第1章~魔王を倒して旅に出る~

第3話 カチ込み、魔王城!


 魔族――――遥かな古の闇より現れ、邪神を信奉し人類の天敵とされる存在である。


 身体能力・魔力共に並の人類よりも数段高く、これに加えて高位魔族ともなると、魔物と呼ばれる“マナ”の影響を強く受けた生物を操る権能まで持つ非常に厄介な種族でもあった。


 八洲ヤシマの学者によれば、「魔族は“末那マナ”と呼ばれる魔法を行使するための元素による影響を強く受けた人類の一種である」という説も提唱されていたりはするが、それをこの大陸で言おうものなら精霊神殿から異端認定されてしまう。


 魔族はこの世から滅ぼし去るべき存在で、たとえ二足歩行で人型をしていて対話が可能な存在がいたとしても、人類の範囲には絶対に入れたくないようだ。

 この調子だと、魔王が討伐されたら今度は人間以外の種族まで迫害を始めそうな勢いである。


 自分たちの大陸における影響力を低下させたくない政治的な意図も透けて見えて呆れそうになるが、そういうモノに関わるのは故郷にいた頃に死ぬほどひどい目に遭って懲りていたので関係者を前に口に出したことはない。


 精霊神殿の関係者といえば、勇者一行にいた《聖女》ルクレツィアがそうだ。

 だが、彼女にそんなことを言ってもただのいやがらせにしかならないし、あまりにも無益だろう。

 それ以前に、俺には女人を虐めて喜ぶ趣味など存在しない。


 しかし、口さがない連中は彼女を“勇者に媚びる精霊神殿の雌犬”と陰で呼んだりしていたし、その《聖女》としての笑顔の裏側で彼女が傷ついていたことも俺は知っていた。


 そんな彼女をフォローするのはどうも俺の役目だったようで、面倒なことには関わろうとしないデュランが微妙に抜け目ないヤツだなと思った瞬間でもあったが。


 まぁ、話が逸れてしまったが、実際のところは、そのように言われても仕方ないだけのが魔族にはある。

 彼らは“魔王”と呼ばれる王をその頂点に戴き、数百年ごとに人類の生存圏へと侵攻を繰り返していた。


 そして、その戦いにおける人類側の切り札が《聖剣の勇者》とされているのだが……。


「うー、寒いな……」


 さすがに鼻水が出てきそうになる。


 声と共に吐き出した息は瞬く間に白く染め上げられるが、すぐに凍てつく大気に冷やされて虚空へと消えていく。


 ここは地の果て流されて……いや、極北とまではいかないが、人間が生きていくには適さない場所だけに、肌を刺すような空気が辺り一帯を支配していた。


 目の前には雪に覆われた巨大な山々が連なっており、これのせいでまるで最果ての地へと来てしまったような錯覚を覚えそうになる。


「そして、あれか……」


 デュランたちと別れた俺はあのまま北へと進み、ついに魔王城へ至った。


 巨大な山の麓に聳え立つ魔王城を眺める。

 なんともまぁ、実におあつらえ向きの場所にあるといえよう。


 仄かに漂ってくるは魔の瘴気。

 それを受けてか腰の刀の鍔がカチカチと小さく鳴る。


「わかったわかった。もうじき出番だ、大人しくしてろ」


 刀の柄頭を軽く叩き、俺は


 《蝕身狂四郎むしばみきょうしろう》――――最上大業物の一振りで、より多くを斬るために薙刀から太刀に直され、八洲の地で人魔問わず肉を斬り血を吸い過ぎたせいで意思が芽生えかけているとされる妖刀だ。

 “される”と推定表現を使ったが、鍔が勝手に鳴り出すあたり俺から言わせればコイツは立派な呪いの刀である。


 過去には、コイツの“呪い”を御せる人間がまるでおらず、回り回って俺の実家に預けられた。

 刀集めと死合いが大好きだった兄貴が使っていたが、結局いろいろあって俺のところに流れてきた。


 しかし、俺以上にやる気――――もとい、る気満々の刀が今の俺にとって唯一の旅の連れだと考えると、さすがに目から汗が出てきそうになる。


 とはいえ、ここまで来た目的は元よりひとつ。


「では、くか。コソコソ進むのも性には合わんし、正面からで構わんだろう」


 軽く息を吐き出した俺は魔王城へと向かって真っすぐに歩き始める。







~~~ ~~~ ~~~







「なんだ、貴様は……?」


 城門までのんびり歩いて行くと、屈強な門番に誰何すいかされた。


 コイツは魔物……ではなく魔族なのだろう。


 目の前の門番は、トカゲ――――いや、ドラゴンか? ともかくそんな岩石のような鱗に覆われた生き物が二足歩行になった上に、えらく人間風の筋肉を蓄えたような見た目をしている。


 身長は二.五メルテンをゆうに越え、一.八メルテンはある俺よりも頭数個分大きい。

 頭部からは野太い角が二本背中に向かって生えており、それがまた威圧感を一層高めていた。


 右手には長柄の大戦斧。

 いったいどれほどの血を吸ってきたのか、刃の部分が金属とは思えない妙な赤黒い色合いとなっている。


 刺すような威圧感が不審者たる俺を目がけて放射されており、肌が小さく粟立つ。

 目前に控えた戦いの予感を受け、少しばかり楽しくなってくる。


 しかし、いちいち声をかけてくるなんて律儀な性格だと感心してしまう。

 明らかに俺の姿は人間のもので、魔族のようにマナの影響を大きく受けた血脈は持っていないはずだ。


 ……ちゃんと人間の見た目しているよな?


 門番の対応のせいで急に不安になり、思わず鏡を取り出したくなったが我慢する。


「……九条雪叢、ただの侍だ。魔王の首を貰い受けに来た」


「なっ――――!?」


 さらりと口にした俺の言葉に、門番は言葉を失う。


 単身――――しかも軽装で乗り込んできた人間が、まさかそんな発言をするとは夢にも思っていなかったのだろう。


 そして、その驚愕にやや遅れるようにして、今度は相手の怒気と殺気が瞬間的に膨れ上がった。


「き、貴様ァ……! 人間ごときが無礼な物言いを!」


 震えるような怒声と共に門番が動いた。

 一見して鈍重そうに見えるが、その身のこなしは素早かった。


「魔王城の門番を任されし“イブル竜人ドラゴニュート”の力を思い知るがいい!」


 跪けと言わんばかりに繰り出される門番――――魔竜人とやらが握る大斧の振り下ろし。

 まともに喰らえば、跪くどころか脳天から真っ二つにされてしまうであろう流星のような一撃だった。

 なるほど、これが大斧の色が変わるまで戦い続けてきた証か。


 重々しい金属音が鳴り響く。


「たいした自己紹介だ」


 超重量級の一撃を、俺は鞘から抜き払って頭上へと掲げた刀で真正面から受け止めた。


「な、なんだ、貴様は……」


 いちばん最初の言葉と同じながら、そこに含まれる感情はまるで違う。


 驚愕に歪む門番の竜の顔からは滝のような汗が流れ出ていた。

 この極寒の地にもかかわらず、だ。おそらく渾身の力で押し切ろうとしているのだろう。


 流れ出る汗は、やがて蒸気となって身体から放出され始めるが、それでも大斧は一切動かない。


「先刻、伝えただろう? ただの侍だと」


 キチキチ――――狂四郎が攻防の中にもかかわらず鍔を鳴らして抗議してくる。


 刀で斧なんか受け止めるなと言いたいのだろう。なんとも神経質なヤツだ。


「小癪なァ!」


 まったく動きのない状況にしびれを切らせた門番が、ひと吠えして大きく後ろに下がる。

 一度体勢を立て直すと見せかけて、こちらを誘い込んでから反撃カウンターを繰り出すつもりなのだろう。


 


 すぐさま一気に大地を踏みしめ前進。

 相手が着地した瞬間を狙って、一気に


 凄まじい絶叫が門番の口から漏れ出るが、ここで反撃の手は緩めない。


 相手の態勢を崩したところで、そのまま潰れかけた膝を踏み台にして虚空へと躍り出て、大地の力じゅうりょくが俺の身体を捉えたところで袈裟懸けに刃を叩き込む。


 強靭な鱗に覆われた門番の外皮を、嬉々として喰らいついた狂四郎の刃はいとも容易く斬り裂いていく。

 そのままずるりと体内に侵入して肉を斬り裂き骨を断ち、そして右脇腹から外へと抜け出た。


 地響きと共に倒れる門番。

 顔に浮かんでいたのは驚愕の表情のまま。体内を一気に蹂躙された衝撃ショックで、魔竜人と名乗った門番はすでに絶命していた。


 狂四郎は、その銘に“蝕身むしばみ”と名付けられているように、斬った相手の身体――――魂や精気を喰らうと伝えられている。

 また、主人と認めない者が握れば、持ち手の魂を喰らうことから二重の意味で“身を蝕む”のだ。


 魂を砕くとされる魔王の《魔剣》には及ばないかもしれないが、それでもとてつもない武器としての威力を秘めている。

 定期的に「何かを斬れ」とうるさく言われることさえなければ最高の相棒なのだが……。


「さて……」


 目の前の巨大な門を渾身の力で蹴り開け――――というよりはこめられたオーラの力で粉砕する。


「戸締りが甘いな、不用心だぞ」


 凄まじい音が魔王城を震わせるように響き渡り、瞬時に瓦礫と化した門の残骸の向こう側――――城の内部から襲撃と気付いた魔物や魔族がこちらへ向かって来ているのが見えた。


 どいつもこいつも実にいい面構えをしている。相手にとって不足はない。


 狂四郎を右八双に構え俺は口を開く。


「九条雪叢、これより推して参る。逃げし者は斬らぬ。斬られたき者あらばかかって参れ」


 故郷のやり方での名乗りを受け、こちらへと押し寄せて来る魔物たちの怒気と殺気が凄まじい密度で俺へと叩き付けられる。


 漂ってくる濃密な殺気の波濤を前に、思わず身体が歓喜に震えそうになる。


 ――――久しぶりだな、この感覚は。


 自分の口元が歪んでいるのがわかる。


 柄頭を握っていた左手を前方へと掲げ、掌を天に向けると俺は指を折り曲げてこちらを目指して殺到しつつある魔物たちを手招きをする。


「さぁさぁ、我を討ち取って見せるだけの“つはもの”はありやなしや?」



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