23 黒いフレコンバッグ

 仮置場の掘削工事によって、30メートルを超えていたかつての谷津の輪郭が現れ始めた。渋川の指示で、谷津の測量を行い、容量25万立法メートル(20万トン)の最終処分場の設計図を描いた。建設費は安定型最終処分場(ガレキ専用)なら10億円、管理型最終処分場(有害廃棄物専用)なら40億円と見積もられた。産業廃棄物の最終処分場としては小規模である。市と協議し、除染物を始め、震災関連の有害廃棄物を優先的に受け入れるという秘密覚書の下、管理型最終処分場として建設することになった。40億円の建設資金に銀行融資(初回融資20億円)の目途も立った。

 渋川は不法投棄物の掘削と同時並行で、最終処分場の杭打ちが始まっている仮置場に柊山を呼び出した。

 「あれはなんすか」柊山は仮置場を取り囲むように、黒いフレコンバッグが土手状に積まれているのに気づいた。

 「除染物ってやつだ。榛原は市の半分が放射性物質の除染区域になったんだ。仮置きまでは市の仕事ってことだから認めてやったんだ。法律が間に合わない仕事は、国だって県だってなんでも市に押し付けてくる。いちおう見せておこうと思ってよ。こういうやばいもんは、最後には社長の責任になるからな。法律に触れないうちに始末してやっから心配すんな」

 「法律なんてどうせわかんないすけど」

 「あくまで仮置きだから、すぐに出しちまうんだけど、処分場できたらいくらかは埋めるかもな」

 「除染物って放射能っすよね。あの程度で大丈夫なんすか。コンクリートとかで囲わないんすか」

 「中間貯蔵施設や処分場を作るにはいろんな基準(電離放射線障害防止規則、放射性物質汚染対処特措法施行規則など)や指針があるだろう。置いとくだけでも基準はかかるけどノーズロだよ。除染物なんて大したことねえよ。10メートルも離れてればなんも問題ねえそうだ」

 「あれも金になんすね」

 「金の生る袋だ。埋める手間はおんなじなのに、ガレキの何倍にもなんよ」

 「そんな金どこから出るんすか」

 「電力が出すんだけど、国が保証してっから、結局国の金だな」

 「すげえもんすね」

 「ところで、処分場の設置許可(廃棄物処理法15条1項)をもらうとなれば、税務署には言えない金の1億や2億は覚悟しておけよ」

 「そんな金どうやって作るんすか」

 「おめえんとこの経理担当が万事わかってるよ。なんつうか風格があんな。親元が京都のしっかりした代紋だっていうの、伊達じゃねえな」

 「処分場持ってる建設会社だって聞いてますけど」

 「徳島のリメイドだろう。楢野は取締役だぜ。あの女に任しとけば間違いねえよ」

 「相変わらずバカにされっぱなしすよ」

 「かまいたくてしょうがねえんじゃねえか。おめえにはそういうとこあんだよ。甘ったれっつうか、マザコンか母子家庭だったんじゃねえか。しかし、それがとりえなら、うまく生かせばいいことだ。それが詐欺師の極意だ。人生なんて簡単だ。ない物ねだりをしねえで、自分の手にあるものを増やせばいいんだ。せっかく手にあるチャンスを捨てちまうバカが多いけどな」

 「金はどこに使うんすか」

 「おめえにわかっかなあ。一番面倒なのは全日本地下水汚染問題ネットワークって赤軍崩れの左翼団体が介入してきて、住民を焚きつけることだ。こいつらは金を受け取らないからな。しかし自分たちは絶対表に出ない卑怯な連中だから、住民のうちで口煩そうなやつを抱き込んでしまえば問題ねえだろう。復興の視察ってことで花見がてら温泉旅行でも仕込んどけばいい。右翼対策はマルハナをうまく使え。あのジジイは顔が利く。民団(在日本大韓民国民団)の支部長だってからな。右翼にもなれねえ似非同和って連中もたかってくるかもしんねえが、なんの実力もねえんだから金は絶対渡すなよ。こつらは下半身ネタを掴むのが上手だから気をつけろ。写真週刊誌みてえなゴシップでゆすってくるぞ。おめえ、女の出入りが多いみてえだけど、穴は1つに決めとけよ」

 「風俗ってのは1人に入れあげるとかえって金がかかるんすよ」

 「なんだよ、聞いたふうな口を。いっぱしの遊び人気取りかよ」

 「そうじゃないすけど、女と遊ぶなら情は禁物じゃないすか」

 「おめえに言われたかねえセリフだな。一番金がかさむのはバッチ(政治家)だ。来年には市長選がある。現市長、対立候補、両方に献金しておく必要があるからな」

 「いくら金があっても足りませんね」

 「それが産廃だ。それだけ儲かるってことだよ。先代社長は短気だから許可を取らずに不法投棄に手を染めちまった。それじゃあ許可を取る100分の1の利益にもなんねえ。不法投棄なんざ、バカがやる仕事だ。花沢に罪をかぶされて捕まっちまって、留守中になんだかんだで15億借りることになった。無利子無期限だが借金は借金だ。女も取られちまった」

 「神崎さんすね」

 「そこへいくと社長はラッキーボーイだな。カモの方からネギしょって来てるようなもんだ」

 「全部渋川さんのおかげすよ」

 「俺なんざ使い走りだわ。結局なんもかも仕切ってるのは官僚と官僚OBのコネクションなんだ」

 「役人にも金を撒くってことすか」

 「それはやめとけ。まあ渡したとしても車代程度だ。小役人は金の使い道がないから、あぶく銭を掴ませると遊びが派手になっていずれ捕まる。そうなるとこっちにも足がつくから」

 「なんか俺、うまく行きすぎて怖いんすけど」

 「危ない橋は1つも渡ってねえ。全部根回ししてからやってんだから。処分場は短兵急に攻めるが勝ちだ。震災ショックがあるうちに全部決めちまわねえと、いろいろ雑音が出てくる」

 「渋川さんの言うとおりにしてればいいってことっすね」

 「心配なのは楢野と神崎の反目だな。女2人、どう転んでも反りが合わんだろう。処分場の許可に関しちゃあ、利害が一致してるからいいが、許可になった後はブンドリ合戦になんぞ」

 「どうすりゃいいんですか」

 「泥仕合必至だから、どっちの布団にも潜るな」

 「どっちと犯っても殺されますよ」

 「ちげえねえかも。社名変更はやったのか」

 「楢野さんがローマ字のHANASAKAに決めました」

 「ハナサキじゃなくてハナサカ?」

 「花咲か爺さんのハナサカ」

 「なるほど枯れ木に花を咲かせるか。こういうことは女に決めさせるのが一番じゃねえか。まったく、おめえが一番ついてる。羨ましいよ」

 「そうは思わないすけど」

 「俺なんざ、身を粉にしても働いた分しかもらえねえ番頭だ。おめえは名前だけにしろ、社長だろう。社長ってのは、人を働かせてるだけで上前をはねられるんだ。今この現場で働いている連中がよ、おめえが女と遊ぶ金を作ってんだわ」

 「それ、いいことなんすか、悪いことなんすか」

 「いいことだよ。みんながおめえみてえになりたがるってのを資本主義っていうんだ」高校もろくに出ていない柊山には、渋川の冗談が通じなかった。

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