『女装千年王国』……男の娘エロゲーに人生を賭けた西田一が語る、ただひとつの“愛の物語”

昼間たかし

<1>

 その晩、私はひとりの男と酒を飲んでいた。


「明日上京するので、お会いできませんか?」


 西田一から、そんな連絡を貰ったのは前日の夕方だった。ヒロインが全員男の娘ということで注目された『女装山脈』を出発点に、ひたむきに男の娘をテーマにしたアダルトゲームをつくり続ける男。ともすれば「変態」と謗られるテーマに人生を賭けた男と初めて会ったのは昨年制作した『女装学園(孕)』が発売された直後のことだった。


 共通の知人がいたことがあったからか。それとも、私自身が男の娘が最高であるとか、三次元でなっている人たちは羨ましいという本音を隠す必要もないと思って話をしたためか。いずれにしても、話ははずんだ。


 私の想いに応えるかのように、西田もまた作品への情熱をとめどもなく語ってくれた。


 中でも、彼が熱く語ったのは『女装山脈』から通底する、男の娘の<妊娠>を描くことへの使命感であった。


「妊娠したら子どもが生まれるというのは、エロゲーの中では最大のハッピーエンドだと思っています。ゆえに、男の娘でも妊娠することができたら、すべての問題はその場で解決するんです。ハッピーエンドに持っていくためには、男の娘を妊娠させなくてはいけない……」


 愛を育んだ結果としてのセックス。その結果としての妊娠。そこには「エロゲー」を超えた崇高な思いと、幸福に包まれた興奮があるような気がした。事実、ネットで作品名で検索してみても、批判的な意見はほとんど見られない。購入した無数の人たちが、西田と同じように幸福を感じているように見えた。


 西田の作品は、決して大きく宣伝がうたれるものではない。有り体にいえば、熱心に取り上げるメディアも少ない。いわゆる「大手」に比べれば、市井のユーザーに言及されることは多くはない。けれども、そんな市場の片隅にそっと置かれた作品を通じて、西田は新しい常識を創造している。男の娘が妊娠することが当然であるという常識を……。


「それが、ボクのシナリオとしての仕事だと思ってるんです」


 その一点の曇りもないまなざしは、ずっと記憶に残っていた。だからである。年末に『SPA!』から「今年のエロゲーの十大ニュース」をテーマに取材を受けた時、私の口からは迷うことなく『女装学園(孕)』が最初に飛び出した。

 

 それから約一年。新作『女装千年王国』の告知が始まったのは春のことだった。ライトノベルの定番である「異世界転生もの」をモチーフに描かれる男の娘物語。トラックにひかれて異世界に転生した主人公は、勇者として魔王を打ち倒す。そして、平和が訪れた世界を舞台に、女装姫騎士・女装サキュバス・

女装聖女との物語は綴られる。なんでも「女装」とつければよいのか。そんな取って付けたようなキャラクター設定。その緩さが、逆により硬質な芯のある物語世界を構築しているように思えた。


 当初の予定より、一ヶ月遅れた発売日。私もすぐにダウンロード版を購入し、インストールを終わらせた。けれども、様々な原稿と、それに付随した読書に忙殺されて、なかなか「入国」することはできなかった。Twitterをみると、次々と「入国」を果たし、愛を育んだ人々が幸せそうなツイートを

紡いでいた。


 どのヒロインからだろうか。メインヒロインである姫騎士か。それとも、翻弄してくれそうなサキュバスか。いやいや、アダルトにおいては定番ながら、禁忌を犯す感じが一段と強い聖女なのか……。そんなことを考えながら、入国を前に足踏みしていたら、西田から連絡が来たのである。


 別件の用をどうにか切り上げた私は、どしゃぶりの雨の中を、待ち合わせ場所のバーへと急いだ。狭い路地を傘を差した酔客の間をすり抜けた先に目当ての店はあった。扉を開けて狭い階段を昇る。壁がブルー一色に塗られた薄暗いカウンターだけの店内。その一番奥で、既に少し酔っているのか、西田は壁にもたれかかるように座っていた。


 再会の挨拶の後、ザ・フーが流れる中で、あれこれと言葉を交わした。酒の上でのことである。たいした話ではない。作品の売れ行き。最近の注目している男の娘作品。TSFには、なにか感じるものはあるか……。


 この夜は、そんな他愛もない会話で終わるのかと思っていた。


 だが、しばらくしてから、ふと、西田がつぶやくような声でいった。


「ぼくの理想のする男の娘は、理想の中にしかいないんです」

「理想の中に?」

 私が問いかけると、西田は少し考えてから、言葉を続けた。

「いや、現実にも一人だけ……。大島薫さんが出てきた時だけは違いました……」

 そして、西田はグラスの三分の一ほどになった酒を飲み干した。

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