27 勉強会

 榛原の水源を守る主婦の会の主要メンバーが、市民会館の中会議室に集まっていた。全員に市の復興計画、HANASAKAの処分場設置計画、さらに「お子さんのお留守番代」と書かれた茶封筒が配られていた。中には文具券が入っていた。

 渋川は30人ほどの主婦の前で、大演説をかました。

 「みなさんは誤解しています。HANASAKAはもう花崎土木じゃありません。社長も変わりました。新社長は、まだ静大の4年生、世間知らずだがワルじゃない。震災の時は静岡に居て、バカなオヤジと可愛い妹の安否が気になり、ガレキの中を捜し回った。その時、ガレキに埋まった高校生を救助し、5時間もおぶって運び、自衛隊の救護班に引き渡した。そんなすごいやつなんです。その後、ご遺体の仮埋葬のボランティアを1か月やりました。ドロドロになったご遺体を洗って仮の棺に納める仕事です。ご遺体の着衣もご遺品とするために洗ったそうです。他のボランティアは1時間で逃げ出した仕事を、1か月もやったんです」

 「そのあと、花崎土木が事実上倒産したのに、それでは社員が生活に困ると、父親の生命保険と義捐金を返上して未払給料を全額支給し、会社を立て直して離散していた社員を全員再雇用したんです。父親が残した会社の借金30億円も背負い、少しずつ返しています。こんなことほかに誰ができますか」

 「花崎土木は、確かにかつて不法投棄をやりました。それは事実です。HANASAKAの新社長は、命じられてもいないのにわざわざ不法投棄物を掘り出して処分しています。震災ガレキに便乗しているという人もいますが違います。処分料金をちゃんと市に払っているんです。おかげで不法投棄現場はきれいになりました。そこに市から処分場を作ってほしいと依頼された。これは市からの依頼なんです。作るのは管理型最終処分場と言います。安定型最終処分場のような素掘りの穴じゃない。汚染物質の漏出がないように、何十億円もかけて設備をした環境施設です。みなさんが反対するには及ばない施設です」

 「HANASAKAは最終処分場だけではなく、リサイクル施設も建設します。高齢者や障害者を雇用する計画にしています。リユースコンビニもやりたいと考えてる。壊れた日用品、不要な日用品を持ちより、直して交換するんです。みなさんのような若い奥さまたちに参加を呼び掛け、雇用や交流の場を提供したいと考えています」

 「どうせ金儲けが目的なんだろうと思いますか。ぜんぜん違います。HANASAKAは、市から依頼されたガレキ処理で得た利益を市に寄付しました。1億円になります。これで保育施設の充実をお願いしました。来年、市内の保育所の設備がいくらかよくなり、保育料がいくらか安くなるはずです。HANASAKAはこの寄付を、来年も、再来年も続けます」

 「みなさんが好きなだけバレーボールや日本舞踊やヨガや水泳ができるようにと、市長に新しい文化スポーツ会館の建設をお願いしました。市の資金が足らなければ、HANASAKAはできるかぎりの協力をするつもりです」

 「さまざまなアイディアで、地元企業としてみなさんと一緒に成長していきたい。それがHANASAKAです。昔の花崎土木じゃありません」

 「みなさんが一番心配されているのは除染物の入った黒い袋でしょう。これを処分場に埋めるんじゃないかと、みなさんは心配されているんでしょう。そんなことはしません。置場所がないというから市に仮置場を提供しているだけで、処分場には埋立てません。1か月以内にきれいに片します。きれいになったところを見にきてください」

 「どうかみさなん、HANASAKAの計画を進めさせてください。決してみなさんを裏切らないとお約束します」 

 プレゼンテーションが終わると、質疑が始まった。これが一番怖かった。意地悪な質問攻めで、サンドバッグになるのが常なのだが、渋川の質疑応答は当意即妙だった。

 「渋川さんは、HANASAKAとはどういうご関係ですか」

 「僕は市のガレキ処理のコンサルタントをしているレサシアン・コンサルタンツの静岡支部長です。目下、吉田市と榛原市を担当しています」

 「HANASAKAの社員ではないんだ」

 「関係ありません」

 「じゃあ、なんでHANASAKAの肩を持つの」

 「お約束した期限内に市のガレキ処理、津波堆積物処理、除染物処理を終える責任があります」

 「つまりスケジュールどおりにガレキ処理を進めたいから、私たちの地区に処分場を押し付けるのね」

 「HANASAKAの処分場はガレキ処理のスケジュールには入っていないんです。この処分場は、この地域の将来の発展のために必要な施設です」

 「廃棄物を埋め立てるのが地域の将来ですか」

 「最終処分場というのは、昔とは機能が違います。循環産業のバックアップ施設なんです。市の復興計画をご覧ください。被災した漁港の後背地にリサイクル施設を集積した工業団地を造り、産業振興をはかる計画です。雇用を1万人見込んでいます。このリサイクル施設のバックアップのために最終処分場が必要になるんです」

 「じゃ、除染物は埋めないのね」

 「埋めませんし、埋められません。除染物の処分場は国が作るんです」

 「国がHANASAKAの処分場を買うんではないですか」

 「ありえません」

 「どうして花崎社長は来ないの。渋川さん1人に任せるのって卑怯じゃないの」

 「HANASAKAの社長や社員が来たら説明会になってしまいます。私なら中立的ですから」

 「不法投棄物を掘って出してますよね。あれは法律的にはどうなの」

 「法的問題はありません。市から依頼された仮置場の造成工事です」

 「市のお金でやったってこと」

 「市からいただいた管理費には掘削費や処分費は入っておりませんので、HANASAKAの自腹だと思います」

 「県の処分場に持って行くってほんとう。県に負担させるってことなの」

 「県、市と協議し、処分費は市に支払うことにしています。正直に申し上げますと、県も市も要らないと言ったんですが、ムリに市に受け取ってもらったようです」

 「どうして要らないなんて言うんですか。市民の税金で処分してるんでしょう」

 「県の費用は市が支払い、市の費用は国からの交付金が出るんです。HANASAKAが処分費を支払っても、その分国の交付金が減らされるだけなので、市としては意味がないと」

 「おかしな話だわね」

 「いえいえ、結局国の負担は軽くなるわけですから」

 「私たちが心配しているのは、水源問題なんです」

 「HANASAKAの最終処分場は処理水の場内循環方式を採用しておりまして、下流に処理水が放流されることがない構造です。水源汚染はありえません」

 「大雨が降ったらオーバーフローするんじゃないの」

 「処理水は廃棄物を潜って徐々に浸出してきた水を処理するんですから、オーバーフローはしません。大雨が降ったときの表層水は調整池に流入しますが、これはオーバーフローする可能性を否定しません。計算上は1時間100ミリの豪雨が連続して5時間続き、累積500ミリとなりますとオーバーフローがありえますが、こんな大雨は100年に1度もありません。しかも、廃棄物を潜っていない表層水ですから、汚染しておりません。従って、オーバーフローしないとは言い切れませんが、水源汚染は生じません」これは若干、突っ込みどころがある答弁である。浸出水と表層水は調整池で混合する可能性がある。

 「それでも取水口より上流に最終処分場があるのは嫌なんです」

 「これまで上流に不法投棄現場があったんです。それをきれいにした功績を評価していただきたい」

 「それはそうね。これまでは不法投棄現場を潜った水を飲んでたってことね」

 「浄水場できれいにしてるんだから、大丈夫なのよ」実際には高度処理をしている浄水場ばかりではない。なお、浄水場ですら義務ではない高度処理を行っている過剰設備の最終処分場もある。

 「水源問題がないし、除染物も埋めないんなら、私たち、どうしましょう」

 「絶対反対ということではなく、いろいろ要望していただきたいんです。市のコンサルタントであるかぎり、県、市、HANASAKAに誠意を持って働きかけるようにいたします」

 「条件闘争ということね」

 「それは事実上同意と同じだから絶対ダメよ」

 「意味もわからず感情的に絶対反対だけしてるよりいいんじゃないの」

 「皆さん、内輪のお話し合いは、懇談会でお願いします。今相談されても困りますから」

 「それじゃ、今日の勉強会はこれで散会にいたします。渋川さんに拍手をお願いします。ありがとうございました。なお、渋川さんにはこのあとの懇談会にもご参加していただけるとのことです」

 鳴りやまぬ拍手の中、渋川は恥じいるように頭を下げた。市民会館前には懇談会場となる焼津グランパスホテル(オーシャンビューホテルにもかかわらず、高台にあったために被災を免れていた)への送迎バスが待機していた。もちろんホテルもバスも渋川がチャーターしたのだ。

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