに身を任せた村人達の熱気に、屋敷の使用人達は恐怖を感じて慌てて村長を呼びに走っている。

 屋敷から出てきた村長は穏やかならぬ村人達の顔を見て、何があったのかを問いただすと、村人達はこれ以上盗賊達に食料を奪われる生活はまっぴらだと訴え始めた。ひとしきり話を聞いた村長は、まあ無理はないだろうと同調する姿勢を見せた。村長だって好き好んでならず者に貴重な食料を貢いだりはしない。だが、現実問題として村人の安全を保障する手段が他に無いのだ。それを必死で村人達に説き続けても、一度過熱して火の付いた暴徒予備軍には理解を得られない。

 途方に暮れる村長にステルが近づき、まず騒がせた事を謝罪する。その後、自分達も盗賊が邪魔なので、協力したいと申し出た。村長は直感で、この少年が村人を焚き付けたと気付いた。正直余計な事をしてくれたと怒りたかったが、努めて冷静に事情を尋ねる。


「一つ目は商人として荷を奪う相手が居ては安全に旅を続けられないので排除したいからです。

 二つ目は彼等が住処にしていると思われる東の遺跡を調べるのが仕事の一つだからです。まさか彼等に真正面から頼んで調べさせてもらうわけにはいかんでしょう。

 最後に奥さんから、あなた方が迷惑しているので何とか出来ないかと言われたので、男として聞かないわけにはいかない」


 決して村の為ではなく自分達の都合だと言うが、だからと言って村にまったく関係無いとは言い難い。仮に盗賊を退治しても、村に被害どころか死者が出ては取り返しがつかない。そう考えれば、非常に腹立たしいが、まだ食い物を差し出すだけで身の安全を確保した方が安くつく。そう説いても村人は聞かない。逆に、何時までそんな搾取を受け入れればいいのか、いずれもっと寄越せと要求するに決まっていると、村人達の中から現状を不安視する声もあった。

 その声に押されて、村長も少しずつ盗賊への怒りに傾いていき、ステルに何か考えがあるのかと問うと、有ると返答した。


「分かった、君の考えを聞かせくれんか」


 とりあえず落ち着いて話をしたいと言って、村長と二人で屋敷に入って行った。残された村人達はこれで忌々しい盗賊共に目にもの見せてやれると喜び、キティも頼りになる相方が誇らしかったが、少しだけ不安に感じていた。



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 翌日の昼過ぎ、村人達は黙々と村の外に食糧を運んでいる。これらの食糧は盗賊への貢ぎ物である。米の他に日持ちする野菜や酒樽なども用意されている。それらを運ぶ村人の顔は期待と不安で半々といった所か。村にやって来た若い行商の夫婦に乗せられるままに盗賊退治を了承したが、本当に成功するかどうかは分からない。しかし、一生このまま奪われ続けるのは御免被る。だからこうして彼等、正確には旦那の悪企みに乗っている。

 盗賊は一月に一度必ず食糧を取り立てに来る。それが今日であり、表向きは素直に食糧を用意していると、盗賊達を油断させねばならない。

 しばらく待っていると、予想通り四足にずんぐりとした胴体を持ち、頭部に何本も角の生えた大型爬虫類、通称『甲竜』に荷車を曳かせ、脚竜に乗った十人足らずの集団が東からやって来た。

 彼等は、これみよがしに長筒の前装式フリントロック銃を担いで威嚇し、あちこちに傷を持った髭面の、如何にも荒くれ者と言った風体だった。


「よう、村長さんよ!今日も俺達の為に食い物を用意してくれて助かったぜ!あんたらが丹精込めて作ってる米は手下共も、うめえうめえって喜んで食ってるぜ」


 賊の頭らしい一際厳つい髭面の中年男が嘲り半分に村長に礼を言うと、周囲の手下達もゲラゲラと笑って、馬鹿にしたように作物が旨かったと村人を煽っていた。村人は青筋を浮かべて食って掛かろうとしたが、手下の一人が銃を構えて警告すると、歯ぎしりしながら耐えるしかなかった。無論これは演技ではなく、本心からの憤りだ。


「真面目に働かずに他人から奪う米と野菜がそんなにも旨いか!貴様等碌な死に方せんぞ。用が済んだらとっとと失せろ、このろくでなし共が!」


 村長が不快感を隠しもせず頭目に退去を命じると、口元を釣り上げてニヤニヤと品の無い笑みを浮かべた頭目が、腰から抜いた短筒のフリントロック銃の引き金を引いた。

 村に乾いた衝撃音が響き、銃身からは白煙が立ち上る。撃ち出された銃弾は村長の足元に着弾。反射的に村長は飛び上がった後、体勢を崩して無様に腰を打ち付けた。


「まあまあ、カリカリすんなよ村長さん。俺達だって争いは嫌いだけどよ、馬鹿にされんのは腹が立つんだぜ。アンタの気概に免じて村には手は出さない代わりに食糧だけで済ませてるんだが、今度からは娘の一人や二人連れて行ってもいいんだぜ?

 俺達はメシが欲しい。アンタらは安全が欲しい。お互い仲良く持ちつ持たれつの関係を続けようぜ」


 村長の無様な姿が笑いを誘い、手下達が爆笑するのを村人達は黙って見ているしかなかった。

 荷車に食糧や酒を載せ終わると、盗賊達は去り際に今日は宴会だの久しぶりに酒を浴びるように飲むなどと、仲間内で呑気な話をして上機嫌でまた来た方向へと去って行った。



 完全に盗賊達が見えなくなると、ステルとキティが村長の元にやってくる。


「余所者のお前さん達に任せるのは少々心苦しいが頼んだぞ。それと、無理はせんことだ。例え失敗しても命まで投げ出してはいかん」


 他の村人達も、ちゃんと生きて帰ってこい、無事を祈っていると二人に声をかける。ステル自身に盗賊を排除する理由があるものの、こうして危険な役目を買って出てくれた以上は心配ぐらいする情けが村人にだってある。それと本当はステルだけが盗賊を追うつもりだったが、キティがどうしても付いて行くと言って聞かず、若い夫婦が命を賭けるのを見ているしかない罪悪感も無関係ではなかった。

 村人達に惜しまれつつ村を出て東に歩き出すと、ステルがまずしゃがみ込んで地面を調べ始めた。キティも同様にしゃがんで地面を見ているが、なぜそんな事をしているか分からなかった。


「よく地面を見てみなよ。盗賊の通った跡が残っている。特に荷を積んだ車の車輪の跡がくっきりとね。これを辿ればあいつらが居なくても住処が分かる」


 確かに言う通り、土が東に向かって抉れている。幸い今は晴れているので急に雨さえ降らなければ、これを目当てに歩いて行けば盗賊達を見失う事は無い。

 しばらく二人は荷車の轍を道しるべに歩き続ける。商品などの不要な荷物と脚竜、旅費や村人から買い取った宝石や装飾品も一緒に村長に預かって貰っている。ある種の裏切らない保証のようなものだ。

 軽い足取りのキティが暇なのでステルに今後どうなるかを聞いてみると、盗賊達が住処に戻って夜には宴会を始めるだろうから、その後が本番だと語る。


「酒にたんまり混ぜておいた催眠薬が効いて丸一日は寝たままだよ。下戸な奴も中には居て飲まないかもしれないけど、せいぜい一人か二人だから、こちらが圧倒的に有利。念のために夜明け前に仕掛ければ、多分まともに戦わなくても十分勝てる。何も全員と真正面から戦う必要なんて無いよね」


「ステルって用意が良いわよね。ヴェルディに居た時に盗賊の噂を聞いただけで、あらかじめ薬を用意しているんだもの」


 キティの言う通り、ステルはヴェルディでマルセイユから盗賊の事を聞いて、すぐに薬屋で催眠薬を有るだけ買い込んでいた。まるでこの状況が分かっていたかのような備えにキティを始め村人達も驚いた。

 ステルの策はごく単純なものである。いつも通り食糧を奪いに来た盗賊に、不承不承ながら食糧と酒を渡す。喜んで渡すと怪しまれるので、極力嫌そうに渡すのが肝心。そして宴会で催眠薬入りの酒をたらふく飲んだ盗賊が寝入った間に、ステルとオマケのキティが住処まで行き、全て捕まえて村まで運ぶ。上手く行けば誰も血を流さずに盗賊を排除出来るだろう。

 村長は最初に策を聞いた時、上手く行くか半信半疑だったが、真っ向から戦うわけではないし、失敗したらしたで元から差し出すつもりだった食糧を持っていかれるだけの事だったので、最終的にはステルの策を受け入れた。後は若い二人が無駄に命を失わないか、それだけが心配の種だった。


「問題は捕まえてきた盗賊を代官に引き渡した後なんだけどね。また同じような盗賊が出たら、せっかく捕まえた意味が無い。代官が心を入れ替えて真面目に職務を全うするなら良いけど、多分無理だろうね」


 溜息を吐いて、この土地を管理する代官の怠慢を誹る。ステルが思うに、きっと代官は盗賊達から分け前を貰って領内の悪事を見逃している。でなければこうも大ぴらに村から食糧を奪えないし、討伐隊が結成されて討ち取られる事も無く、のうのうと生きているはずが無い。襲われた商人や村人が訴えても音沙汰無しという事は、部下が勝手にやっている事ではなく、本人が知っていて見逃していると考えた方が納得がいく。となると、例え今回の盗賊を捕まえても、また同じような盗賊から分け前を貰って悪事を見逃すだろう。

 根本的な解決手段が無いわけでは無いが、あまりメロディアの内政に首を突っ込みたくないステルにとって、そこまでする義理は無い。しかし連れ合いがこの事を知ったらきっと黙ってはいないだろうとは容易に想像がつく。アレはアホの子だが、反面人一倍、民への義務感は強い。そちらも考えてやらねばならない。

 とりあえず後の事は後で考えて、今は自分の目的の為に、ふんぞり返っているならず者共を排除する事に労力を注ぐのが先決だった。



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