第12話 イランイランで男を虜に!?


 風間は恵とともに、とある会社の応接室でソファに座っていた。

 ここに二人がいる理由。それは、謝罪のためだ。


 霧島エステートが管理しているビルにこの会社はテナントとして入っているのだが、管理の不備をサポートデスクに連絡したにもかかわらず、その連絡がうまく社内で回っておらずに迷惑をかけてしまった件での謝罪だった。


 案内の人に応接室に通され、この会社の社長さんの手が空くまで待たされている最中というわけで、室内には嫌な緊張感が漂っていた。


「はぁ……やっぱ、怒ってらっしゃいますよね。怒鳴られたらどうしよう」


 気が重そうにしている恵に、


「大丈夫だよ。僕が全部喋るから。君はただ、僕に合わせて頭を下げておけばいいよ」


 風間はそう声をかけるのだが、彼女の顔色は白く、表情は強ばったままだった。


(そうだ……)


 風間は足下に置いてあったビジネスバッグをまさぐると、ひとつの茶色い小瓶を取り出す。そして、ローテーブルの下で蓋をあけて、軽く指を鳴らした。ふわりと、甘くエキゾチックな香りが一瞬あたりを満たす。


 と、そのとき。カチャリと静かな音を立てて応接室のドアが開いた。社長さんらしき人が渋い顔をして入ってくるのが見えたので、急いで小瓶に蓋をしてバッグに放り込むと、恵とともに立ち上がって深く頭を下げた。






 1時間後。


「あまり怒られなくて、良かったです」


 緊張のほぐれた恵の言葉に、風間も表情を緩める。

 あのビルから出てきた風間たちは、帰社する道すがら駅に向かって歩いていた。


「そうだね」


「社長さん。入ってきたときは、いかにもムッとして眉間にも深い皺寄せてたんで、どうしようって思ったんですけど。段々和やかなムードになってきてホッとしました。人当たりの良さそうな社長さんで良かった。そういえば、あの応接室で係長が使った精油、なんだったんですか?」


 恵に問われて、ああ、あれねと風間はビジネスバッグから小さな茶色い小瓶を取り出して彼女の手の平に乗せた。ラベルには『イランイラン』とある。


「イランイランは興奮とか怒りとかを抑えて、ほんわかした気分にしてくれるからね」


「へぇー。あ、あと。帰り際、こんなモノももらっちゃったんですけど。正直、ちょっと困ってます」


 恵は精油の小瓶を風間に返すと、自分のトートバッグのポケットから一枚の名刺を出して風間に見せてくれた。応接室で風間も交換した会社ロゴ入りの名刺とは違う、派手なデザインのプライベートなやつだ。個人のものらしい電話番号やメールアドレスも書かれている。裏返してみると、『こんど食事でも、どうですか』なんて書いてあった。


 それを見て、風間は心の中で「……しまった。やっちまった……」と申し訳ない気持ちになる。


「悪い……これ、僕のせいだ。うっかりしてた。イランイランって、男を誘惑する香りでもあるんだ。昔から媚薬としても使われてたこともあるものだから。そっちに作用しちゃったのかもしれない」


「そうなんですか!?」


 目を丸くする恵。


「うん。……その名刺。迷惑だったら無視しちゃってもいいと思うし。あそこの担当からは君のことは外して、これからは僕と係の別の人で対応するから」


「はい……。そっか、男をとりこにする、かぁ。じゃあごうコンで好みのイケメンみつけて上手く使えば……いや、その前に合コンの予定入れなきゃ。工務店の企画部にいるリサコに連絡とって……」


 なんて何やらブツブツ言い出した恵。風間はそんな恵を見ながら少し心配になる。もしかして、彼女がお目当てのイケメンと一緒にいるときにこっそりこの力を使ってほしいとか言われて、自分もその合コンの場に駆り出されるんじゃないかと……ドキドキして……。


(え……? ドキドキ……?)


 風間は、動揺を悟られないように隠しながら胸に手を当てる。


(もしかして……僕にも効いてる……?)


 うっかりしていた。自分も男だってことを忘れていた。


「風間係長? 話、聞いてます?」


 気がつくと、恵が足を止めてこちらを見ていた。鼓動が早くなる。


「え? な、なんだっけ?」


 動揺して上擦うわずる風間の声に、恵は怪訝そうに首をかしげた。


「ちょうどお昼前だから、駅前で一緒にご飯食べてから戻りません?って訊いたんですけど」


「そ、そうだっけ……? ごめん。僕、ちょっと午後イチで用事入ってたの思い出したから、先に帰るよ。君は、ゆっくり食べてからでいいよ」


 言いつつ、じりじりと後ずさりして恵から離れる。なおも、恵は不思議そうな顔をしていたけれど、わかりましたと言う彼女に「じゃあ、またあとで」と言うと風間は足早に駅へと向かった。


(危なかった……)


 もうこんな気持ち、誰かに対して感じることなんてないと思っていたから、すっかり油断してしまっていた。


 ――――――――――――――

【イランイラン】

 6~10mになる常緑高木。

 イランイランとは、マレー語で『花の中の花』を意味します。


 精神的には、心を解しておおらかな気分にさせたり、高揚させて多幸感をもたらします。


 さらに、誘淫効果があり、官能的な高揚感を高めるといわれています。インドネシアでは、新婚初夜のベッドの周りにこの花びらをまく風習があるそうです。

 男性が最も女性らしさを感じる香りとも言われており、マリリン・モンローや峰不二子愛用の香水、シャネルの5番にも使われている香りです。彼女たちの男を虜にする香りの正体が、このイランイランというわけですね。


 また、肌につけるとアンチエイジング効果もあります(精製水やローズウォーター、ココナッツオイルなどに混ぜて使います。絶対に原液を肌につけないでください)。


 さらに、頭皮の過剰な皮脂を抑えたり髪の成長を促進させる効果があるため、育毛や薄毛予防にも役立ちます。ココナッツオイルなどに数滴イランイランを混ぜたものを頭皮のマッサージに使うとよいです。面倒な場合は、無香料や香りの薄いシャンプー・コンディショナーなどに混ぜて使うのもお手軽です。その場合は、シャンプー50mlに精油10滴くらいを混ぜて使ってみてください。作ったものの使用期限は1~2週間です。


 さらに女性ホルモン(エストロゲン)の分泌を促す効果があったりと、女子力高めるのにうってつけです。

 といっても女性だけではなく、男性の加齢臭対策や薄毛予防、さらにインポテンツを好転させる作用もあるといわれており男性にも役立つ精油です。

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