第4話 目的地判明



 王都バッハを旅立って四日目。二人は無事に北の都市ヴェルディへとたどり着いた。本来は徒歩で三日もあれば着くのだが、旅慣れていないキティの脚を考慮して少しゆっくり歩いていた為、一日多くなった。


「やっと着いたー。長かったー。歩きの旅って毎回こんなに疲れるの?」


「そうだよ。それどころかこの辺りは王都付近だから治安がかなり良くて気軽に夜営出来るけど、辺境とか行ったらもっと神経疲れるからね。

 さてと、これからどうしようかな。宿を取ってもいいけど、まだ日が高いし、キティが指名手配されているかどうかも知っておきたい」


 まだ昼前なのと、同行者の捜索にどれだけ手が伸びているかを知っておかねば迂闊には動けない。それを聞いてキティはしょげていたが、ステルが頭を撫でて慰めると怒り出す。


「ちょ、ちょっと止めてよ!何で年下の子に慰められないといけないのよ!恥ずかしいじゃない!」


 頭を触られた事より、年下に気を遣われた事の方がお気に召さなかったらしい。だが、今まで散々に助けてもらっておんぶにだっこの状態では説得力が無い。そしてキティも本当に嫌なら、その華奢な身体に似合わない腕力で跳ね除けるはずだが、決して腕力に訴える事はしないし、実は内心、少しだけ嬉しいと感じている。しかし、人前では恥ずかしいので止めてほしいという程度には抗議していた。

 抗議の言葉を聞いて、これ以上は流石に暴力に訴えると思ったステルは手を放して、軽く謝罪したので、それでこの場は収まり、話は戻る。


「キティはまだ元気そうだね。宿の先にちょっと寄る所があるから、付き合ってくれる?」


「うん、良いわよ。それでどこに行くの?」


 何か珍しい物が見れそうだと思ったキティは乗り気だが、ステルはその場は秘密だと言ってずんずんと歩いて行った。



 都市ヴェルディはメロディア王国の中では小規模な都市になる。人口は約二万人。内陸部の平地にあり、水源が豊富で米や野菜を作る農業が主な産業である。しかし王都バッハに近い事から、食糧供給地としてそれなりに重要な都市と見なされている。その為か、排煙の酷い蒸気機関は好まれていないので、こちらにはまだ鉄道が敷かれていない。おかげで新鮮な空気が吸えて、キティは過ごしやすそうである。

 目的地は街の入り口からそう離れておらず、それほど歩く必要は無かった。


「――――あった、ここだ」


「『マルセイユ割れ物屋』?えっと、陶磁器とかガラスを扱ってるお店よね?」


 看板の屋号を読み、外に並べられている大型の水瓶からおよそ店の取り扱っている商品を察したキティは、却ってステルがなぜこのような店に用があるのか見当が付けられなかった。銃などの武器を扱う店や旅に必要な物を扱う店ならまだ分かるが、壊れやすい陶器に用があるとは、ちょっと考え辛かった。

 同行者の疑問にはまだ答えずに、表で掃除をしていた従業員に脚竜を預けてステルは店の中に入って行った。

 店の中は雑多な焼き物や一部ガラス製品が所狭しと棚に並べられている。皿やカップのような食器、花瓶や水差しのような日用品、動物を模した調度品など、どちらかと言えば庶民向けの安い焼き物を取り扱っている店のように思えた。

 奥のカウンターには本を読みながらパイプで煙を吹かす白髪交じりの中年が座っている。眼だけを入って来た客と思わしき二人に向けるが態度はそのまま。実に商売っ気の無い頑固な店主といった風体だった。


「欲しい商品があるんだけど」


「ならその商品を直接持ってきな。表のでかい物が欲しいなら話は別だが」


「欲しいのはフクロウの目と耳の付いた置物なんだ」


 その言葉に、店主のマルセイユが初めて興味を示す。本を閉じて、パイプを灰皿に置く。話を聞く気になったと察したステルは、懐から金属製の板を取り出し、店主に見せる。じっくりと観察して、ステルの後ろにいたキティにも目を向けると、酷く面倒そうに紫煙を吐く。


「まったく、獅子が田舎の梟に何の用だ。後ろのお嬢ちゃんは、ここ数日いろんな奴があちこちで目の色変えて探してる娘だろう?もしかしてお前さんが攫ったんじゃないだろうな」


「そんな事はしないよ。後ろの姉さんと出会ったのは完全な偶然だ。で、俺は欲しい物があるんだけど」


 そう言ってステルは背嚢から一冊の古びた本を取り出し、本に挟まっていた変色して擦り切れた麻紙を店主に見せる。それを横からキティも覗くと、見覚えのある図が描かれている。このメロディア王国の、それもこの辺りの地形の描きこまれた地図だった。そこに小さく丸が描かれている。


「ここの丸に何か特別なものが無いか、それを知りたい」


「――――確かここから徒歩で二日の距離に小さな村があったぞ。だが、それだけで、特別気にするようなものは無かったはずだが。いや、そういえばあの辺りは盗賊がねぐらにしてるとか噂があったな」


 盗賊と聞いてキティは驚き、カウンター越しにどういうことかと詰め寄る。


「落ち着きな、お嬢ちゃん。この辺りに商隊とか旅人を襲う盗賊共が出没するってだけだ。そういうのはここの街の代官がどうにかするのが筋だ。俺のような庶民がどうにか出来る話じゃないし、お嬢ちゃんの出る幕じゃないぞ。

 俺が知ってのはこれぐらいだ」


「うーん、盗賊か。――――いや、ありがとう。一応これ家の仕事の一環だから、代金は帝都に請求書送っておいて」


「そいつは良いが、そこに行くなら備えはしておけよ。あと、街にはお嬢ちゃんを探してる兵隊が居るから宿屋には行かない方が良い。泊まる場所がなけりゃ家の客間を使え」


 意外な言葉に二人は少し驚く。どう見てもそんな気の利いた提案をするような態度の男ではない。マルセイユに呼ばれて奥さんらしい人が店の奥から出てきて、二人の面倒を見てやれと言ってそれっきりだんまりだ。

 奥方が言うには、ぶっきらぼうだが面倒見の良い性格をしていて、特に子供には結構甘いとの事だ。それが恥ずかしかったのか、マルセイユは奥方に黙っていろと一喝し、子供は子供らしく大人の言う事を聞いておけと、怒ったような口調でまくしたてた。キティは躊躇ったが、現実問題として王都に比べて宿屋の少ないこの街では見つかりやすいだろうと、ステルは素直に申し出を受けておいた。


「じゃあ俺は必要な物資を補充してくるから大人しく待ってて」


 そう言って奥方にキティを預けて、ステルは店から出て行き、彼女はそれを少し寂しそうに見送った。



 夕刻前には必要な物資を一通り揃えたステルが店の奥の住居に戻ると、外の炊事場で家族らしい女性達と一緒にキティが手伝いをしていた。明らかに動きがぎこちなく、傍から見ると手伝っているのか邪魔をしているのか分からないが、懸命さは伝わってきた。せめて鍋を焦がしてくれるなと思いつつ手出しはしなかった。

 食事は家族とともに卓に就いたので大勢になった。店主夫妻とその息子夫婦に、その子供達が三人いる。九人の大所帯が一度に食事を執ると、非常にやかましい。彼等はキティの素性には気付いていないようで、店主からはただの知り合いの行商人夫婦だと知らされている。

 メロディア人は基本、米を主食にする。一応、小麦も裏作で作るかドナウ帝国から安く入って来るので食べるには食べるが、大体の家は米を蒸すか煮て食べる。マルセイユ家もその例に漏れず、食卓には香草入りの蒸した米と、川魚の団子と野菜たっぷりのスープが食卓に並んだ。

 キティも久しぶりに手の込んだ料理を口に出来て、しきりに美味しい美味しいと喜んで食べている。頭が残念な分、こういう所で素直に感想を言えるのは得ではないかとステルは思った。

 それに舌が肥えているはずだが、道中も特に食事に不満を言わないのは非常に助かる。もし文句を言ったら、その場で物別れしていたのは内緒である。


「お姉さん美味しそうにご飯食べるのは良いけど、もう少し料理憶えないと旦那さんに呆れられて捨てられるよ」


 すぐ隣で料理の腕を見ていたこの家の孫娘、12歳のアニーに突っ込まれてむせた。生まれと育ちを考えると、料理経験の無さは当然なのだが、表向きは行商の若い夫婦で通しているので、少女の忠告は至極真っ当な言葉である。貴族でもなければ、料理一つ満足に出来ない嫁など離縁されて当然。それが平民の一般的な常識である。


「そうねえ、キティさんは行商だからあまり凝った料理は作れないでしょうけど、そもそも料理の基本がなってないから、もうちょっと頑張っても良いと思うわ。けど、裁縫はものすごく上手いから、料理だって練習すればすぐ覚えられるわよ」


 横から二十代半ばの女性、息子に嫁いできた奥方のペギーから駄目出しとフォローを受ける。ステルが居ない時間、暇そうにしていたキティが手伝いと称して子供達の服を繕っており、ついでとばかりに花柄や動物の柄を刺繍して喜ばれた。

 貴族の女性にとって裁縫は嗜みの一つであり、キティが修めているのはそう不思議な事でもなく、歌以外にも特技と呼べる物があったのかとステルが感心すると、勝ち誇った顔をする。この自信満々さは生来の資質だろう。



 夕食を終えると風呂を勧められた。メロディアの平民は基本的に街の公衆浴場を利用するが、貴族や金持ちは大抵自宅に風呂を持っている。一部、裕福な平民もそれに倣って自宅に風呂を構えており、この家にも小さいながら風呂があった。

 客人に一番風呂を譲るのは礼儀の一つだったが、問題は二人が表向き夫婦を装っている事だ。夫婦ならば一緒に入浴するのも何らおかしな事ではないし、家族の多い家庭では一人一人入っていては湯が冷める。だからなるべく複数で風呂に入るのだが、当然全裸だ。これにはキティも慌てるが、夫婦なんだから恥ずかしがるような事ではない、普段もっと恥ずかしい事をしてるだろうと奥方達に言われてしまい、結局ステルと二人で風呂に入る事となった。


「ねえ、ちゃんと横向いててよ」


「心配しなくても見てないから安心して身体洗いなよ。あまり家主達を待たせるわけにはいかないんだから」


 湯船に浸かるステルは外で体を洗うキティに、もう何度も確認を受けていた。しかしステルからすると、同じベッドで寝たり、着替えを手伝わせたり、マッサージの為に体中を触りまくっているのにもかかわらず、今さら裸を見せるのが恥ずかしいと思うのがちょっと腑に落ちない。

 ステルもキティの裸体を見たい欲求は結構あるし、このまま押し倒しても文句言われる筋合い無いだろうなあ、と割と本気で思っているが、本人が嫌がりそうだから頑張って我慢している。と言うか、衝動を抑えるのは結構辛い。


「―――ご飯美味しかったね。旅で食べたパンも美味しかったけど、こんなふうにワイワイ皆で食べた事初めてなんだ。王宮だとね、家族ともあんなに騒がしく食べれないから静かなんだ。だから、ちょっと平民の家庭とか羨ましくなった」


「向こうからすればキティの方が羨望を受ける生活だと思うよ。大陸中の珍しい物とか、海を隔てた食べ物だって簡単に手に入るってね。お互いに手に入らないから羨ましいと思う」


 そんなものかー、と納得したようなしてないように呟きながら、髪に付いた泡を洗い流そうと桶を掴もうとするが、眼を閉じたままなので手は空を切り続ける。仕方なくステルが桶を手に取って頭に湯を掛けてやる。

 キティは礼を言うが、数秒後にふと裸を見られたと気付いて怒る。


「なら、俺の裸も見ていいから。それでおあいこって事にしようよ」


 そう言って湯船から這い出ると、キティの目の前にステルのそそり立つ一物が現れる。間近で異性の裸を殆ど見た事が無い彼女は目が離せない。


「いや、見てもいいけどそんな凝視されると結構恥ずかしいんだけど」


 慌てて目を閉じるが既に時遅し。しっかりと脳裏にステルの一物が焼き付いてしまう。そしてステルから逃れるために湯船へと入り、必死で顔を合わせないように後ろを向いたキティを可愛いと思いつつ、四日溜まった垢を落としてすっきりした。

 だが、キティは忘れていた。風呂で顔を突き合わせなくとも、用意された客間は一つ、もちろんベッドは一つしかない。つまり、今日も二人は一緒に寝起きする。必然的にステルの顔を見るし、そのたびに彼の裸体を思い出してしまい、キティはその晩、悶々とした想いをしてあまり寝付けなかった。


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