33 密談4 震災後1年の10月31日

 東・南海トラフ地震から丸1年の復興イベントが、官民さまざまな主催によって各地で催された。ハロウィーンと奇しくも重なってしまった震災の日だが、仮装に熱中する若者たちに自粛ムードはなかった。悪魔や悪霊の祭典と言われるだけに、津波や原発を悪魔に見立てたパフォーマンスが特に目立った。

 全滅市街地の復興はほとんど進展していなかった。初動のガレキ処理に手間取っていたのだ。原子力災害の影響を受けた地域を除いて、一次仮置場への移動はほぼ終わっていたが、二次仮置き場での処分はまだ始まっておらず、代行処理を受託した県の仮設処理施設が立ち上がるのを待っている市町村が多かった。処理終了には少なくともあと2年(発災から3年)を要する計画だったが、逆に言えば期限ギリギリで終了するように施設の能力を決めればいいだけのことだった。トライアスロンで言えば、ガレキ処理は一番きつい最初の水泳、ここで一歩リードすれば、公共土木施設復旧(自転車ロードレース)、産業・生活復興(長距離走)でも優位に立てた。人口減少時代だから、先に復興した街に人口が戻り、出遅れれば人口が戻らない。復興は完走できない脱落者を出さずには済まないサバイバルレースだったが、露骨に抜け駆けしようという自治体は少なかった。

 ガレキ処理(津波堆積物除去を含む)に定まったルールはなく、市町村の自力処理、産業廃棄物処理業者への委託処理、県への委託処理(地方自治法による市町村からの処理委託)、広域処理(被災地域外の自治体や団体への委託処理)、国の代行処理(災害対策基本法による代行処理)、国の直轄処理(原子力災害の影響を受けた地域にかかる放射性物質汚染対処特措法による直轄処理)、農地・保安林の復旧(ガレキ除去を伴う)、除染(放射性物質による汚染の除去)が錯綜していた。このうちもっともスピード感をもって進められたのは、産廃業者への委託処理、次いで市町村自力処理だった。ジョーカーのコンサルによって、複数の産廃業者が広域シンジケートを組み、発災1年で処理を終了した市町村もあった。

 広域運搬には内航海運によるガット船(クレーン付き砂利運搬船)、バルク船(バラ積み船)、RORO船(ランプと車両甲板を持つ貨物専用フェリー)が活躍したが、港湾施設(特に埠頭)の仮復旧と航路の浚渫が前提となるため、大型船を利用できる港湾は限られていた。高速道路と国道等の幹線道路による広域運搬に際しては、大型トレーラーに対する車両制限令(指定道路において車両総重量25トン以上、その他の道路において20トン以上等の特殊車両)による通行規制が許可(道路法47条の2特殊車両通行許可)から届出に緩和された。実はこれは国土交通省道路局に対するテクノの提案だった。そもそも通行許可はザルで、平時から順守率は5割に満たず、ガレキの過積載で道路を破壊しないためには、むしろ捕捉率を上げる規制緩和が効果的だった。JR貨物のコンテナも広域運搬に活用された。


 発災1年の記念日、i4の4人も、それぞれに式典や講演のスケジュールをこなした後、日付が変わりかけた深夜になって、順次レイナに集合した。ひょうきんなテクノは、ドラキュラ男爵の仮装のままだったが、他の3人はいつもどおりのダークスーツだった。

 ジョーカーの隣には、ツバサ・エンタープライズに転籍後にキャストとして派遣されたSHIORIが座っていた。楢野の思惑どおりジョーカーは彼女が気に入り、永久指名をしていた。ジョーカーの来店時には常に彼女が自動指名を受け、同伴客がたとえヘルプの子を指名したとしても、コミッション(売上割戻し)を彼女が総取りする銀座伝統の指名方法だった。ワインレッドのランジェリーを着たSHIORIの少女期を脱して成熟期の深みを備えつつある容姿は、飲み頃を迎えて花開いたビンテージワインをこれ以上ないほど引き立てており、ワインを楽しむための理想の環境としてワイン&ランジェリーの美学を大叔父から承継したジョーカーはご満悦だった。

 「震災から1年、復興は可でもなく、不可でもなし、万事は想定内で進んでいるってことらしいな」

 「それが霞が関の哲学。想定外があったとしても、想定内の想定外だ」

 「災害は会議室で起ってるとか言うなよ」

 「南海トラフ地震防災対策基本計画(平成26年3月28日中央防災会議)というアポカリプス(黙示録)のとおりに起こっている。預言者は内閣府防災担当政策統括官。ただし真の執筆者は防科研(独立行政法人防災科学技術研究所)だけどな」

 「霞が関神学もいいけど、ビジネスの話をしようじゃないか」

 「テクノ、除染には食い込んでるのか。総額は5兆円を下らないだろう」

 「ゼネコンが受注してる除染に食い込むのはムリだった。しかし、ジョーカーにアドバイスをもらって、特定産業廃棄物(事業者が排出する8000ベクレル以下の自主除染物)を無償で引き取って、中央電力に直接賠償請求するって、無から有を生み出すビジネスモデルを考えた。実はそれでもう20万トンほど集めたんだ。1トン10万円で200億円の賠償を中央電力に約束させた」

 「8000ベクレル以下でも中央電力が賠償してくれるのか」

 「特措法の費用負担条項(原子力災害放射性物質汚染対処特措法44条1項)は無条件だよ。しかもすぐに払えと念を押してくれてる(同条2項)。つまり、分割や繰り延べはNG、200億即金払いだってこと」

 「そんなトリッキーな法律、なかなか気付けない。俺は8000ベクレル超の特定廃棄物にばかり目が行ってたよ」

 「賠償金は除染者本人に帰属するんじゃないか」

 「本人からは除染物の処分を委任(民法643条)されているが、除染物の処分は法律行為ではなく事実行為(処分を第三者に委託することを明示して委任する場合は法律行為)になるから、正確には準委任(民法656条)になる。ただし、損害賠償請求(原子力損害賠償法3条1項)までは委任されていない。除染者本人に代わって除染物の処分費用について賠償請求していることになるが、本人名義を使っていないから無権代理(民法113条1項)ではない。賠償請求を本人の利益(処分委託費用の担保)のためにすれば事務管理(民法697条)になるが、管理者の利益(処分費用の担保)のためだから準事務管理(民法701条類推適用、646条準用)になる。処分費用を負担する管理者が賠償金を受納し、本人に交付しなくても、本人には不利益(処分委託費用の負担)がないので、不当利得返還請求(民法703条)や損害賠償請求(民法709条)はできない。本人が被った休業等の損失補償や、本人が負担した除染工事費用については、別途電力に損害賠償を請求できる。賠償請求額は領収証の添付を要する実費ではなく、通常生ずべき損害(民法416条1項)として、通常の方法で処分した場合の費用を見積もれば足りる。故意又は過失による過大見積もりでないかぎり、実費との差額は改めて過払金(不当利得)返還請求の対象にはならない」

 「さすがジョーカー、すべて完璧だ」

 「そこまではよかったけど、処分先として当てにしてた処分場が間に合わなかった」

 「おいおい、こけさすなよ」

 「それについちゃすまん」

 「ジョーカーんとこがダメでも、8000ベクレル以下なら、既存の処分場に3万円で持ち込めるって思ったんだけど甘かった」

 「法的にはそうでも実際は1000ベクレル以上だとどこも受けてくれない」

 「なんとかならんのか」

 「福井の若山シルトに預かってもらうことを考えてたんだ。ただし3万てわけにはいかなかった。あそこはよくわかってるから、利益は折半にせざるをえない」

 「ジョーカーらしくもない」

 「あくまで書類上で許可のある処分先を用意しとく必要があるだけだ。実際にはあんなとこには運ばない」

 「まだほかにコンティジェンシー(最悪の想定)があるんだろう」

 「とにかくテクノに除染物を集められるだけ集めてもらった」

 「処分先がないのにか」

 「それについちゃあ、実はスペシャルに頼んでるんだ」

 「任せてくれ。自主除染物は土砂か伐採樹木だ。土砂はそのまま、伐採樹木はチップにしてから、特殊肥料(下水道汚泥や食品残渣の発酵肥料)に脱水材として混ぜて、400ベクレル(肥料取締法暫定基準値)以下に希釈して、除塩農地(津波被災農地除塩事業)や造成農地(土地改良事業)に全部還元すればいいんだよ。20万トンなんてあっという間だし、費用も1トン1万円もかからない。肥料は売れるわけだから、うまくすればトントンだよ」

 「土対法(土壌汚染対策法)では、汚染物質の希釈処理はご法度って通知(平成22年2月26日付け環境省水・大気保全局土壌環境課長通知)があるんだけど、大丈夫かよ」

 「肥料取締法にはそんな通知ないからNGじゃない」

 「そいつはすごい」

 「放射能は農作物に影響はないのか。全国の農地に除染物をばらまくことになるぞ」

 「むしろいい影響がある。放射能で土壌中の悪いウイルスが死ぬからな。それに放射性セシウムは土壌中に保持されて、根からはほとんど吸収されない。問題になってるのは葉からの吸収だよ」

 「それがほんとなら、ほんとにすごいな」

 「微放射能肥料をレッドサンという商品名で輸出しようかと思ってるくらいだ。肥料取締法の認定はもう取った」

 「それ日の丸って意味か」

 「まあね。原料が足らないんで、テクノにはあと20万トンくらい集められないかって頼んでるところだ」

 「テクノとスペシャルの2人のコンビネーションで400億行けるってことか」

 「農水省は全部わかってて特殊肥料認定したのか。それが気になるな」

 「放射能の希釈処理は推奨できないが違法ではないという見解だ。ちゃんとウラは取ってる」

 「もしかして場外ホームランか。ここは一番、マスターも噛んでくれよ」

 「いつも言うように、違法行為、詐欺行為はダメだよ。肥料化による希釈が違法じゃないってのはわかったけど、脱法的ってことは言えなくもないわけだから、これ以上はやめて、むしろ農水省に希釈はNGという通達を出してもらうようスペシャルから促してくれ」

 「堅いなあ。自ら数千億円の利権をつぶすのか。しかし、気持はわかった。レッドサンの輸出まではあきらめるよ」

 「i4はイカサマ・フォーじゃなく、インテリジェンス・フォー、あくまでビジネスはスマートに行こう」

 「ジョーカー、次のボトルはなんにする?」

 「これだよ」

 ジョーカーが選んだボトルは、またしてもメルローにこだわったシャトー・ル・パンだった。ワイン党にもかかわらず、彼は熟成に時間がかかるカベルネ・ソーヴィニオンの渋みが嫌いだった。「30年かけて渋さに丸みが出る熟女に興味なし。いいワインほど3年目の尖った感じが一番想像力をそそられる」が彼のワイン哲学だった。

 「お、怪盗ルパンか。どういう落ちだよ」

 「2000億はもらったという願(がん)だ」


〈i4の推定現在高〉

 ジョーカー 500億円

 マスター 200億

 テクノ 200億円

 スペシャル 200億円

 合計 1100億円(税込)


〈i4の手口のまとめ〉

 特定産業廃棄物(民間除染物)20万トンの中央電力への賠償請求として200億円(テクノに配分)

 同じ手口でさらに20万トン200億円(スペシャルに配分)

 なお、処分先は肥料化リサイクル(無償)

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